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【完結】月夢~巫女姫の見る夢は騎士との淡く切ない恋の記憶~  作者: 桜羽 藍里
【第6章:明かされる秘密とそれぞれの想い】
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42.錯綜する思惑

※ 微グロ表現ありますのでご注意ください。

※ 文章の終わりにイメージイラストがあります。

 ルイスの謹慎が解け、約一月の時が流れたある日のこと。外には桃の花が咲き綻び、暖かな空気に包まれている。暖かな陽の光が降り注ぐ中、グレンの執務室には緊張を孕んだ空気が漂っていた。


「この一月、合間を見て隠し通路内を(くま)なく探しましたが、殺害の証拠も聖典の原本も発見には至りませんでした」


 執務机に腰かけたグレンに、そう告げたのは姿勢を正して立つリックだ。彼の言葉に、グレンは両腕を組んで唸りながら口を開く。


「せめて聖典の原本だけは手に入れたいところだが……。お前が月巫女さまから借りてきた手紙の字とほぼ一致したことを考えると、神官長の自室か執務室が濃厚か……」


 背もたれに寄りかかりながら、天井を見上げるグレンの動きに合わせ、彼の座る椅子がギシッと音を立てる。両目を閉じて考え込む彼に対し、リックもまた思案顔で視線を彷徨わせる。やや間を置いた後、彼はグレンを真っ直ぐ見据えると、鎖に通した銀色の鍵を、首元から取り出しながら問いかけた。


「団長。この鍵、もう少々お借りしていても構いませんか?」


 彼の問いに、グレンは訝しげな様子でリックを見つめる。数瞬後、ハッとした様子で彼は瞠目した。


「お前、まさか……」

「神官長の自室に忍び込もうと思います」


 その言葉にグレンは眉根を寄せ、渋面を作る。睨め付けるような真紅の瞳に見つめられても、リックの表情や態度は何も変わらない。それに対し、グレンは頭を掻きながら言った。


「見つかれば背信の罪は免れられない。しかも、相手は隠し通路の存在を知っている人間だ。いくら何でも危険が過ぎる」

「神殿に神官長、副神官長共にいないと確信できる時であれば問題はないかと」

「……明後日の登城日、か」


 部下が示す好機に、グレンは顎に手を当てながら唸る。長々と三度(みたび)ほど唸った後、彼はこめかみを抑えながら、難しい顔をして問いかけた。


「その日の護衛シフトはどうなっている?」

「主力はグレッグ、補佐がルイスです」


 即座に返ってきた回答を最後に、しばし沈黙が降りる。それを破ったのは、沈思黙考していたグレンだ。彼は真剣な顔でリックを見て告げた。


「ルイスと協力して動くのなら許可しよう」


 その言葉に、今度はリックの眉間に皺が寄る。怪訝そうな顔をするグレンに対し、彼は頬を掻きながら微苦笑を浮かべて言った。


「言ったら止められる気がするので、できれば単独で動きたいんですが……」

「お前もルイスが動こうとしたら止めるんだろう?」

「それはもちろんです」


 間を置かずに返ってきたそれに、グレンは苦笑しながら言った。


「なら想像が付くだろう。お前が黙って実行した場合、あれがどんな反応するか」


 その言葉に、リックが小さく唸りつつ、げんなりとした様子で渋い顔を浮かべる。そんな彼に追い討ちをかけるようにグレンは言った。


「オレとしても、有能な部下を無闇に危険に晒す真似をしたくはないからな。保険もかけずに行くと言うのなら、鍵は今すぐ返上してもらう」


 そう告げた上で、『どうする?』と言わんばかりに、グレンはにっこりと微笑む。それを受けたリックは、思案顔で視線を彷徨わせる。そうしてゆっくり視線を一周させたリックは、渋々ながらもグレンの提案を受け入れたのだった。


