64.それぞれの価値観
※ 残酷表現等がございますのでご注意ください。
文章の終わりにイメージイラストがあります。
絵も微グロ傾向ですので、苦手な方は非表示でご対応ください。
薄ら笑いを浮かべながら歩み寄る男に対し、ルイスは無言のまま剣を構える。そんな彼に相対した男――クライヴは直刀で肩を叩きながら愉しげに問いかけた。
「お前、なんでオレたちの毒を受けてまだピンピンしてるんだ? 普通ならとっくに動けなくなってるはずなんだがよぉ……」
「毒を使うと知っていて対策をしないと思うか?」
「その割には、顔色悪い、ぜっ!」
振り下ろされた凶刃は、甲高い音と共に受け止められ、そのまま鍔迫り合う。互いに一歩も引かず、膠着する中、ルイスは朱色の瞳を睨みながら問いかけた。
「お前は……何故、自分の仲間を手にかけた?」
「あァ?」
「敵意を喪失した人間を恐怖で支配し、襲わせ、手当をすれば生きられた命を、わざわざその手で殺したの何故だ!」
怒りを露わに声を張り上げた彼に、クライヴは目を丸くしたあと、鼻で嗤って言った。
「何を言い出したかと思えば……。同胞を散々斬り捨てたお前がそれを言うか」
「戦意のない者を殺すのは、本来騎士道に反する。それでも殺したのは、彼らがそれを望んだからだ。どうせ殺されるならひと思いに、と……」
「さっすが、温室育ちの色男はお優しいことで」
嘲笑しながら剣を押し戻したクライヴだったが、次の瞬間、その笑みを消して言った。
「豊かな国に恵まれたテメェらに、オレたちの何がわかる」
静かな怒りがこもる剣に、ルイスもまた両腕に力を入れて踏みとどまる。そんな彼に、日長石の双眸を怒りでギラつかせながら、クライヴは言った。
「スリ、騙しは当たり前。同じ国の人間だろうが、殺らなきゃ殺られる。それがオレたちの日常だ。オレたちの当たり前だ。テメェらに、オレたちの生き方とやり方をとやかく言われる筋合いはねぇ!」
「だが、同じ国の仲間だろう!!」
声を張り上げ、ルイスが渾身の力を振り絞り押し返す。その力に、クライヴはそのまま剣を引き、距離を取って言った。
「仲間なんぞ、契りを交わしたヤツ以外にいねぇよ、そんなもん。それはテメェらの価値観で、オレたちの価値観じゃねぇ」
その言葉に押し黙ったルイスに、彼はニヤリと笑みを浮かべて言った。
「ところで、敵に説教垂れて余裕かましてていいのか、騎士サンよぉ」
彼の言葉に、翠緑玉が訝しげに細められる。一拍を置いて、その目を見開いたルイスが背後を振り返った瞬間、小さな悲鳴があがる。
ルイスが振り返った先で見たのは、長身の男に背後から拘束され、首元に短刀を突きつけられたリオンの姿だった。
「リオンっ!」
「動くな」
足を踏み出そうとした彼に、リオンを拘束する白髪の男が冷たく命じる。長い白髪と眼鏡の隙間から見える緋の瞳は、レッドベリルを思わせる冷たいものだった。
その場でたたらを踏んで立ち止まった彼の背後で、口笛を一吹きしてクライヴは言った。
「上出来だ、スライ」
「当然だ」
スライ――ことシルヴェスターは、仲間の賛辞を鼻で笑い、一蹴する。そんな中、不安げに揺れるリオンの瞳が、ルイスを見つめる。
「ごめん……」
今にも泣き出しそうな顔で、顔色を失った彼女に対し、彼は唇を結ぶ。シルヴェスターの短刀が動く気配はない。その状況に、ルイスは視線だけ背後の男へ向けて問いかけた。
「何が目的だ?」
訝しげな様子で尋ねる彼に、朱色の瞳が弧を描く。
「なぁに、単純な話だ。オレとスライはテメェらをうっかり取り逃がしたせいで、最低な屈辱を味わう羽目になってな。その女を殺さずに捕らえた方が、より苦痛を与えられるだろう?」
嗜虐的な笑みを浮かべる彼に、ルイスの背を冷や汗が伝う。緊張した様子の彼に、クライヴは顎をくいっとしゃくり上げる。そんな彼が見つめるのは、ルイスが握る剣だ。
無言で示唆されたそれに、ルイスは剣を地面に放り、両手をあげた。無抵抗の意を表した彼に、男は舌なめずりしながら言った。
