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第二十話

7章の最後は少し長くなったので、2回に分けたいと思います。次回で終わりです。

59

待機所は『執事長シドニーの失踪』、『サラの急死』、『アリーの解雇』など想定外の出来事が連続し、一時は公務も滞るほどの状況に陥った。だが誉れあるメイドたちが職務を遂行したことで混乱は収束し、一週間とかからず日常が戻っていた。


『あれだけの事があったのに……もう通常に戻るなんて……』


 バイロンはマイラの的確な指示もさることながら、整然と業務をこなすメイドと執事の連合体の動きに息をのんだ。


『さすがね……これが宮中の人々なんだわ……』


 代替の人間が用意されているとはいえ、スムースに人事が移行して行く様はシテテマチックで人間味はなかった。だが国家と言う枠の中ではそのほうが都合がいいのだろうということもバイロンは悟った。


『恣意性を排除して歯車を回す……そして歯車が駄目になれば、歯車自体を交換する……こうやって組織って動いてるんだ。』


バイロンはそんな風に感じた。


 一方、リンジーは相変わらずで、あれだけの事があったにも関わらずマシンガントークは休まることを知らなかった。相変わらず中身のないトークにバイロンは辟易したが命の恩人にそうとは言えなかった。


リンジー曰く


『沈黙したら……死んじゃうわ……』


バイロンはリンジーのマシンガントークを個性として受け入れる選択肢を選ぶことにした。



60

休日になるとバイロンはルーティーンである報告をするべくマーベリックに会いに時計台に向かった。


「今日は出かけるぞ」


マーベリックがそう言うとバイロンは怪訝な表情を浮かべた。


「レイドル侯爵の命令だ」


 有無を言わさぬ物言いにバイロンは一瞬カチンときたがモットランド助けてもらったこともあるのでその思いをおさえた。


こうして二人は都から3時間ほど離れた谷あいの街にむかった。


                          *


 2人は渓谷から支流が流れる込む街、サングースに着くとその足をメインストリートに向けた。ロッジのようなたたずまいの店舗がメインストリートに連なっていたがその脇に植えられた街路樹は緑豊かで美しく二人の気分を良くした。


「あそこだ」


マーベリックはそう言うと一件のブッチャー(肉屋)を指差した。


 ブッチャーは石造り2階建ての建物で、1階が工房兼店舗となっていた。店舗の入り口付近には客と思しき人間がショーウィンドーを覗いていて、その中にはソーセージ、サラミ、ベーコン、ハムといったモノが飾られていた。


 特にソーセージは種類が多く、香辛料を練りこんだモノや、香草を用いたモノ、そして、燻したモノが中空に吊るされていた。陳列の仕方もなかなか凝っていて、店主のこだわりのようなものが感じられた。


『立派な店ね……儲かってんのかしら』


バイロンがそんな風に思うとマーベリックが店の戸を開けた。


                         *


 中はいたって普通だったが販売だけではなく、軽食を取れるようにいくつかテーブルが用意されていた。


「せっかくだから、何か食うか」


 マーベリックはそう言うとソーセージの盛り合わせとビール、バイロンはローストベーコンとハーブティーを頼むことにした。


                         *


 バイロンは品が運ばれてくるまでの間、気になっていた質問をマーベリックにぶつけた。


「ねぇ、一ノ妃様はどうして三ノ妃様を捕まえたの、それも他の高級貴族の前で……普通なら公務の後、こっそりやるもんじゃない」


 バイロンは公務の途中で近衛兵に連行された三ノ妃の事を尋ねた。自分の仕えていた三ノ妃が公衆の面前でさらし者にされたことはあまりの衝撃で正直不愉快でもあった。


それに対しマーベリックは淡々と答えた。


「それは一ノ妃様の御配慮だ」


「御配慮?」


マーベリックは木製グラスに入ったビールを一口飲むと続けた。


「三ノ妃様は暗殺対象になっていたんだ」


「えっ?」


バイロンは驚いた表情を見せた。


「公共工事の口利きをしてもらった業者のなかには三ノ妃の証言で立場をなくす者が数多くいる。国権の最高諮問機関である枢密院で三ノ妃様に証言されれば有無を言わさず処断されるだろう。場合によっては死罪もありうる、悪くても終身刑だ」


