表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/77

47.外の世界

※ 文章の終わりにイメージイラストがあります。

 朝の光が徐々に世界を照らす頃。人里離れた山の中、木霊す鶏のなき声に、リオンはふと目を覚ました。彼女の目に映ったのは、金糸で彩られた天蓋ではなく、ゴツゴツとした岩肌と火の消えかかった焚き火。自身にかけられているのは、毛布ではなく、灰色のローブだ。


 首を傾げつつ、ぼんやり眺めた彼女が視線を巡らせば、少し離れた場所にルイスの姿。剣を抱えたまま目を閉じる彼は、眠っているように見える。それを見て、彼女は現状を思い出したのか、一人納得した様子で頷く。


 上半身を伸ばした彼女は、体を預けていた黒馬に礼を言って、かけられていたローブを手に彼に近付いた。碧と黒の簡素な服に翠緑色のマフラーのみの彼に、ローブをかけようとしたところで彼の目が開く。その反応に、リオンは目を瞬かせた。


「起きてたの?」

「半分な。もう少しなら寝てても大丈夫だぞ?」

「目覚めたから平気。これ、ありがとう」


 そう言って、彼女がローブを差し出せば、彼は受け取り言った。


「なら、少し早いが食事にするか」


 彼が使い古した皮の鞄から取り出したのはパンとチーズ。焚き火で炙ったそれらと水筒の水だけの質素な食事の最中、リオンはふと問いかけた。


「ねぇ、ルイス。昨日は時間も余裕もなくて聞けなかったけど、リックと初めて会ったときの話、何なのか聞いてもいい?」


 彼女の問いかけに、彼は口の中のものを飲み込んで言った。


「騎士団に入ったときの話なんだが。オレをい……いや、オレのために、月神に生かされたって」

「え?」

「当時は正直、月神なんか居ないと思ってたから、聞き流してたんだけどな。本来死ぬはずだったけど、ゲッパク……とか言うものを分けられて生き長らえたんだそうだ」

「げっぱく……まさか月魄のこと?」


 彼の言葉を反芻した後、リオンは思案顔で呟く。彼女の反応にルイスは、パンを千切りながら返す。


「いや、よくはわからないんだが、なんなんだ?」

「私が思ってるものだとしたら、月神さまの魂の一部、みたいなものかな」

「なっ……!?」


 告げられた内容に、彼の手からパンが転がり落ちかける。何とか大地に還らずに済んだそれを手に、彼は唸った。


「さすがにそこまでの話は聞いてないぞ」

「もしそうだとしたら、私がリックに感じてた違和感も納得行くんだけど……」

「違和感?」

「うん。リックと話してると、話しやすいのに、何故かこう背筋を正したくなるというか……。祈り場に立つ時と似た心境になるの、最初の頃からずっと」


 翠緑色の瞳が戸惑い瞬く中、彼女は続けた。


「エマには『ルイスよりも居る時間が短くて慣れてないだけじゃないか』って言われたんだけど。慣れた今もその感覚自体はあって、何なのかなって思ってたの」

「そう、なのか……」


 そう呟くと、ルイスは空いている手で頭を掻きながらぼやいた。


「こんなことなら、もう少し真面目に聞いておくんだったな……」

「じゃあ、次はそうしよ?」

「……そうだな」


 いつもと変わらぬ調子で告げたリオンに、彼は目を瞬かせたあと微苦笑を浮かべ、残りのパンを口へと放り込んだのだった。


***


 すっかり陽も高くなった頃。二人の居ない神殿内は、騒ぎにこそなってはいないものの、ざわめきに満ちていた。神殿を見回り、神官や巫女たちに聞き込みを行う騎士の数は、普段の倍以上だ。


 神職者たちがヒソヒソと囁き合う中、アルバートは硬質な靴音を鳴らし廊下を進む。苛立たしげな様子の彼を認めれば、彼らは蜘蛛の子を散らすように方々へ去っていく。そんな神官たちを気にも留めず、彼が足早に向かった先は、騎士団の屯所だった。


 人の気配がない屯所内をずんずんと進む彼は、誰ともすれ違うことなく目的地へとたどり着く。そうして、そこ――騎士団長の執務室の扉をノックすることなく、彼は怒鳴り声と共に足を踏み入れた。


