第7話 クマさんクマさん火薬の鳴る方へ(6)
マンテングマの討伐失敗から数日後、ギジロウ達は輸送路の安全を確保するためにモノ作りをしていた。しかし、討伐の疲れが抜けなかったギジロウは昼下がりから寝てしまい夕方ごろに目を覚ます。
「喉が渇いたな。」
コップに水を注ごうと瓶を傾けるが水は出てこない。
「食堂に水を取りに行くか。」
食堂の方に向かって歩いていくと何やら騒がしい。
「私1人だけでも、向かってやりますわ。」
「あなた1人では無理よ。そもそも、何ができるのかしら? 平民のお嬢さん。自らは戦えないでしょ。」
「お嬢さんって! ルース様と年齢はほとんどかわらないですわ! なんなら吸血鬼の血が混じって少し寿命が長いあなたのほうが割合的には幼いと思います! いろいろと成長していないようですしね。」
「あ、今、どこを見ていったかしら?」
「全体を見て申し上げました。」
「全体って、どういうこと?」
ルースとナターシャが言い争っている声で少し寝ぼけていたギジロウの頭が冴えてくる。
ギジロウが十字路を曲がると食堂前に人だかりができているのが見える。しかし、少し離れていたので声を上げている2人の姿は見えなかった。
(ここまで、声を上げているなんて珍しいな。)
ギジロウがゆっくりと騒ぎの中心に近づくと人々の間からぼやけていた輪郭がはっきりと見えてくる。
ルースが腕を組み、ナターシャはルースの方に右腕で指差すようにして言い争っていた。
「ルッチ、2人は何をしているんだ?」
人だかりに近づいたギジロウは、傍観していたルッチに声をかける。
「あぁ、ギジロウさん、おはようございます。ナターシャさんが輸送路の安全を確保するために、強行突破をすると息巻いてしまいまして。」
「それをルースが止めているのか? それにしてはお互いに喧嘩腰な気がするが。」
「何度言ってもも納得せず、ロンに無理やり言って馬を出させようとしたナターシャ様に怒ったルース様が、上空から勢いをつけて抑えつけてということをやりまして。」
(何やってんだあの貴族は……、たまに血の気が多いんだよな。)
ナターシャの服は側が土で汚れていた。
ギジロウがどうしたものかと困って突っ立ていたら、ギジロウに気付いたエイダが駆け寄ってきてギジロウの服の裾をつかむ。
「ギジロウさん、そろそろ止めないと殴り合いになりそうです。」
「お、そ、そうだな。」
「ギジロウさんが来ました、道を開けてください。」
エイダに引っ張られてギジロウは2人の元へ近づく。その間も2人は言い合いをしていた。
「2人とも、やめにしないか?」
両手の手のひらを2人に見せながらギジロウは仲裁に入る。
「ギジロウ、ナターシャが1人でも行くって言って聞かないのよ!」
「ギジロウ様、闇夜に乗じて強行突破すると言っているのにルース様が無理やり止めるのですよ!」
2人から大きな声で話かけられ、気迫に押されてギジロウは思わず後ずさる。
「ギジロウ、私が間違っているのかしら?」
「ギジロウ様、行かせていただきます。」
ギジロウがおどおどしていると、屋根の上から白銀の物体がルースの上に落ちてくる。
「痛い!」
ルースの肩を蹴ってそれはナターシャに跳びかかる。
「う、うわあぁぁ。」
ナターシャは顔に跳びかかられて、しりもちをつく。
「ちょっと! 何するのかしら?」
ルースは頭に手を当ててしゃがみ込む。
「お、落ち着いたか。」
ギジロウは地べたに座る2人を見下ろすいちまで歩く。
「あ、ありがとうな。」
2人の間でお座りをするハイスが尻尾を振り舌を出していたので、頭を撫でであげた。
場所を設計小屋に移して、ギジロウは2人の話を聞く。
ギジロウとテーブルを挟んで反対側にルースとナターシャが並んで席に着く。
「それで、ナターシャ、何で急に馬で跳び出そうとしたんだ。」
「ギジロウ様が、先日話していた。硫黄を回収しに行くのです。」
「はい?」
ナターシャの発言にギジロウはますます混乱する。
マンテングマ討伐失敗の翌日にギジロウは大砲の完成には黒色火薬の合成が不可欠でその原料となる硫黄が現在開拓地にないこと、フローレンス達に硫黄の捜索を依頼していることを伝えていた。
(話をしてからすぐに飛び出そうとするなら理解できるが、なぜ6日経ってからなんだ。)
「えっと、なんで今日になって急に硫黄の回収に行く気になったんだ?」
(そもそも、硫黄が見つかったという連絡は来ていないが。)
「それは……。」
「これを見たからでしょ。」
ルースが壁の棚から透明な液体の入ったガラスの小瓶を取り出し机の上に置く。
「ルース。まさかそれは。」
「まだ、量産はできていないけどね。」
黒色火薬の製造には木炭、硝石、硫黄が必要である。木炭はすぐに手に入り、硫黄はフローレンス達に捜索を任せてある。硝石については探し方が分からなかったため、ギジロウは硝酸と植物の灰から合成することにした。
ギジロウが魔導書でアンモニア酸化法のプロセスを調べてルースに合成を試してもらっていた。
ガラス容器の改造と過給魔法陣の組み合わせに難航していたため時間が掛かっていたが、ギジロウの寝ていた昼間に装置が完成して、実験に成功していた。
「硝酸が出来上がったのか。」
「あの、原料集めは少し恥ずかしいのだけど。」
「うん。まあしょうがない。」
「ルース様から黒色火薬の原料の2つ目にめどがついたとお話がありました。それで、残った材料は硫黄だけということだったので、私がすぐにでもフローレンスに状況を聞きに行きたいと思いまして。」
「しかし、クマがいては安全に通れないだろ。」
「でも、いずれは誰かが通らないといけませんよね。」
黒色火薬の作り方は開拓地のメンバーしか知らない。しかし、硫黄はフローレンスに任せてある。作り方をフローレンスに教えるにしても、硫黄を開拓地まで持ってくるにしてもだれかが一度は、火薬のない状態で街道を突破する必要がある。
「確かに、フローレンスの言うとおりだ。」
「では!」
「数日出発を待ってくれ。」
数日後、ナターシャ、シノ、ロン、ベンの4人がフローレンスの元を目指して出発する。
「かならず、硫黄を持って帰ってきますわ。」
「それまでに、そのほかのものをは用意する。シノ、ベン、みんなの護衛は頼んだ。」
「わかったぜ、兄貴。」
「ギジロウ、わかった。」
ギジロウとルースが4人を見送る。
ナターシャがカバンを大切そうに両腕で抱える。
そのかばんの中には合成した硝酸カリウムの粉が入った瓶が数本収められていた。