 マーベリックがそう言うとテーブルにソーセージの盛り合わせと、ローストベーコンが運ばれてきた。


 バイロンは目聡く二つの皿を自分の前に引き寄せるとマーベリックに続きを話すように促した。


マーベリックはそれを見ると再び口を開いた。


「枢密院での証言を恐れた業者は三ノ妃様を亡き者にしようという計画を立てていたんだ、奴らは保身のために三ノ妃様を口封じしようとしてたんだよ。」


 まさかの内容にバイロンは目を大きく見開いた。それを見たマーベリックは厳しい表情で続けた。


「そして……それは今も続いている。」


バジルを練りこんだソーセージを頬張るバイロンは肉汁を飛ばしながら反応した。


「どの業者かわからないの?」


「わからない……唯一のカギを握っていた三ノ妃の父上も死んでしまった……現状ではどうにもならんだろう、それにこの案件は『表』で処理するのが筋だ。」


マーベリックは続けた。


「レイドル侯爵は秘密裏の処理ではなく公明正大な方法を用いたほうがいいと考えている。そしてそれは一ノ妃様も同じだ。汚職を摘発し、業者を処分、そして三ノ妃の退位、この手順ですすむだろう」


 バイロンはソーセージをパクパクと食べると今度はローストベーコンにナイフを入れた。


「枢密院で証言すれば汚職のすべてが露見する。だが、そうすれば三ノ妃様は『妃』の称号を失うだろう。その結果、近衛隊の警護は受けられなくなる……その前に一ノ妃様は先に動いたんだ。」


 近衛隊は帝位に近しい者を守るために存在する特殊な存在である。そして彼らには何があっても『妃』を守るという哲学がある……換言すれば『妃』の称号を失った瞬間、警護義務が失われる……


「じゃあ、捕縛じゃなくて保護だったの」


「そうだ」


マーベリックはそう言うとバイロンに厳しい目を向けた。


「ところで、俺のソーセージは?」


既にソーセージもベーコンも皿の上から消えていた。


バイロンはその指摘に対し首をかしげると何事もなかったかのように言い放った


「御馳走様です!」


 バイロンが仏頂面でそう言うとマーベリックは不愉快な表情を浮かべて大きく息を吐いた。



61

勘定を払おうとすると会計係の亜人の老婆が二人に声をかけた。


「どうでしたか、うちのソーセージは?」


 それに対してバイロンは『美味しい!』という感想を述べた。亜人の老婆はそれを見て意味深な笑いを浮かべた。そして二人に小声で話しかけた。


「うちのソーセージを食べると『子作り』が捗るのよ!」


 どうやら亜人の老婆はマーベリックとバイロンの関係を『恋愛絡み』だと勘違いしているらしく、その眼には年寄りの持つ卑しさが浮き出ていた。


「今晩、頑張んなさい、2人とも!」


 亜人の老婆はそう言うと口元をニヤリとさせた。前歯のかけた口元はじつにいやらしく、それを見た2人は何とも言えない雰囲気に包まれた。


『………』


マーベリックはそれを払拭するべく『ゴホン』と咳払いすると「失礼する」と言って店を出た。バイロンもその後を追ったが何とも言えない空気に飲み込まれた。


『……全部たべちゃったわ、ソーセージ……』


バイロンはそう思ったが『後悔先に立たず』である。


                              *


店を出るとマーベリックは工房のほうに目を向けていた。


それを見たバイロンはマーベリックに話しかけた。


「まさか『子作りソーセージ』を食べさせるために、ここに連れて来たんじゃないでしょうね!」


バイロンの物言いを無視したマーベリックはバイロンを手招きした。


「中を見てみろ!」


バイロンはそう言われると店舗の裏にある格子窓から工房の中を覗いてみた。


                            *


 そこには二人の人間がいた。一人は親方と思われるでっぷりと禿げ上がった男で、もう一人はぽっちゃりとした少年であった。


『ヘマやったのね、あの子……』


 バイロンの眼には親方に怒鳴られている少年の背中が映っていた。小刻みに肩を震わせているため泣いているのは一目瞭然であった。


『ちょっと、トロそうね、あの子……』


 挙動の鈍い少年を見てバイロンがそう思った時である、マーベリックが小声で『顔を見ろ!』と言った。


「言われなくても、見るわよ……」


 バイロンが言葉を続けようとした時であった、親方の鉄拳をくらった少年の顔がその視野におさまった。


そして――バイロンの背筋に電撃が走った。


『……嘘……』


バイロンは大きく目を見開いた。


『……マジ……』


バイロンがあまりの驚きに体を震わせるとマーベリックが口を開いた。


「ビックリだろ?」



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