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第八話

15

『確か、この辺じゃないのか……あの男の店は…』


 ベアーは小一時間、街を徘徊し、やっとのことで男の渡したカードに書かれた住所に行き着いた。


 ベアーが足を止めたのは2階建ての石造り建物の前であった。周りにある建物と何ら変わらない民家で大きさはポルカの中流家庭の一軒家と同じくらいである。


『羽振りがよさそうなのに……なんでこんな地味な家なんだ……』


 ベアーは怪訝な表情を浮かべると入り口にそれとなく掲げられた木製の看板に目をやった。そこには『ヤドリギ』と彫りこまれていた。


『間違いない……ここだ』


ベアーは深呼吸するとドアをノックした。


                        *


ノックして間もなくすると木ドアがギギギッと音を立てて開いた。


「あっ、君は……」


ベアーに声をかけたのは巨乳の年増、シルビアであった。


「あの、マークという人はいますか?」


ベアーは裏僧侶として理不尽な稼ぎ方をしていることをとがめるためわざと大仰に言った。


シルビアは妖艶に微笑むとベアーに顔を近づけた。


「お手柔らかにね!」


そう言ってベアーの耳元に息を吹きかけた。


『あっ……』


ベアーはシルビアのかぐわしい体臭と生暖かい息にフラフラになった。


『いかん……まだ……目的はとげてない……』


ベアーは何とかこらえるとシルビアの後を追った。



 シルビアは家の奥にある台所に行くとその壁面にあるくぼみに手をやった。くぼみの中から重々しい鎖のついた取っ手が現れ、シルビアはそれを引いた。


ゴゴゴゴッという音とともにベアーの足元の床が開いた。


「こっちよ、ぼうや」


シルビアはベアーにそう言うと階段を下りて行った。


                         *


 階下は壁面に据え付けられたカンテラで明るく足元がおぼつかないということはなかった。


 ベアーは地下のスペースをつぶさに見たが、漆喰で覆われた地下の壁面は意外に豪奢でベアーは驚きを隠さなかった。


『……稼いだ金で地下室を造ってるのか……とんでもないな』


 階下はいくつかの部屋があったが、シルビアはその中の一番大きな部屋へとベアーをいざなった。



 シルビアがノックしてドアを開けるとそこには別世界のような空間が開けていた。


「す、す、すげぇ……」


 絢爛豪華、まさにその言葉通りの空間がベアーの眼の前に現れた。微細な部分に至るまで彫りこまれた壁面の装飾、部屋に置かれた調度品、そして応接用のソファーとテーブル……どれ一つとっても紛い物はなかった。