「まずは散々手こずらせたテメェからだ、脳ミソ花畑野郎」
言い終わるが早いか、男の鋭い回し蹴りが無抵抗のルイスを襲う。受け身こそ取ったものの、木の幹に体を強かに打ち付けた彼の口から、苦悶の声が洩れる。
「ルイスっ!」
悲痛な声で彼の名を呼ぶリオンに対し、苛立たしげな日長石の瞳がギロリと睨む。
「喚くな、忌々しい神の娘。別にお前から殺してやってもいいんだぜェ?」
赤く染まった直刀の切っ先を目の前に突きつけられた彼女は、恐怖で言葉を失う。そんな中、ふらりと立ち上がったルイスが、クライヴを見据えて言った。
「やめろ……。お前の相手は、オレだろ」
「はっ、いい心がけだ。それでこそ、いたぶりがいがあるってモンだよなァッ!」
愉しげな言葉とは裏腹に、怒りを露にした男は手にした得物を大きく振りかぶる。そして、ひたすら真っ直ぐ見つめるルイスに対し、血濡れの刀が躊躇いなく振り下ろされようとしたその瞬間だった。
「ルイスっ!」
リオンの叫び声に重なり、テノールの声が鋭く彼の名を呼ぶ。その声にルイスは反射的に腰からダガーを抜いて、凶刃を受け止めた。
甲高い金属音と共に刃を受け止められ、クライヴの瞳が見開かれる。それとほぼ同時に上がった呻き声に、振り返った彼が見たのは、背後から斬り付けられる仲間の姿だった。
「スライ!」
「くっ……!」
苦悶の表情を浮かべながら、回避行動を取るシルヴェスターの隙をつき、その腕からリオンが引き剥がされる。やや荒っぽい手際に体勢を崩し、小さな悲鳴をあげた彼女を抱き留めた乱入者はそっと囁いた。
「遅くなってごめんね、リオン」
ルイスよりもやや高めな男の声に、恐る恐る顔を上げた彼女が最初に見たのはふわりと揺れるウェーブがかった金糸。そして、柔らかく細められた碧眼だ。それらを見たリオンの彼女の顔が、安堵の色と共にくしゃりと歪む。
「リック……!」
泣きそうな顔を浮かべる彼女の頭を軽く撫でれば、彼――リックは主を背後に庇いながら、表情を引き締め、剣を構え直す。そんな彼を振り返ることなく、ルイスは言った。
「そっちは任せた」
「りょーかい!」
普段と変わらぬやり取りに、彼の口角が僅かに上がる。そんな彼の様子に、鍔ぜり合っているクライヴが苛立たしげに口を開いた。
「いい気になるな。たかが一人増えたところで、あの女が足手まといであることに変わりはない!」
「それはどうだろうな」
「何……?」
訝しむ彼を前に、ルイスはスッと力を抜き、力の均衡を崩す。直刀を押していた体が前のめりになる中、半身を翻したルイスのダガーが男の耳後ろを狙う。だがそれは、咄嗟に踏ん張り体を反らした男の行動によりかわされ、首を浅く切り裂くに留まった。
その痛みに小さく呻き、クライヴは赤く濡れていく首を手で押さえ、止血を試みる。そうして、怒りを露に、目の前の騎士を睨み付けた。
「テメ、ェ……」
「守りながら戦うことに関しては、オレよりもアイツの方が技量は上だ。そして……」
ギラギラと闘志に燃える日長石を静かに見据え、ルイスは剣を構える。腰を低く落とし、大地を踏みしめ、彼は言った。
「アイツがいるなら、オレは心置きなく前に出られる!」
大地を蹴った彼は、素早くクライヴに近付き、剣を繰り出す。そんな彼の剣を、男は顔をしかめながら受け止める。
だが、力を入れて押し返したそれは、再び均衡を崩され、再びダガーが男の首へと向かう。それを邪魔するかのように、彼の名が呼ばれる。
「クライヴ!」
焦りを滲ませたシルヴェスターは、斬り結んでいたリックを力任せに押しきり、ルイスに向けて短刀を投擲する。しかし、素早くバックステップで飛び退いた彼を傷付けることなく、短刀は木々の中へと吸い込まれた。
その結果に舌打ちと共に、シルヴェスターは腰の直刀に手を伸ばそうとした。だが、背中の痛みに顔を顰めた彼の動きが微かに鈍り、ほんの僅かな隙が生じた。
「スライっ!」
