第七話
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翌朝、4時であった、ベアーはたたき起こされた。
「いくよ!!」
でっぷりとした亜人の女はベアーに声をかけた。その出で立ちは昨日とは打って変わり、キノコ狩りに合わせた服装となっている。
ベアーは胃もたれした状態で起こされ不愉快この上なかったが、昨晩、約束した手前、眠たい眼をこすると必死になって起き上がった。
「これを着な!!」
亜人の家主はそう言うと麻でできた作業着をベアーに放り投げた。
「それに着替えたら出発だ、ぐずぐずしてる暇はないよ!!」
家主の女はそう言うと臨戦態勢の兵士ごとき表情を見せた。
『やめときゃよかった……この宿……』
ベアーは内心そう思ったが『飯代を浮かすためにはやむを得ない』と思いなおし、急いで作業着に着替えた。
こうしてベアーはいまだ夜の帳が支配する大地に向かってでっぷりとした亜人の女とともにその一歩を踏み出した。
*
松明で足元を照らしながら家主の女が案内したのは20分ほど歩いたところにある岩山であった。ごつごつした岩肌と裾野に展開する鬱蒼とした林がベアーの目の前に展開した。
「日の出とともにキノコ狩りは開始される、いいかい、これは戦いだ、遠慮はいらない!」
ベアーは最初『この人は何を言っているんだ』とおもったが、続々と集まる住民の雰囲気を感じ取ったベアーはその言葉の意味するところがわかった。
「みんな、ガチだ……」
岩山に集まり出したゴルダ住民の顔は真剣そのもので、松明に照らされた彼らの表情の中には殺気と思えるものが浮かんでいる……そしてその雰囲気は何とも形容しがたい独特な不穏さを秘めていた。
『どうなってんだ、キノコ狩り……』
ベアーは不安な表情を見せると家主の亜人が声をかけた。
「みんなコレを求めてきてるのさ」
そう言うと家主の亜人は大きなシメジのようなキノコを見せた。
「こいつを見つけるために、みんな殺気立っているのさ」
ベアーは松明で照らされた手もとを見た。
「何ですか、これ?」
ベアーが尋ねると家主の亜人は実に卑しい表情を見せた。
「これは、アガリ茸、不死の病にも聞くと言われているものさ」
ベアーは聞いたことのないキノコの名前に首をかしげた。
「結核に効くって言われているんだ。最近、都の医薬研究所でもその効果が認められてね、それに滋養強壮効果も高い……だけどアガリ茸はこの辺りだけにしか生えない特殊なキノコでね、地元の住民の中で免許を持っている人間だけが採ることを許されているんだ」
それを聞いたベアーは貿易商見習いとしての素朴な疑問をぶつけた。
「いくらなんですか?」
尋ねられた亜人の家主は乾いた口調で答えた。
「10g、100ギルダー」
「えっ、10gで……じゃあ、さっきの一本で」
「500ギルダーはするよ」
まさかの金額にベアーは思わず息をのんだ。
19
そんな時である、鎧に身を包んだ1人の男とその従者と思しき2人の盾持ちが、集まった住民たちの前に現れた。
「今から、免許の確認をする」
鎧の男がそう言うと脇に控えてきた二人の盾持ちが住民の前にたち、それぞれの持つ木製の彫り物を確認した。
亜人の家主は懐からそれを出すと盾持ちの男に見せた。
「その少年は何だ!」
盾持ちが亜人の家主に詰問すると亜人の家主は何食わぬ顔で『助手』と答えた。盾持ちはベアーを一瞥すると多少いぶかしんだが、すぐに踵を返すと再び鎧の男の前に向かった。
「では、皆の者、ゴルダ卿の御計らいによりキノコ狩りを今から開催する。日の出と当時に開幕そして午前10時に終わりとなる、では……」
ひげを蓄えた鎧の男がそう言った時である、1人の住民が血走った表情で走り出した。
鎧の男はそれを見ると盾持ちに目配せした。
「お前たち見ておけ、フライングしたらこうなる」
盾持ちの用意したボーガンを手にした鎧の男はそう言うと躊躇なく引き金を引いた。『ヒュッ』という風を切る音がすると、それとほぼ同時に悲鳴があがった。フライングした若い男は無様に倒れ、ふくらはぎをおさえてのたうった。
「運が悪ければこの男のようではすまんぞ!」
鎧の男ににらみを利かされた住民は一瞬にして黙りこくった。鎧の男はそれを見ると先ほどと同じ顔に戻り住民たちに声をかけた。
「では、いまから朝10時までの間、キノコ狩りを認める。諸君達の健闘をいのる。散開!!」
鎧の男がそう言うと奇声をあげてゴルダ住民が山に向かって駆け出した。先ほどの男のことなど既に眼中にないようでその様は戦に向かう戦士のようであった。ベアーは初めて見る光景に大きく目を見開いた。
「さあ、あたしたちも行くよ!!」
家主の亜人はそう言うとベアーにキノコの見分け方と採り方を記した紙片を渡した。
「あんたは今日が初めてだからアガリ茸を見つける必要はない、だけど今日の晩飯程度の働きはしてもらうからね。」
家主の亜人はそう言うとでっぷりした体を揺らしながら岩山に続く小路を進んで行った。
*