「月巫女さまはまだ見つからんのか!?」

「副神官長殿、申し訳ありません。騎士団を総動員して、敷地内を捜索していますが、今のところはまだ……」


 彼の登場にさして驚いた様子もなく、静かに答えたのはグレンだ。つかつかと彼の執務机に近づけば、アルバートは眉尻をつり上げて言った。


「サンチェス卿は療養中と聞いているが、ディオス卿はどうしているんだ? クリフェード卿の副官だろう。何か知らんのか!?」

「リックは重要参考人として、地下牢にてこれから取り調べを行うところです」


 その返答は予想外だったのか、アルバートの目が驚き瞬く。だがそれは一瞬のことで、彼は拳を机に叩き付けながら言った。


「なら早く取り調べて、二人を見つけ出せ! お倒れになった神官長のためにも、一刻も早くだ!」

「尽力いたします」


 焦りを見せることなく、淡々と告げる騎士団長に、アルバートは苛立たしげに舌打ちをすると、踵を返す。


 元来た道を辿り、彼がやってきたのは自身の執務室だった。親指の爪を噛みながら、彼は部屋の中を一人ぐるぐると歩き回る。


「二度もこのような騒ぎを起こしよって……。何故大人しくできぬのだ、あの小娘は」


 そんな中、天井から一人の男がひらりと舞い降りた。紺色の頭巾と装束を纏った男に対し、アルバートの眉間に皺が刻まれる。鉢金に刻み込まれた複十字と蛇の文様を見ても、その顔に恐れの色は一切ない。そんな彼に、三白眼の侵入者はにぃっと笑って言った。


「よお、邪魔するぜ」

「何の用だ? 私は今……」

「お前がお探しの先見の巫女を見つけたかもしれない。……と言ったらどうだ?」


 男の言葉にアルバートの目が大きく見開かれる。そこには、歓喜と微かな狂気の色が宿っていた。


***


 太陽がまもなく中天に到達しようかという頃、リオンとルイスは街道を駆けていた。規則的に揺れる馬上で、ルイスは腕の中の彼女をチラリと見る。


 リオンは目深に被ったフード越しに、初めて見る景色を物珍しげに眺めていた。


「リオン、体は痛くないか?」

「少しだけ。でも、平気だよ」

「この先に小さな町がある。そこで少し馬を休めるつもりだから、それまでもう少し我慢してくれ」


 ルイスの言葉に彼女は笑顔で頷く。やや考え込んだのち、彼女はルイスを見上げて問いかけた。


「えっと、王都は王宮を、聖都は神殿を中心に成り立ってて。それに対して、町は神殿の代わりに教会が中心に成り立ってるんだよね?」

「そうだ」

「それをいくつかまとめたものを貴族が王族に代わって統治してる、だよね?」

「だな」


 彼の返答に、リオンは目をキラキラさせて、進む方向を見つめて言った。


「どんなところなんだろう」

「……念のため言っておくが、遊びじゃないからな?」


 楽しげな色を帯びた彼女の声に、彼はややトーンを落とす。半眼に呆れの色を微かに浮かべ、彼は続けた。


「オレたちの……特にお前の正体がバレないように、気を付けろよ?」

「わかってるよ。巻き込みたくはないもん。それでも、今回を逃したら機会はないかもしれないから、できるだけ見て、触れておきたいの。外の世界に……」


 頬を膨らませて振り返り『心外だ』と言わんばかりに返した彼女が続けたもの。それは彼女がずっと望んでいた願いだ。切なげに視線を落とす彼女に、ルイスは手綱を捌きながら言った。


「お前が諦めなければ、二度目だってある」


 彼の言葉に、瑠璃が驚いた様子で見上げる。馬を駆る彼を見つめれば、彼女は『そうだね』と眉をハの字にさせ、切なげに笑ったのだった。


 程なくして、目的の町にたどり着けば、馬を囲いの外にある馬小屋に預け、二人はそこへ足を踏み入れる。大通りの市場(マーケット)を行き交う人々を見たリオンの口から、感嘆が漏れた。


「人がたくさん……」

「夜中に駆け抜けたからあれだが、王都も聖都も昼間はこれよりも人多いぞ」

「そうなんだ。これが外の世界、かぁ……」


 感極まった様子で笑い合う人々を見つめたあと、彼女はルイスを見上げ、小声で問いかけた。


「本当にフード被らなくていいの?」

「普段着の中だと、フードをしたまま歩く方がかえって悪目立ちしやすいからな。派手な行動を取らない分にはこっちの方がいいんだ」

「なるほど……」


 感心した様子で頷くリオンの視線がキョロキョロと忙しなく動く。彼女の数歩前を行く彼は、前方の物陰などを注意深く見ながら言った。


「お前は外の世界初めてなんだから、何かするときはオレに先に声かけ……」


 途中で左側を振り返った彼の言葉が途切れる。斜め後ろを歩いていたはずのリオンの姿があるのは、やや後方の露店の前。それを認めるや否や、ルイスはため息をこぼしながら、額を押さえた。