***


 時を同じくして、神殿の居住区画の一室でもまた、二人の男性が密談をしていた。

 その部屋は、昼にも関わらず、ドレープカーテンは閉じられ、外の光は遮られている。昼の闇を照らすのは、机上のランプが一つだけだ。


 ランプが照らし出すのは、黒檀の机を挟んで相対するアルバートとグレッグ。


 直立不動で立つグレッグに対し、アルバートは両肘を机につけ、両手の甲を重ねて座っている。彼は険を含んだ藍鼠色の瞳を、グレッグに向けて口を開いた。


「グレッグ、首尾は一体どうなっている?」

「首尾は上々です」

「お前は毎回そう言うが、あれから一月はとうに経つと言うのに、一向に変化が見られないではないか!」


 ダンッと机を叩く鈍い音が部屋に響く。その直後、叩いた際に跳ね返った衝撃と痛みに、アルバートは顔を顰めて唸る。


 そんな彼に、グレッグは動じることもなく、静かに口を開いた。


「もしかすると、ライル=フローレスの件で、忘却水への耐性がついたのかもしれません」

「なんだと……?」


 右手をさするアルバートの顔が、訝しげに眉間へ皺を刻み込む。


「可能性としてはあり得ない話ではないな。だがそうなると……」


 彼は片眼鏡をかけ直し、顎に手を当てて考え込んだ。彼の視線があちこち彷徨った後、胡乱げな目がグレッグへと向けられる。


 向けられたその視線に、グレッグは僅かに首を傾げながら問いかけた。


「アルバート様、何か……?」

「いや。お前は引き続き飲ませて様子を見ていろ。何かあればすぐ報告するように。以上だ」

「かしこまりました」


 アルバートの言葉に、逆らう素振りもなく、グレッグは一礼すると部屋を後にした。


 紫紺のマントが扉向こうに消えるのを見送ると、アルバートは蝋燭の火を見つめる。その顔に浮かぶのは、狂気の色を孕んだ笑み。


「どうせ短い命。傀儡とならぬのなら、せめて国のために御身を役立てていただくが道理……」


 くつくつと小さく不気味な笑い声が反響する中、ノックの音がそれを遮るように響く。それに対し、アルバートは苛立たしげに片眼鏡を直しながら、『誰だ?』と横柄に返事を返した。


「アルバート、私だ」

「クリフ様?!」


 扉の向こうから返ってきたしわがれ声に、彼の声が裏返る。泡を食った様子で扉へと駆け寄った彼は、躊躇いなくそれを開けた。そこには果たして、豪奢なローブを纏った白髪の男性――神官長ことクリフ=モルガンの姿があった。