焦りの滲む呼び声が響くとほぼ同時に、彼の懐に無言で飛び込んだのはリックだ。焦燥を浮かべる赤の緑柱石と、冷え冷えとした青碧玉が交錯する中、彼の剣は、シルヴェスターの左脇の下から斜めに一閃する。迷いなく素早く圧し斬られれば、一瞬遅れて赤い花が辺りに舞い散る。
止血もままならず、数歩下がったシルヴェスターは、フラリと地に沈む。そうして、名を呼び続ける同胞へと手を伸ばし、何かを発しようと口を開く。だが、それが言葉になることはなく、彼の手はことりと静かに地に落ちた。
「あああああ!! よくもスライを……クソがぁあああっ!!」
クライヴが雄叫びをあげ、体勢を整い切れていないリックに向かって得物を振りかざす。そんな彼の凶刃を受け止めたのは、素早く間に割り込んだルイスのダガーだった。
「間違えるな。お前の相手はオレだ」
「なら、テメェから殺してやる!」
朱色の瞳に怒りと憎しみを露わに、彼はルイスに猛攻を仕掛ける。だが、怒り任せのそれらは、難なく受け止められ、剣戟の音だけが幾度となく響く。それに対し、苛立たしげに眉間に皺を寄せたクライヴは、熱に浮かされたように言った。
「お前をあのとき逃していなければ、こんなことにはならなかったんだ。そうだ。お前さえ、お前さえいなければぁあああっ!」
声を張り上げると共に、彼は両手で握り締めた直刀を振りかざす。感情任せで隙だらけの動きに対し、ルイスは半身を翻し、遠心力も乗せた回し蹴りを相手の鳩尾に向かって繰り出した。
容赦なくに入った攻撃に、呻いたクライヴの小柄な体は吹き飛び、木の幹に激突する。痛みで刀を取り落とした彼に、ルイスは素早く肉薄すれば、その胸にダガーを深々と突き刺した。震える手がルイスを掴もうとするものの、その前に彼はダガー諸とも一足飛びで躱す。
そうして、胸の栓がなくなれば、彼もまた赤い花を周囲に咲かせながら、大地に倒れ込んだ。か細い呼吸を繰り返す彼は、持ち上げた手を事切れた仲間に伸ばす。
「ス、ライ……」
その呼びかけに、相手から返事が返ることはない。その事実に彼は一筋の涙を流しながら、息絶えたのだった。
目を見開いたまま動かないクライヴに近付き、その瞳孔を確認したルイスは唇を噛みしめながら言った。
「喪う痛みがわかるなら、どうして……」
ギリッとやるせない様子で呟き、敵だった男の瞼を彼が下げたときだった。ガサリと草をかきわけ、姿を見せたのは数人のヴォラス兵。三人を目にした途端、男達は抜刀し、直刀を構える。しかし、ルイスの前に倒れているのが上官だと気付けば、途端に顔色を失い、カタカタと震えだした。
そんな彼らをルイスが振り返る横で、剣呑な眼差しで見つめるリックが、血塗れの剣を真っ直ぐ向けて問いかけた。
「やるなら相手になるけど、どうするの?」
「ひ、ひぃいいい! いい、嫌だ、死にたくない!」
殺気に怯えた様子で、ヴォラス兵たちは武器を投げ捨てて逃げ出す。背中を見せながら必死に駆けて行く彼らに、リックは小さくぼやく。
「全く……。戦う覚悟も技術もない一般人まで戦いに駆り出すなんて、どうかしてる」
嫌悪感を滲ませる彼を余所に、ルイスはダガーを鞘に収め、リオンに駆け寄った。
「リオン、悪い。怪我はないか?」
「私は大丈夫。それよりもルイスの方がっ……!」
「オレなら大丈……いっ……!!」
今にも泣きそうな顔で見上げる彼女に、笑いかけ『大丈夫』だと言いかけた彼の口から、痛みを訴える声が漏れる。その原因――彼の傷口を肘で突いたリックを振り返れば、どす黒いオーラを漂わせる碧眼がそこにあった。
「心配かけたくないのはわかるけど、手当が遅れるから、今そのやせ我慢いらない。ほら、手当するからさっさと脱げ」
怒気の滲む彼のやや乱暴な言葉にたじろぐも、一切笑っていない青碧玉に、ルイスは大人しくローブを脱ぎ始める。その一方で、リックは不安げに立ち尽くすリオンを振り返り、穏やかな口調で言った。
「リオン、預けてた薬とか貸してくれる?」
「あ、うん!」
