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その四十四

 もうだめかと思ったこのタイミングでランスロットが来てくれた。


 彼の広い背中を前に胸が熱くなる。

 白銀の飛竜から変身した本来の姿。

 白い鎧姿の彼は凛々しくて、特別に輝いて見えた。


 ランスロットの登場に驚いたヘムンズが数歩後退する。


「お、お前、いまどこから」


 問われて彼が軽く顔を上げてみせる。

 どうやら屋上から続く石階段を途中で飛び下りたらしい。


 さらにもうひとり、赤い髪の男性が階段を駆け下りてくる。


「おい、お前、アンディに何しやがる」


 スピアが離れた場所に倒れるアンディを立たせてくれた。


「な、なんだお前ら」


 戸惑うヘムンズへ向かってスピアがつかつかと近づく。


「ふたりに何してくれてんだ」


 並び立つと体格の違いがよく分かる。

 小柄なヘムンズよりもスピアの方が頭ふたつ分大きい。


「な、何ってミレーユにまた婚約してやると言ってたところだ」

「アンディをこんな目に会わせてか」

「ふん。平民のガキなんぞ知らん。ちょっと押したら転んだだけだ」


 体格差があるのにヘムンズは偉そうにして引かない。


「なあミレーユ。婚約するなら好きな相手となんだよな?」


 スピアが振り返って聞いてくる。


「もちろんです」

「こいつが好きなのか?」


「まさか! あり得ません。断っているのに無理に婚約させようとするのです」

「だそうだ」


 スピアがヘムンズの両肩に手を当てる。

 次の瞬間ヘムンズの体がくるりと反転して塔の扉の方へ向いた。


「ほら、帰った帰った」


 さらにスピアが後ろからトンと背中を押す。

 バランスを崩したヘムンズがつまずいて前へ転んだ。

 床に鼻をぶつけたのか、鼻血を出しながら立ち上がる。


「き、貴様! いまわざと転ばせたな」

「知らないな。帰るのを手伝って『ちょっと押したら転んだだけ』だ。なあ?」


 そう言って横のアンディに笑いかける。

 アンディがふふと笑った。


「ぶ、ぶ、無礼な! 兵士風情が王族の俺に逆らう気か!」

「兵士? ああ、いまは人間の兵士風だな」

「兵士が俺に指図するとかふざけるな。身分をわきまえろ」


 相手は王族。

 抵抗したら不敬罪で極刑も免れない。

 ところがスピアはそんなことまったく意に介さない。


「身分? 俺に人族の身分はないしなあ」

「身分がない⁉ まさかお前、奴隷か? なんたること! 奴隷が王族に怪我をさせるなど許されんぞ!」


 勘違いをしたヘムンズがわめく。

 スピアが心底うっとうしそうに眉を寄せた。


「なあミレーユ。もう力づくじゃダメか」

「絶対駄目です!」


 痛めつけて帰したら、あとで軍隊を連れて報復に来るだろう。

 スピアは「うーん」と唸ったあと、ランスロットの方へ振り返った。


「すまんランス。こういうのは嫌だと知ってるけどさ、ちょっと頼むよ」

「この場が収まるなら私が対応しよう」


 ランスロットが前に出ると、ヘムンズが首を横に傾けたまま彼へ顔を近づける。


「誰だ、お前は?」

「二年ぶりか。ヘムンズ殿」

「何? 二年ぶりだと? 貴様など知らん。いや、どこかで見た気が」


 鼻血を出したまま、あごに手を当て「誰だっけか」とぶつぶつ言っている。


「二年前、来賓として訪問したときは金髪だったが、いまは髪の色が変わってな」

「来賓? 金髪? あっ! り、隣国のランスロット⁉」


「思い出したか?」

「ラ、ランスロット! で、でもしかし、ランスロットは一年前の戦争で死んだはず」


 混乱したヘムンズがムムムと唸っていたが、王族らしくさっと表情を平静に戻す。


「で、殿下! ご無事で何より」


 同じ王子という立場でありながら、急に丁寧な態度になった。

 横柄なヘムンズでも、自国が侵略戦争を仕掛けて敗戦したというのは理解しているらしい。


「ああ。貴殿も元気そうでなによりだな。ところでこれは何の騒ぎだ?」