 そんな彼の先触れのない来訪に、アルバートは喜色ばんだ様子で黒檀の瞳を見て問いかけた。


「一体どうなされたのですか?」

「体調が優れず部屋に下がったと聞いてな。具合はどうだ?」

「わざわざ、私のために足をお運び下さるなんて……」


 感極まった様子で目を輝かせる彼に、クリフは目尻の皺を深めて微笑みかける。


「いつも私を助けてくれている人間を放っておけるわけがなかろう?」

「ありがたきことです。だいぶ落ち着いて参りましたので、後程戻ります」

「いや。まだ顔色も優れない上に、最近疲れている様子だっただろう? 今日はゆっくり休んで英気を養ってくれ」


 そう言って、アルバートのややこけた頬を、皮の薄い骨張った手が撫でる。それを彼は、心底嬉しそうに目を細め、黙って甘受した。


 それを廊下の影で見聞きしていたのは、つい少し前に下がったはずのグレッグ。彼は右手に視線を落とし呟いた。


「所詮、僕も駒の一つでしかない、か……」


 そんな彼の右手にあるのは、シーリングされたままの白磁の小瓶。


「今、彼女に記憶を失われては、僕が望む未来は手に入らない。例え、それが命令に背くことであっても、これだけは譲れないんです、アルバート様……」


 その言葉は彼以外の誰に届くこともなく、空気に溶けて消える。そして彼は、小瓶を懐にしまうと、足音もなく踵を返し、その場を後にしたのだった。


***


 それぞれの思惑がひしめく中、迎えた翌々日の昼下がりのこと。


「私は一度失礼しますので、グレッグ様、あとよろしくお願いします」


 そう告げたのはリオンの部屋の前に立つエマだ。彼女の目の前には、にっこりと微笑み敬礼をするグレッグの姿があった。


「わかりました。お疲れ様です、エマさん」


 そんなやりとりを交わし終えると、エマは足早にその場を後にし、残されたのはグレッグ一人。彼はエマの華奢な背が石廊の角に消えるまで見送ると、窓の外に広がる黒雲を見上げた。そのとき、ポツリポツリと雨粒が窓を打ち始め、それはあっという間に本降りへと変わっていく。


 彼がその雨音に耳を傾けていると、彼の背後で小さく開閉音が響く。その音と気配に、彼が振り返れば、そっと窺うように見上げるリオンの姿がそこにあった。


「グレッグ、今少しお話できますか?」

「……可能です」

「では、お茶を飲みながらお話しましょう」


 やや間を置いて返ってきた了承に、彼女はホッとした様子で苦笑を浮かべ、グレッグのために扉を押し開けた。


 彼女の招きに応じた彼が、部屋に入って見たのは、すでにセッティングされた二つのティーカップ。彼が目を白黒させる中、リオンが座れば、それに倣うようにグレッグもまた腰かけた。


 そうして、彼女に勧められるまま、グレッグは用意されたお茶に口をつける。ちらりとカップから視線を上げた彼の前には、カップを傾けるリオン。口を開く様子のない彼女に対し、グレッグはカップを置くと、姿勢を正して問いかけた。


「話とは何でしょうか?」


 その問いに、リオンは手にしていたカップをテーブルに置くと、躊躇いがちに口を開いた。


「前に貴方が言っていたことがずっと気になっていたのだけど……。グレッグ、私と前に会ったことがある?」

「……六年前に一度だけあります。月巫女さまが初めて祈り場に立たれた数日後のことです」


 彼女の質問に、グレッグは一瞬瞠目しつつも、それを感じさせない淡々とした口調で返す。それに対し、リオンは記憶を探るように(くう)を見上げるも、首を左右に振ると眉尻を下げて言った。


「ごめんなさい、覚えてないです……」

「お気になさらないでください。帰る場所をなくして神殿にやってくる子供など、そう珍しい話ではありませんから」


 彼の言葉にリオンの眉間に皺が深く刻み込まれる。しかし、笑みを浮かべるグレッグに、彼女は口を開いたものの、言葉を紡がないまま小さく息をつく。そうして顔を上げると、リオンは眉尻を下げ、微苦笑を浮かべて問いかけた。


「グレッグはどうしてそんな正確な日を覚えていたの?」

「貴方の祈りの力が生死を分けたからです」

「え……?」


 思いがけない彼の返答に、瑠璃色の瞳が当惑した様子で瞬く。そんな彼女に、グレッグは静かに語り始めた。


「私の村は野盗に襲われて、私以外全員殺されました。以前話した姉もそのときに……」


 リオンの顔が痛ましげに歪むが、それに構うことなく彼は続ける。


「村が襲われたその日、私は姉に馬小屋に隠され、ずっと息を潜めていました。姉が殺されたときもずっと……」

「グレッグ……」

「ですが翌日、夜明けと共に不思議なことがあったんです。恐怖以外なかったのに、暖かな何かが流れ込んだ途端、私は涙が止まらなくなりました。母屋にまだ野盗たちがいたにも関わらず、です」


 グレッグが語る内容に、彼女は口を結んで真顔で耳を傾ける。無言で続きを促す彼女の目を見て、彼は言った。


「その不思議なことは、野盗にも及びました。好き勝手し放題だった野盗たちが、急に大人しくなって村を出て行ったんです」

「……それが私の祈りによるものだと……?」

「ええ」


 返ってきた肯定に、リオンの瞳が戸惑い揺れる。そんな彼女にグレッグは淡々と言葉を紡いでいく。


「私も神官長さまから話を聞くまではわかりませんでした。ですが、時期が合致したこと、その後の国内の変化を見る限り、月巫女さまのお力によるものだと私は確信しています」