リックの言葉を受け、彼女はローブの下に斜めに提げていた鞄の留め具を外し、彼に手渡す。その中から出てきたのは、小瓶や包帯などと言った救急道具だった。そこから、緑色の液体の詰まったガラス瓶を取り出せば、彼はルイスに投げ渡して言った。
「とりあえず、その解毒剤を先飲んで。リオン、傷口の洗い流しを頼んでもいいかな?」
「もちろん」
しっかりと頷き返す彼女に、リックは微かに笑みを浮かべ、必要な道具を渡す。そして、やや離れたところに転がったままのルイスの剣を回収し、彼の傍に置けば、先に消毒を始めていたリオンと共に、相棒の怪我の処置に取りかかった。
上半身のみ脱いだルイスの身体に刻まれていたのは、いくつもの斬り傷と打ち身の跡。そんな彼の胸で輝く神具に、一瞬リックの手が止まる。だが、それに構わず、素早く相棒の全身を見ると、リオンに指示を出しながら彼は言った。
「全く……よくまぁこれだけ毒の斬撃を受けて、解毒剤もなしにあれだけ動けたね、お前」
「先の祝祭の一件で、多少の毒耐性でもついたんじゃないか? たぶん」
「怪我の功名、か……」
毒を押し出した傷口を洗い流し、手早く包帯を巻きながら、眉根を寄せたリックは難しい顔で言った。
「けど、あんまり過信し過ぎないでよ。あいつらの毒に関する知識も種類も、オレたちのそれとは比べ物にならないんだから」
「わかってる」
そんなやりとりをしつつ、慣れない手付きのリオンのそれを受け取り、手早く手当を施していくリックに、ルイスは静かに問いかけた。
「それにしてもお前、なんで予定よりもこんなに遅かったんだ?」
責めるでもなく、真顔で問いかける彼に、手を止めることなくリックは言った。
「こっちで捕捉してた以上に、国内に潜り込んでたヴォラス兵の数が多かったんだよ。全くどこから湧いてくるんだってくらい」
「なるほど……」
「大半が戦い慣れてない一般人で無力化が容易とは言え、あの数はねぇ……。アイザックさんが隙を見て、オレだけ送り出してくれたけどさ。森の中で遭遇したヤツらはやたらと鬼気迫る勢いで襲ってくるから、ホント参ったよ」
ため息交じりにぼやきながら、『はいお終い』と告げる彼の言葉に、ルイスはところどころ裂けた服とローブを着込む。
「助かった。お前の方は大丈夫か?」
「オレは平気。向こうは背後の警戒ほぼほぼ緩かったから、奇襲でそれなりにはどうにかなったしね。で、こっちの状況は?」
治療道具を片付けながら問いかけたリックに、ルイスは秘密基地を出てからの経緯を語った。
予想よりも早いヴォラスの襲撃、アルバートが語った内容と仲違い。リオンが見せた月巫女の本来の力、ヴォラス兵が死に物狂いで襲ってきた訳など、ざっくりと説明を聞き終えたリックは、こめかみを押さえながら言った。
「緑の髪に、緑がかった茶色の目、ねぇ……。それってさー……」
「恐らく、緑の殺戮者、マールス=サリヴァンだろう」
「だーよーねー……」
帰って来た返事に、顔を引き攣らせて、ガックリと頭を垂れる。ガシガシと頭を掻きながら、困り果てた様子で彼は言った。
「団長がいない中、厄介な大物が出張ってきたもんだね、全く」
「だが、やるしかない」
「……だね」
静かだが揺るぎないルイスの言葉に、リックは小さく息をついて顔をあげる。真剣な眼差しで見返す彼に頷きながら、ルイスは言った。
「作戦は道中で話すとして……リオン、行けそうか?」
「大丈夫。次は足引っ張らないように、気をつけるね!」
キリッとした表情で両手の拳を握ったリオンは、やや顔色を失っているものの弱音を吐くことなく返す。そんな彼女の頭を微苦笑と共に撫で、スッと立ち上がったルイスは、二人と共にマールスがいるを思われる頂上に向かったのだった。
今回の挿絵の背景素材に関しては、BOOTHにてダンロードさせていただいた、仲乃エマ様の素材を使わせていただきました。
BOOTH URL:https://booth.pm/ja/items/3029675