「言ってる傍から全く。リ……『ルーナ』!」


 口を突いて出かけた名を押し留め、別の名で呼びかけながら、彼は小走りで彼女の元へ向かう。彼女の手首を掴めば、瑠璃色の瞳がキョトンとした様子で彼を見た。


「どうしたの?」

「勝手に離れたら心配するだろ。『ルーナ』って呼んでも反応しないし」

「え? あ……」


 怪訝な顔をしたリオンは、ハッとした様子で口元に手のひらをあてる。そんな彼女の目の前には、じと目で見つめる翠緑玉。それを見た彼女は、両手を合わせて言った。


「え、えーと……ごめんね、『ルークス』」


 気まずげに謝罪を告げた彼女に、ルイスは小さく息をつく。滲み出ていた怒気を引っ込めた彼は、彼女が見ていた露店を見た。


 そこに並んでいたのは、ペンダントやバレッタ、ブローチなど、女性が好みそうな装飾品の数々。それを見て、彼はリオンを振り返りながら問いかけた。


「で、何が気になったんだ?」

「あ、えと……その、リボンが……」

「リボン?」


 口ごもりながら答えた彼女の視線を、彼の目が追う。その先にあったのは、光沢のある一本のサテンリボン。何の変哲もない単色のリボンだが、その色は翠緑色――彼の色だった。それの意味するところに気付いたのか、ルイスが身じろぎ固まる。


 店番をしている恰幅のいい中年の女性の顔に、にこやかな笑顔が浮かぶ。訳知り顔な彼女の笑顔に対し及び腰になりつつ、彼はギクシャクした様子でリオンを振り返る。


「これ、欲しいのか?」


 頷きはしないものの、その目は躊躇いがちに揺れ動く。それを見た彼は、微苦笑を浮かべて小さく息をつくと、リボンを指差しつつ、女店主を振り返り言った。


「これください」

「はいよ。五百セレンだね」


 ルイスが小さな皮袋から、銀色の硬貨を五枚取り出し、彼女に差し出す。代金を受けとった店主は、綺麗に折り畳んで小さな紙袋に入れたリボンを、彼に手渡した。


 手渡された茶色の包みは、流れるようにそのままリオンの手に渡る。渡された小さな包みとルイスを交互に見て、彼女は戸惑った様子で問いかけた。


「いいの?」

「オレが持ってても使い道がない」


 ややぶっきらぼうに返す彼の頬は、朱色に色付いている。それに対し、女店主の笑みが深まれば、ルイスはリオンの手を握り『行くぞ』と言って歩き出した。


 歩幅を彼女に合わせて進む彼を見上げ、次いで彼女の目は自身の手に向く。右手は彼の手の中、左手には買ってもらったばかりの包み。それを見てリオンは嬉しそうに顔を綻ばせて言った。


「ありがと」

「どういたしまして。というか、欲しいものがあるときくらいは遠慮しないで言え。難しいときは言うから」

「うん」


 そう言って頷くと、彼女は自分より大きな彼の左手を、そっと握り返したのだった。


 半刻(はんとき)後、二人の姿は町の中心に程近い位置にある小さな公園にあった。大通りから一本横道に入った場所にあるためか、大通り沿いの大きな公園の人混みと違い、人影はまばらだ。


 二人がいるのは、公園の隅にある桜の下に設置された、木と鉄でできたベンチ。並んで腰かけた二人の手元には、くしゃくしゃに丸めたパラフィン紙と空の瓶があった。片付けをするルイスの隣で、リオンは満面を笑みを浮かべて言った。


「ケバブっていうの、美味しかったね」

「そうだな。お前の腹の虫も泣き止んだようで何よりだ」

「お、お腹が空くのは仕方ないじゃない」


 ふくれっ面を浮かべた彼女に、くつくつと笑いながら『そうだな』と言いながら、彼はゴミをまとめていく。そんな彼の隣で、彼女は不満げに息をつくと、荷物を漁り出した。


 彼女が取り出したのは、買って貰ったばかりのリボンだ。彼女はそれを使って、髪を束ねようとしたが、結んだそれは緩く解ける。落ちた毛束を見て、もう一度結び直そうとするが、結果は同じだ。


「あ、あれ? 上手く結べない……」

「……ちょっと貸してみろ」


 そう言ったのは、片付けを終え、様子を見守っていたルイス。彼は填めていた黒いグローブを外すと、リオンの手からリボンを取り上げ、立ち上がった。ベンチ越しに彼女の背後に移動すれば、リボンを口に咥え、彼女の長い髪を手で梳き始める。


