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第二十話

20

「やめろ、何やってんだ!!」


ベアーは大声を出したが骨董屋には届かない、骨董屋の男は明らかにルナを殺そうとしていた。


ベアーの距離では走っても間に合わない、用水路が邪魔をして最短距離で行けないのだ。


『何かないかな?』


 ベアーは咄嗟に落ちていた石を拾って投げた。石は放物線を描いて骨董屋めがけて飛んだ、だが当たらなかった。距離は60m、当たる距離ではない。何度か投げたがかすりもしなかった。


辺りにある石はあと一つしか残っていない。ベアーはやけくそだったが、とにかく投げた。


放物線を描いた石は途中の木にあたって落ちた、絶望的な結果である。


「ダメだ、これ…」


ベアーが落胆した時である、羽虫が出てきて近くにいた骨董屋とルナを襲った。どうやら木にあたった石が羽虫の巣をかすっていたらしい……


「やめろ、このクソ虫が、やめろ!」


羽虫に害はないが複数にたかれると、さすがに骨董屋も手の力が緩んだ。死にかけていたルナが息を吹き返すと骨董屋から逃れようとした。


 その時である、指の炎が骨董屋の袖にふれた。瞬時に炎が骨董屋を包む。燃え盛る炎は勢いをまし骨董屋の上半身を覆った。火だるまの骨董屋は必死になってあぜ道の用水路に体を突っ込んだ。


                             *


ベアーが現場に着くとルナはゼエゼエいいながら酸素を取り込んでいた。


「大丈夫?」


駆けつけたベアーはルナの様子を見た。


「…アイツは…」


ルナに促され、骨董屋を見た。骨董屋は上半身が焼けただれ、顔の形もわからなくなっていた。


「やばい…」


ベアーはそう思うと近くにいる牧童を呼んだ。


「医者、医者を頼む、はやく!!!」


牧童は用水路に倒れている骨董屋を見ると血相を変えると急いで駆けていった。


それを見たベアーは恐る恐る骨董屋の心臓に耳を当てた。


「そいつが悪いんだよ、魔道書を盗むから」


「黙って!」


ベアーの鋭い一喝にルナは黙り込んだ。


「大丈夫だ、死んでない」


 ベアーは心臓の鼓動を確認すると回復魔法を暗唱しだした。初級回復魔法でどうにかなる傷ではないが、何度も唱えれば多少の効果は見込めるはずだ。牧童が医者を連れてくるまで間、ベアーは必死なって暗唱した。


                               *


 医者が来た時にはベアーはヘトヘトになっていた。久々に魔法を使ったため頭がぼうっとしている。医者は骨董屋を見るとすぐに馬車に運んだ。


「久々に魔法を見たよ、君の魔法のおかげで命は取り留めた、だが…火傷の跡はなおらんだろうな。」


医者はそう言うと馬車に乗って町へ戻った。


                               *


 大変だったのはここからであった。治安維持官に対する事情説明だ。廃屋で拾った魔道書を骨董屋に持ち込み現金化しようとしたが、骨董屋にうまいこと騙され魔道書を買い叩かれたこと。そしてそれに気付いたルナが取り返そうと、もみ合いになり相手に攻撃魔法を行使したこと、それらを時系列で説明せねばならなかった。


 ベアーの証言があるため治安維持官はルナを犯罪者扱いはしなかったが、禁止されている魔法を使って人を傷つけたことは許されることではなかった。結局、ルナは治安維持官に連行されることになった。ベアーはそれを見ていたたまれない気持ちを持ったがどうしようもなかった。


「この魔道書は、君が見つけたんだろ、君が持っていいなさい。」


「ルナはどうなるんですか?」


「救命措置を君がしたおかげで殺人では訴追されない、だが禁止されている魔法を用いたことは許されないな…」


治安維持官の青年はベアーに魔道書を渡すとルナをつれて馬で駆けていった。


「ルナどうなるんだろう」


ベアーは不安な気持ちを隠せぬまま帰宅した。


                                 *


 翌日の朝、ベアーは町外れにある治安維持官の詰め所に行った。詰め所は常時20人程いて、それぞれの仕事をこなしていた。


「すいません、昨日つかまった女の子の事なんですけど」


 事務の眼鏡をかけた女はちらりとベアーを見ると、留置場に行くための申請書を書くように言った。ベアーが申請書を書き終えると体のごつい治安維持官がベアーをつれて留置場の鍵を開けた。