「マークさん、お客様です。」


シルビアがそう言うとマークはベアーを見た。


「きたか、少年」


マークはダリス語で話しかけた。


「あなたは……ダリス人なんですか?」


ベアーが驚いてそう言うとマークは笑った。


「そうだ」


男の笑みには古い馴染みに話しかけるような温かみがあった。


ベアーはその表情に不気味なものを感じた。


                       *


マークはベアーに座るように言うとデキャンタに入った赤ワインを薦めた。


「これはダリスのミズーリ近郊で取れたブドウから作られたものだ、20年寝かしている、君よりも年上のワインだ。」


マークと呼ばれた男はグラスに注いだワインを飲み干した。


「どうした、飲まんのか?」


ベアーはマークを胡散臭げに眺めた。


「私の存在に疑問を持っているようだな?」


ベアーは男の疑問に対し単刀直入に答えた。


「はい、僕はあなたの事を裏僧侶だと考えています。」


ベアーがはっきりとした口調でいうと男は破顔した。


「ああ、その通りだ」


男の言葉にベアーは目を大きく見開いた。


「君の見立ては正しいよ」


 男は何事もないかのようにベアーに言った。その言い方には倫理的な罪の意識や悪びれるような素振りもなかった。


「あ、あなた、自分の言っていることがわかっているんですか?」


ベアーが詰問口調でそう言うと男は笑った。


「もちろん」


「それなら僕は僧侶という立場上、あなたの事を告発せねばなりません!」


 ベアーがプレッシャーをかけてそう言うと脇に控えていたシルビアがベアーを睨んだ。その眼には殺意と思しきものが浮かんでいる。


ベアーはシルビアの雰囲気に驚き、おののいた。


それを見たマークはシルビアを制した。


「シルビア、やめなさい。」


マークが静かだが反論をゆるさぬ口調でそう言うとシルビアはスゴスゴと引き下がった。


「少し、街に行かないか。このダーマスがどうなっているか、それを見たほうがいい」


そう言うとマークはベアーを連れ立って『ヤドリギ』を出た。


                        *


 ダーマスの街の中で『ソレ』とわかる場所に出るとマークの姿を見た女たちが喚声をあげた。


「マークさん!!」


 娼婦たちはマークに駆け寄るとマークの腕を取った。その顔は客を引くときのような淫らさはなく、街娘が人気役者に駆け寄る様子と変わらなかった。


ベアーは娼婦の表情を見て不思議なものを感じた。


『客……じゃないのに……どういうことだ……』


マークは娼婦の群れを片手で制すと彼女たちに語りかけた。


「例の場所をおねがいしたいんだが」


娼婦とポン引きたちが皆一斉に頷いた。


「マークさんの頼みなら!」


集まった連中はそう言うと蜘蛛の子を散らすようにその場を離れた。


「さあ、ベアー君、行こうか」


「行こうって……どこにですか?」


ベアーが不安げに言うとマークは新しい物質を見つけた学者のような顔で答えた。


「面白いものがある」


マークはそう言うと裏通りにあるひときわ大きな建物にベアーをいざなった。



 その建物はその辺りの民家とは明らかに異なる堅牢な造りで議事堂とも思える重厚感が漂っていた。ベアーはその建物の看板に目をやると『商工業者ギルド』と記されていた。


「さあ、入りたまえ」


 ベアーはどうしようか困ったが周りにいた娼婦やポン引きに退路を遮られ、中に入らざるを得ない状態になった。


『どうしよう、大丈夫かな……』


ベアーは疑心暗鬼の状態でギルドの建物の中に足を踏み入れた。



一方、ルナとロバは後方からベアーの一挙手一動を見ていた。


『なにこの展開……』


娼館に入るのであれば、首根っこを押さえてでも引きづり出そうと考えていたが、入った建物が『ギルド』となると娼館ではない……


『どうなってんの、これ……』


ルナが首をかしげてロバを見ると、ロバは面倒くさそうにあくびした。


「様子を見てみるか」


ルナはそうひとりごちるとロバとともに待機という選択を選んだ。



16

マークが案内した二階の部屋はギルド長が使っている執務室であった。


「こっちだ」


マークはそう言うと部屋の中央にある執務机をどかし、その下にあった石のタイルを器用にはがした。


「ついて来い」


言われたベアーは首をかしげた、なんとマークの体が沈んでいくのである……


『タイルの下に梯子が……』


ベアーは怪しみながら隠し梯子を下りた。



 下りた先は建築途中で放り出されたような空間になっていてむき出しになった柱や梁しかなかった。


「ここからは全部見えるんだ」


 マークはそう言うと壁面を覆っていた布をはがした、そこには何の変哲もないガラス窓があった。


「向こうからは何も見えない、マジックミラーだ」


 そう言われたベアーは内心怪しいと思いながらもガラス越にその向こう側を覗いてみた。向こう側は小さな講堂のようなになっていて、20人近くの老若男女が戯れていた。


「……何だろう……」


ベアーがそう言うとマークはニヤリとした。


「彼らはこの町の有力者だ。夜な夜なここで『会合』という名の宴に興じているんだ。」


 会場に設置されたテーブルの上には様々な食材や酒が置かれていた。それらは一般庶民が口にできるようなものではない。ワインもオードブルも明らかに超一級品であった。


ベアーはそれを見て冷静な声でマークに意見した。


「これとあなたの関係がどこにあるんですか?」


マークはベアーの意見に自信を見せた。


「もう少しで始まる」


マークがそう言うと、講堂の一段高い壇上からシルビアが現れた。


                         *


 シルビアは先ほどとは違う胸の谷間を大きく開けたドレスを身に着けていてその手には宝石をちりばめたブレスレットをしていた。


「お待たせいたしました、皆さま。本日は月に一度の月例際でございます。お忙しい中、お集まりいただきありがとうございます。」


シルビアは会合で主催者が話す『よくある挨拶』をスピーチした。


「時節も秋になりまして徐々に風も冷たくなってまいりました。皆様と何事もなくここで時を過ごせることを我々はうれしく思います……」


シルビアが続けようとした時である、客の1人、品のよさげな老人が声を出した。


「そんなことはどうでもいい、前置きはいいから『本題』に入らんか!」


 老人がそう言うとその場にいる連中が『同じ考えだ』と言わんばかりの目をシルビアに向けた。


「失礼いたしました、では、すぐにご用意させていただきます」


 シルビアがそう言うと客たちは何とも言えない目を壇上に向けた。その目は『値踏み』する商人のようでいて、獲物を狙う狼のようでもあった。


                        *


 舞台の脇から13,4の少年と少女が現れた。人間もいれば亜人もいた、皆、小奇麗に着飾り見た目には貴族の子弟に見える。


「本日はこの8名が皆様の指名を受けたいと名乗り出ております。」


ベアーはシルビアの言葉に何か邪悪な響きを感じた。


「どういうことですか……これは?」


ベアーが血相を変えてそう言うとマークは何事もないかのように落ち着いた声で言った。


「そうだ、オークションという名の人身売買だ」


ベアーは『何を言っているんだ、この人は……』とおもった。


だがマークはにこやかな顔を見せるとベアーに言った。


「これがダーマスの闇だよ」


ベアーはその言葉に愕然とした。




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