 時折、彼の長い指が彼女の首を掠めれば、リオンは頬を薄ら染めて、緊張した様子で両手を膝の上に置く。ヒラヒラと薄紅色の花びらが舞う中、無言の時が過ぎていく。シュルシュルとサテン生地の擦れる音を最後に、彼は言った。


「ほら、できたぞ」

「ありがとう」


 その声に彼女が自身の頭部に手をやれば、高い位置で結ばれたリボンに触れる。その感触に微笑みながら、彼女は振り返りながら問いかけた。


「似合う、かな?」

「いいんじゃないか? 少し気恥ずかしいものはあるが……」


 明確な肯定こそないものの、頬を染め、照れくさそうに視線を逸らす彼に、リオンは嬉しそうに微笑んだ。


 そんな穏やかな空気が流れていたときだった。二人の背後から男の悲鳴と怒声が響く。それらの声に、公園の人々が一斉に振り返る。その視線の先では、一人の男が複数の男に囲まれ、私刑を加えられているところだった。


 身体を丸め、襲いくる暴力に耐える男を見たリオンは、ルイスの袖を引く。


「ねぇ、ルイス」

「……派手な行動は控えたいところだが、そうも言ってられないか」


 一つ息をつくと、彼は彼女を真顔で見つめて言った。


「お前はここを動くなよ。何かあったらとにかく呼べ。いいな?」

「わかった」


 そんな約束を交わし、彼は渦中へと足を踏み入れるべく駆け出す。ならず者の風体をした男が振りかざした腕を、駆けつけたルイスが難なく掴む。それに驚き振り返る男に対し、ルイスは言った。


「やめろ」

「なんだてめぇ! 余所者は引っ込んで……いででで!」

「オレは頼んでるんじゃない。やめろと言ったんだが? このまま骨をへし折っても構わないんだが、どうする?」


 男の腕を捻り上げる手に力を込められれば、掴まれた男の顔が苦悶で歪む。


「てめぇ、その手を放……がっ!?」


 背後から殴りかかろうとした別の男の顔面を、ルイスの手の甲が叩く。それに呻き、男が鼻血を垂らしながら睨む。動じた様子もなく、それを冷めた目で見つめて彼は言った。


「まだやるか? やるなら次からは手加減はしない」


 殺気にも似た光を宿す翠緑色の瞳に、男たちの顔から血の気が失せる。彼の威圧に耐え兼ねたのか、男たちは不承不承ながら同意し、解放されれば捨て台詞を共に去っていった。


 それを見て、リオンが二人の元に駆け寄る中、ルイスは縮こまっていた男に手を差し出した。


「立てるか?」

「すまない。助かったよ」

「いや、礼なら彼女に。オレは彼女に頼まれたに過ぎない」


 背後を振り返りながら告げられた彼の言葉に、男の小豆色の目が、駆け寄ってきたリオンへと向けられる。彼女を見た男は砂色の頭を下げて言った。


「貴女の優しさに感謝を」

「いいえ、お体の方は大丈夫ですか?」

「ええ……っ」


 大丈夫だと告げた直後、腹部を押さえた彼の顔が歪む。それを見て彼女はルイスをじっと見つめる。眉尻を下げた彼女の顔を見て、ルイスは肩を小さく竦めると、男に向かって言った。


「たいしたことはできないが、手当てをさせてほしい。どこか落ち着ける場所はないか?」

「ですが……」

「そうしないと彼女がテコでも動かなそうでな。オレを助けると思って、大人しく受けてもらえると助かる」


 ルイスとリオンを交互に見た男は微苦笑を浮かべ言った。


「そういうことでしたら、私の家はいかがでしょう?」

「素性もわからないオレたちが行っていいのか?」

「見ず知らずの私を助けてくれた恩人ですから」


 口の端に血を滲ませつつも、微笑んで見せた男に、ルイスは瞠目したあと、破顔して言った。


「では、そのご厚意に甘えさせてもらう。オレはルークス=フォルティス、彼女はルーナ=ウィリディスだ。よろしく」

「私はカーティス=テイラーだ」


 ルイスが再度差し出した右手を握り返しながら、男――カーティスは二人を自身の家へと(いざな)ったのだった。


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 何やら不穏なことがいっぱい! グレッグの言葉やリックやエマがどうなったのかも気になるところですが(きっと大丈夫ですよね!)、無事に表へ出たリオンとルイスの逃避行がどうなるのかの方が気になりま…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