 留置場は細かく仕切られており、独り部屋から大部屋まで複数あった。すべて鉄格子で仕切られ異様な雰囲気が全体を包んでいる。


「ここだ」


男の治安維持官が足を止めたのは独房だった。全体的に暗く小さな窓がついているだけだった。


「ルナ?」


ベアーが呼びかけるとルナは不貞腐れてベットに座っていた。


「何よ…」


「いや、元気かなって…」


「元気なはずないでしょ、私が何したっていうのよ、あっちが悪いんでしょ」


ルナはあきらかにむくれていた。


「こんな変なヤツつけられるし」


 ルナは手首に変わった形の腕輪が嵌められていた。魔封じの腕輪である。これを身につけたものはその魔力を腕輪にすい取られ呪文の発動ができなくなる。


「何なの、一体!」


ルナはそう言ったが泣きそうになっている。


「ルナ、とりあえず、この先どうなるか聞いてくるから、それから明日からは仕事があるから次の休みにしか会いにこれない…」


「いいよ、別に、当てにしてないから」


ルナは強がってそう言ったがしょんぼりしている。


そんな時である、無慈悲な声が後ろから飛んできた。


「時間だ!」


治安官に促されたベアーは鉄格子から離れた。


                                *


 この後、ベアーは治安維持官の担当者に会い裁判のことやこれから先の手続きを聞いた。ベアーはそれらをメモにまとめた。正直、裁判のことは難しくてよくわからなかった。法律用語は辞書を引いてわかるような単純なものではなかった。


『俺の力じゃ無理だ……』


ベアーは正直にそう思った。


                                *


ベアーが家に戻ると明かりがついていた。


「浮かない顔しているね、なんかあったかね?」


老婆は食事をしている時に話しかけてきた。無口な老婆が話しかけてきたのはこれが初めてだ。尋ねられたベアーは昨日の事を語った。


「そりゃ、法律家の出番だね」


「でも、弁護士料がかかるし……高いって聞きました。」


ベアーは困った顔をしていた、


「無料の弁護士がいるだろ」


「えっ、そんな弁護士いるんですか?」


「目の前に」


ベアーの目は点になっていた。


なんとチーズ工房の主は法律家だったのである。


                                *


ベアーは老婆に詳しい内容を語った。


「訴追に時間がかかるだろうから……それに保釈金だね、アテがあればればいいんだけど」


その時、ベアーの頭に一つの案が浮かんだ。


「いずれにせよ、次の休日にその娘から詳しいことを聞いておいで、話はそれからだ」


言われたベアーはうなずいた。


                                *


 ベアーは翌週の休日、再び留置所に向かった。一度、行っていることもあり緊張感はなかった。鉄格子の向こう側ではルナが退屈そうにしていた。


「やっと来たの、遅いじゃん」


狭い独房に閉じ込められていることもありルナは機嫌が悪かった。


「今日は差し入れがあるから」


「えっ、何?」


「チーズとパン、それからお菓子が少し」


ルナはそれを聞いてうれしそうだった。


「裁判で勝つにはやっぱり証拠と証言が大事なんだって、そのためには君の話を聞かなくちゃいけないんだ。でも、それにはここから出なくちゃいけない」


「弁護士でも頼むわけ、いくら私でも相談料が高いのは知ってるわよ」


「いや、高いのは弁護士じゃなくて、保釈金なんだ」


「何、それ?」


 ベアーは説明すると時間がかかると言った。法律や裁判の制度は順序だてて話さないと混乱するだけだ。中には賠償金と保釈金の違いがわからない被告もいる。とにかく話を進めた。


「でも、それには、あの魔道書を売るしかないと思うんだ」


「いいわよ、別に、ここから出られるなら」


「わかった、ある程度、見込みはあるから、待ってて」


そう言うとベアーは足早に留置所を出た。


                                *


 段取りは決まっている、魔道書を鱒のフライを食べさせてくれた貴族、ルドルフ伯爵に買取ってもらうのだ。ただ保釈金の額は半端ではない。禁止された攻撃魔法の行使は小さな家が一軒立つくらいの金額になる。何故これほどまで高いのかは知らないが、釈放されるには払うほかない。ルドルフ伯爵がいくらで買い取ってくれるかが最大の問題だ。


「うまくいくといいけど……」


ベアーはひとりごちると空を見上げた。


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