ユキのキャバ修行その1
「失礼しますって最初に軽く挨拶してから、座る訳、それで、座った後に、短いスカートを履いてたら、持ってるハンカチでスカートの裾の股間のところ隠す訳」
『パンツ見られない為に?』
「まぁ見られない為って言うのもあるけと、お目汚しになる物をお客さんに見せない為って意味もあるから」
『私のパンツ汚なくないんですけどぉ?』
「だから、誰も汚ないなんて思ってないから、マナーだよマナー」
今、俺は何故か本社のソファーに座り、俺の横に座っているユキを相手に、キャバクラ嬢の接客講座を開いている。
突然、ユキが教えて欲しいと言ってきた為だ。良からぬ事を企んで無いと良いのだが……
『ところで、部長って風俗業界って、うちが初めてだよね? 最初から、少し詳しかった感じしてたけど、何で?』
今、この場には、俺とユキ以外にも、専務と本部長が居る、社長は出掛けていて不在。そして、この大先輩を前に、ユキにキャバクラ接客を教えて居る俺の居心地の悪さ……
「まぁ、この会社に来る前に何度か、行った事あって、ほら……1度見ると大概の事を記憶しちゃうからなんですよね……」
そう言って、質問してきた本部長に答えた。
『太郎ちゃん、続き、続き』
「それじゃ、座ったら【ユキです、よろしくお願いします】って感じに名前を名乗るんだよ、それから、お客さんに【何を飲まれます?】って、どの種類のハウスボトルを、どんな飲み方で飲みますか? って聞く訳」
そして、応接テーブルの上に、予め用意をして置いた、2種類のグラスを、手元に引き寄せ。
「こっちの少し大きいグラスがお客さん用の【ゲストグラス】で、この小さい方が【レディースグラス】ね、これは、名前をちゃんと覚えておいて、必要になったらスタッフに告げると、そのグラス持ってきてくれるから」
『大きいのが、ゲストグラス……小さいのが、レディースグラスね』
ユキは、俺に教わりながら、メモまで取っている、コイツ、店オープンしたら、バイトする。とか言い出すんだろうな……間違いなく。
「それで、お客さんがタバコ吸う人なら、タバコを取り出したら、すぐにライターの用意して、火を点けてあげる、その後に灰皿を、お客さんの手元に置く、灰皿は必ず、お客さんが1本タバコを消したら、新しい灰皿を手にもって、吸い殻の入ってる灰皿の上に重ねる訳、やってみて」
ユキは、本社にあった段ボール箱の中から、持ってきた、灰皿2つを使い、1つを俺の手元に置き、その置いた灰皿の上に、もう1つの灰皿を重ねた。
「あっ、ほら、静かに慌てずにな、今ちょっとカチって音したろ? で、そのまま2つの灰皿を自分の近くに置いて、上の1つだけを、またお客さんの手元に、この吸い殻の入ってる灰皿は、自分がタバコ吸うなら自分が使う訳、使わないなら、テーブルの通路側の隅に重ねて置いておくと、通り掛かったスタッフが持っていてくれるから」
『へぇ~灰皿変えるだけでも、色々と決まりがあるんだね』
ユキは、俺の教える接客に、興味しんしんで、楽しそうに覚えようとしている。そんなユキを見ていると、じょじょに俺も楽しくなり、真面目に教え始めていた。
「後は、そうだなぁ……お話しの最中でも、お客さんの使う、灰皿や飲み物の入ってるグラスに注意を常に向けておいて、例えば……飲み物の冷たい温度と外気の温度の差で、グラスの外側に水滴、あっこれ【汗をかく】って言うんだよ、水滴が付いてたら、近くの男性スタッフに【オシボリお願いします】って言って、オシボリ貰って、このグラスに付いた水滴を拭いたり、コースターを拭いたりする」
『オシボリって、オシボリお願いしますって言うだけでいいの?』
あ~そうだな、これも教えておいた方がいいか。
「まぁ口で言うだけでもいいが、ジェスチャーで教える方法もあるんだ、オシボリなら雑巾を絞るような感じで……あ~そうそう、そんな感じ」
両方の手を握り拳にして、会わせて、絞る真似をするユキに、それでいいと伝える。
「後は、親指と小指だけを立て、残った3本の指は折って、手の甲をスタッフの方に向け、親指と小指を下側に向ける」
言われた通りのジェスチャーをしているユキ。
『これは、何の意味なの?』
『それはね、ユキちゃん【氷が少なくなったから、新しいのと交換して】って言う合図だよ』
本部長が、俺が教える前に、ユキに正解を教えた。
そして、本部長に正解を聞いたユキは、俺の顔を見て【本部長の言ってる事、合ってるの?】と、顔で訴えていた。
そのユキの顔を見た、本部長は、苦笑いを浮かべ。
『うわっユキちゃんひどい、俺がユキちゃんにウソ教える訳ないじゃん、しかも、これでも部長より、キャバクラ歴長いんだよ、傷付くなぁ……』
と少し、しょげていた。本部長、日頃の行いの結果ですよ、信用無いのは。
「後は……両方の指の親指と人差し指を、それぞれ指の先を、くっ付ける……そうそう、そうすると、三角を少し崩したような形の空間が出来るだろ? それを男性スタッフに見せると……」
俺は、そこまで言って、本部長の顔を見る。本部長はユキに意味を教えた。
『それは、灰皿下さいって意味ね、ユキちゃん』
ユキも、今度は信じたようで、本部長に向かって、頷いていた。
「後は、手のひらと手のひらを重ねて、本を開くようにすると【メニュー持ってきて】って意味になる」
ユキは、教えて貰ったジェスチャーを、1つ1つを繰り返しながら、これは灰皿で……これは氷で……これはメニュー……。とジェスチャーをしながら、覚えているようだ。
そして、次の話をしようとしていた時に、出掛けていた社長が戻ってきた。
『あっ木村部長、ちょっといい?』
呼ばれたので、ユキに続きは、また今度な。と声を掛けて社長の元に向かった。
後ろでは、本部長がユキに。
『ユキちゃん、続き教えてあげるね』
そう言っていたが。
『太郎ちゃんに教えて貰いたいから、本部長はいいです』
そう、ハッキリと断れていた。専務が、思いっきり笑っていた。
「社長、おかえりなさい、何かありました?」
『うん、実はな……』
この後、社長が話した内容に、俺は少なからず、ショックを、受ける事になる……