「俺、あ、いや、私がミレーユに婚約を申し込んだだけです」


「らしいな。そして先程、ミレーユ本人から、断っているのに無理にうなずかせようとされたと聞いたが」

「わ、私は誠意をもってプロポーズしただけで」

「妾にしてやるから脚を触らせろと迫ることがか?」


 ランスロットがつかつかとヘムンズに近寄り、胸ぐらを掴み上げる。


「帰れ。いますぐに!」


 いつも優しい彼が低い声で脅した。

 襟を掴み上げられたせいか、ヘムンズの顔が赤くなる。

 止めないと失神しそうだ。


「ランスロット殿下、もうそれ以上は」

「……ああ、すまない。少し力が入った」


 襟元を解放されてヘムンズが床にずり落ちた。

 彼はぼう然としたあと「ひいいー」と奇声を上げてばたばたと床を這いずる。

 ようやく扉にたどり着くと、震えながらドアノブに掴まり立ちしてミレーユを睨んだ。


「ふ、ふん。奪爵されて家が取り潰しになった平民など、お、俺に釣り合わない」


 負け惜しみの悪態をついて帰っていった。


 みんなのお陰で助かったけど、怖い思いをしたのには変わりない。

 夜は鍵をかけて過ごすにしても、ヘムンズのように、ミレーユ目当てで来るおかしな相手もいる。

 相談相手と入れ違いで入って来られてはどうしようもない。

 それで防犯について話したけど妙案は出なかった。


 先にハンナとアンディが帰るのを一階で見送り、次にランスロットとスピアが帰るのを見送るために屋上へ出る。


「ところでミレーユ」


 屋上で飛竜に戻ったランスロットが何かを言いにくそうにする。


「なんでしょう」

「その……だな、ヘムンズは「また婚約してやる」と言っていたが」


 あの一言を覚えていたんだ。

 もう心の傷は消えているけど、できればあの過去は伝えずにすませたかった。


「……彼は元婚約者なのです」

「やはり、そうなのか」


 妙な沈黙。

 ずっと黙っていたスピアがポンと手を叩く。


「あ、まだ奴が大切だから、俺に力づくじゃだめって言ったのか」

「え、ち、違います」


 そんな訳がない。

 単に王国軍を連れて報復に来られたら困るからだ。

 ところがランスロットまでがおかしなことを口にする。


「幽閉で婚約は解消になったが、ヘムンズはまだ君を想っていて逢いに来たのでは」

「ち、違うと思います」

「君は優しい女性だ。だから王族であるヘムンズの立場を考えて、あえて遠ざけるために冷たくしたのだろう?」


 白い飛竜の間違った憶測にスピアが頷く。


「ああ、ミレーユは優しいもんな」

「違いますって! だってわたくしはあの人に……」


「あの人に?」

「……いえ、何でもありません」


 婚約破棄された、とは言えなかった。

 貴族だったころの気持ちが邪魔をする。

 それに不名誉な扱いをされたと知られて、彼にがっかりされたくなかった。


「言えない想いか。……スピア、今日は帰ろう」


 盗賊と戦ったときと同じくらいに低い声。

 でもあのとき違って声が小さい。

 白い飛竜が目を細めてうつむく姿は寂しげで、言葉の最後は消え入るようだった。


 言えない想いって……まさか勘違いさせてしまった⁉

 ち、違う。

 違うのに!


「ご、誤解です! 誤解ですから!」


 不名誉とかどうでもよくなって反射的に弁解しようとした。

 優しい彼が悲しそうにするのがただ嫌で。


 なのに白い飛竜は黙って塔の縁へ移動する。

 すぐにスピアが騎乗して手を上げた。


「まあ、ミレーユは優しいからモテるのはしょうがないさ。じゃあお休み!」


 結局、ランスロットからは別れの言葉がなく、ふたりは夜空へ帰っていった。


 ああ、殿下を誤解させてしまった。

 ヘムンズ様のことなど少しも想っていないのに。


 後悔ばかりが押し寄せる。

 最初から婚約破棄されたと言えばよかった。

 わたくしにはもう貴族の名誉など関係ないのだから。


 次に会ったらちゃんと説明して誤解を解こう、そう心に決めた。



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