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第7話 クマさんクマさん火薬の鳴る方へ(5)

「部屋の前でどうした? 何か用事があるなら部屋に入るか?」

「え、えぇと。」

 シーはギジロウの目を見たり目をそらしたりする。時折エイダの方をチラチラとみては口を動かそうとする。

「ベンが帰ってきてから全然話してくれないの。」

 エイダは少しあきれた表情で淡々と話す。


「戻ってきてからベンは部屋にどんな感じだ?」

 ギジロウはシーとエイダを部屋に入れて椅子に座らせる。

「帰ってきたから、ベンの活躍を聞こうと思って声をかけたんだけど……、うまくいかなかったと一言だけ言ってからは黙々と着替えてベッドに潜ったまま。」

 どうしてよいのかわからないといったことがシーの表情で読み取れる。

「エイダも声をかけたのか?」

「はい、シーからベンの元気がないと言われたから、励ましに行ったのですが……。」

 エイダとシーがお互いの顔を見合う。

「ベンは何も話してくれなかったのか……。」

「うん……。」


 3人の間に沈黙が流れる。


「ギジロウさん、今回の遠征でベンはなになにがあったのでしょうか?」

「それは……。」

 ギジロウは今回のクマ討伐の経過を2人に話すかどうかを迷い言葉に詰まる。

(ベンは仲の良い2人にと話したがらない。それは自分の口からは言いたくいないのか? それとも、起きた知られたくないのか……。)

 ギジロウは頭に手を当てて下を見たりこめかみを抑えながら上を見たりする。

「……ギジロウさん、ギジロウさん!」

 ギジロウの思考を遮るように、エイダの声が頭に響く。

「ギジロウさん、何があったのかは詳しく聞きませんし、ベンも私たちに話したくないのだと思います。」

 エイダは真っすぐとギジロウを見つめる。しかし、いつもギジロウに見せているような自分たちのがやり遂げるといった強い瞳ではなく、少し儚げな潤んだ瞳をしていた。

 ベンのことを心配するエイダの横顔をシーは隣で見つめていた。

「ギジロウさん、ベンともう一度話してください。」



 シーとエイダがギジロウの部屋を去ると静寂が再び訪れる。

「ベンと何を話せばよいんだ。」

 ギジロウの呟きは部屋の中を反響することもなく壁に吸い込まれる。

 ギジロウはパラパラと魔導書を開いては閉じて同じ内容を繰り返し流し見する。

(一緒に反省でもすればよいのか?)

 ギジロウはその経過をほとんど間近で見ており良く知っている。最初にベンが転んだ現場は落ち葉が深く積もっておりどこまでが地面なのか全く見分けがつかなかった。たまたまベンが端を歩いていたから落ちただけである。そのことはギジロウ自身も同じようにして転んだためよく理解している。

 ポーラに重傷を負わせたマンテングマへの対処が遅れたのもベンに責任はない。クマと対峙していたギジロウ、ルース、ポーラは誰も2頭いることに直前まで気づいていなかった。 

 どこにも、ベンに大きな失態はない。

「あぁ、一体どうすればよいんだぁ!」

 ギジロウは頭を搔きながらもだえる。



「ギジロウ殿、いますか?」

 カイナが部屋の扉を叩く。

「ポーラ殿やルース様がお風呂から上がりました。続いてギジロウ殿達も入ったらどうですか?」

「あぁ、ありがとう。今行くよ。」


 ギジロウがお風呂に入ると、ベンが口元までお湯に浸かっていた。

「1人だけか?」

「あぁ、兄貴。そう。」

 ベンは一瞬だけ湯船から口を出す。

 ギジロウは石鹸を泡立て、積もった汚れを擦っていく。

「ベン、この国の人はお風呂に入る習慣があるのか?」

「わからない、話を聞く限りはニーテツみたいな鉱山がある場所の風習らしぜ。」

 ギジロウは桶に溜めていたお湯を頭からかぶり泡を洗い流す。

「そうなのか。」

 ギジロウはベンの隣に座る。


「ベン、お疲れ様。」

「あ、兄貴。でも、俺は……。」

「ベン、ポーラの怪我を俺は気にしていないわけではない。当然、全員場無事で帰ってこれなかったことは残念だ。」

「……。」

 ベンは口元をわなわなと振るわせてギジロウの方を見る。

「ベン、もうお前は開拓地のメンバーの中でも上位の位置にいるから、心して聞いてほしい。」

「お、おう。」

 ベンは少し不安そうな表情でギジロウの方を見る。

「結論から言えば、今回のクマの討伐は失敗だった。」

「っえ! どういうことだ兄貴! やっぱり全員が無事ではなかったからか。やっぱり俺のせい――。」

「ベン! 最後まで話を聞け! そもそも今回のクマ討伐の目的は街道の安全確保だ。クマを狩ることじゃない。」

 街道の安全確保という視点で見ると、クマの完全討伐が未完了でありギジロウ達は失敗している。その上、ポーラという戦力を喪失しかけて撤退、貴重な火薬も使い切ってしまっており大失敗ともいえる。

「そもそも、逃げるクマを深追いしたことが大きな間違いだ。攻撃魔法も斬撃も効きづらいような魔獣が3頭もいたんだ、死人が出てもおかしくなかった。ポーラは大怪我を負ってしまったのではない。ポーラが死なないようにベンが守ったんだ。ベン、そのことはしっかりと誇ってもよいと俺は思う。みんなもそう思っているぞ。」

 ベンは俯きかけていた顔をギジロウの方に向ける。

「で、でも、師匠はどうおもっているのか……。」

 ベンは不安そうな表情でギジロウを見る。

「ベン、ポーラに直接確認しよう。」

「で、でも。」

 そんないきなりかよという言葉が口にしなくてもギジロウに伝わってくる。

「大丈夫だ、俺も一緒に行く! もし怒っていたとしたら……俺も一緒に謝るよ。」

「あ、兄貴…………。ありがとう。」


 ギジロウとベンはお風呂から上がるとそのままポーラの自室へ向かう。

 ベンが自分の思っていたことを話すと最後に申し訳なかったと頭を下げる。

「ベン、そんな風に思っていたのか。気にするなベンのせいではない。今回の件は途中でギジロウ様が話したとおり、全員が少しずつ悪手を打って、それが積み重なって起きたことだ。私の方こそすまなかったクマが2頭いることに気付いていればベンを危険な目に合わせることもなかった。」

「そ、そんな。師匠はすぐに駆け付けてくれて、お、おれは嬉しかったぜ。」

「ベン、ありがとうな。これからは訓練を少し優しくしないとな。」

「いや、大丈夫だ。俺はさらに強くなって、師匠を上回る強さを手に入れるんだ。」

「そうか、では私が復活したらガンガン行くぞ。」


「ベン、ポーラが認めるように君はもう立派な戦力だ。さっきも話したが、まだまだクマ討伐は終わっていない。今後もいつも通りの活躍を期待しているぞ。」


「あは、あはははは。」

 ベンが唐突に笑い出す。

「なんじゃ、そりゃ。最後はもう話がつながっていないだろ。」

 ベンは息をゆっくりと整え笑いを抑える。

「でも、兄貴が俺のことを励まそうとしてくれるのは伝わったぜ。兄貴、ありがとうな。俺は今後も兄貴たちのために全力で頑張るぜ!」

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