日の出と同時に始まったキノコ狩りはアガリ茸を探すゴルダ住民たちの戦いであった。とくに『スポット』と呼ばれるアガリ茸の繁茂していそうな場所は住民たちが押し寄せて、その場所を我先に占拠しようと小競り合いを起こしていた。
ベアーはその姿を見て浅ましいと思ったが、アガリ茸の価格(一本の平均重量30g、価格300ギルダー)を考えるとそれもやむを得ないと思った。
ベアーは家主に渡された紙片を眺めて息を吐いた。
『あの小競り合いで怪我をするのは嫌だしな……俺は朝飯になりそうな食べられるキノコをさがそう……』
ベアーはそう思うと紙片に記されていた岩茸(どの市場でも売っているキノコ。クセのない風味とコリコリとした食感がある。平均重量30gで3ギルダー)をさがそうと思った。
ちなみにこの岩茸は使い勝手がよく炒め物にもスープにもあうのだが、ベアーはこのキノコを使った卵の炒め物が好物で、ロイド邸で出されると血走った目を見せていた。
『岩茸を集めて、炒め物を作ろう!』
ベアーはそう思うと、アガリ茸の探索を早々に諦め、岩茸をゲットするべく岩山を徘徊した。
*
しばらく散策したものの目当ての岩岳はなかなか見つからず、ベアーは夕食の食材さえ手に入れられぬままに初日のキノコ狩りを終えようとしていた。
「全然、キノコなんて生えてないじゃん……」
ベアーは毒づいたが、その足に妙な感触が伝わってきた。
「なんだ、これ……」
ハリのあるクッションのような感触は通常ありえない。ベアーは気になって足元に目を落とした。
『これ……あれじゃねぇか……』
ベアーは先ほど亜人の家主が見せたキノコの姿を思い描いた。
『間違いない、アガリ茸……それもこんなに……』
ベアーの脳裏に10g、100ギルダーという価格がよぎる。
「きたーっ!!!」
ベアーはビギナーズラックという言葉を思い出した。
『きっと欲をかかなかったからだ……神様が……ご褒美を……』
ベアーはうれしくなると繁茂したアガリ茸を作業着のポケットの中に詰め込んだ。
「これ全部で100gはあるな……1000ギルダーだ」
ベアーは鼻息を荒くした、そしてウィルソンの言った言葉を思いだした。
『ゴルダにはパーラーっていう社交場があって……その奥には個室が……』
ベアーは『個室』という響きに目頭を熱くした。
『よっしゃ、これでパーラーがいくぞ!!』
ベアーの頭の中ではエンドルフィン(脳内麻薬)が吹き出していた。
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10時前になりベアーがスタート地点に戻ると、多くの者がしょげた表情で語り合っていた。
「今日は駄目だった……」
「昨日もだよ……」
「明日もじゃねぇの……」
アガリ茸を見つけることは相当難儀なことらしくゴルダ住民の顔は皆一様に沈んでいる。一方でその表情とは裏腹の住民もいた。輝かしい笑顔と軽い身のこなしは明らかに『ブツ』を発見したことを知らしめていた。
「あいつ、見つけたみたいだな……」
「ああ、もうニヤついてるもんな……」
二人のアガリ茸を見つけた住民は実にうれしそうな表情をしていた。それを見た他の住人は恨めしそうな顔でその二人を見た。そこには『隙あらば横取りしてやろう』という意志さえ浮かんでいる。
ベアーはその様子を見て知恵を回した。
『下手にアガリ茸を見つけたなんて言ったら、やっかみでなにをされるかわからない……ここはだまっていたほうがいい……』
ベアーはそう思うと何食わぬ顔で家主の所で向かった。
*
亜人の家主は背負っていた籠を下ろすとその成果を見せた。
「今日は駄目だった……」
残念そうにそう言ったものの籠の中には岩茸や他のキノコもちらほら見えている。
「凄いじゃないですか……この量」
ベアーが心底感心してそう言うと亜人の女は不愉快そうに答えた。
「これじゃあ、金にならないんだよ……」
亜人の家主はそう言うとベアーの膨らんでいる作業着のポケットを見た。
「何を見つけたんだい?」
目聡くベアーのポケットのふくらみ気付いた亜人の家主はのっぺりとした表情でベアーを見た。そこには『隠したらただではおかない』という無言の圧力があった。
ベアーが微妙に視線をそらすと家主の亜人はドスの聞いた声をあげた。
「取ったキノコはゴルダ卿に申告しないと没収される。それだけじゃない、拘束されて牢に放りこまれる」
言われたベアーはやむを得ないという表情を見せるとポケットからアガリ茸を出した。
「あんた……コレ……」
それを見た亜人の家主は閉口した。
「どうかしたんですか?」
ベアーが自信にあふれた表情でそう言うと亜人の家主は目を細めた。
「これ……毒キノコだよ……痺れ茸って言ってね……」
「……えっ……」
ベアーはまさかの言葉に声を失った。
「アガリ茸と似てるけど……これ一本食べたら死ぬからね」
亜人の家主が淡々と言うとベアーは力なく笑った。
『ビギナーズラック……』
初心者に訪れる幸運はベアーにもたらされることはなかった。