「変化って……。ルイスは外に居たとき何も感じたことがなかったって……」

「あれの影響を強く受ける人間にはある条件がありますから」

「それはどういう……」


 リオンがさらに問いかけようとしたそこへ、窓の割れる音が響き、丸玉が部屋へと投げ込まれる。それを見たグレッグはすかさずテーブルを飛び越え、リオンの頭をぐいっと下げる。


「伏せて!」

「きゃ!」


 半ばソファーに押し付けられるように、頭を押し下げられた彼女の口から、小さな悲鳴が上がる。そんな中、投げ込まれた丸玉から煙が出始める。それに眉を顰めると、グレッグは袖で口元を覆いながら言った。


「月巫女さま、できるだけ煙を吸わないようにして奥へ!」


 そう告げるや否や、グレッグは煙を発するそれの元まで走り、窓の割れ目から外へ向けて投げる。それは狂うことなく、入ってきた場所から外へと出て行った。


 しかし、それと入れ替わるように、天井からグレッグ目がけて刃が振り下ろされる。それを一飛びで難なく躱したあと、部屋の奥へと移動したリオンを背に庇いながら、グレッグは剣を抜いた。


 その間に、天井から追加で音もなく降り立った者が二人、窓を蹴破った者が三人。最初に、グレッグに斬りかかった者を合わせて、計六人の男が侵入者として二人の前に立ちはだかった。


 彼らは一様に紺色の頭巾をかぶり、同じ色の軽装備に身を包んでいる。頭巾には複十字と蛇の模様が刻まれた鉢金。そして彼らの手には紫の刀身の短刀が握られていた。


「そのシンボルに、刀……。ヴォラスの者が何故ここに?」

「そんなのわかりきってるだろう。そこの忌々しい神の愛娘を殺す以外に何がある」


 そう言って、男の一人が両腕に短刀を構えて距離を詰める。それに対し、グレッグもまた前に出れば、二本の刃がぶつかり、甲高い音が室内に響く。ギリギリとつばぜり合いをする中、相手が一歩引いたと見せかけ、ひらりとバク転をする。その際、相手の足に仕込まれた暗器がグレッグの顔に迫る。


 前髪の一部を切り取られながらも、間一髪それをバックステップでグレッグは避けた。それにより、再び両者の間に距離が生まれる。そこへ別の短刀がグレッグの頭を狙い飛来するも、それは危なげなく彼の剣で払われ床に転がる。


 その一連の戦闘に対し、横やりを入れた男が下手な口笛を吹いて言った。


「へぇ、ガキにしてはやるじゃないか」

「何故、お前たちが月巫女の領域でそれだけ動けるんだ?」

「それは、お前たちが動けるのと同様に、オレたちも持ってるからさ。これを、な」


 そう言って彼らが見せたのは、刀を持つ腕についた腕章。生地の色こそ違うものの、それは神殿を巡回する騎士たちの腕章に酷似していた。それを見たグレッグの瞳が大きく見開かれる。


「何故、魔神を崇めるお前たちが、それを……?」

「どうしてだと思う?」


 ニヤニヤと嘲るような笑みを浮かべる男たちの様子に、彼は怪訝そうな顔をしつつも、油断なく剣を構える。そんな彼に先頭に立つ男が愉しげに言った。


「何故この国に入ると戦意を削がれ、思うように戦えないのかずっと不思議だった。戦いに身を置いているのは、お前たちも同じはずなのにな。まさかこんなものを身につけているだけで、忌々しい呪いの効果が弱まるとは思いもしなかったぜ」


 そう言った男の目と口が、醜悪な弧を描く。そして、男の言葉を受けたグレッグの目が、愕然とした様子で見開かれる。


「僕も用済み、か……」

「え……?」


 グレッグの震える声音で紡がれた微かな呟きに、リオンが訝しげな顔で彼の背を見つめる。しかし、彼女の声は耳に入らなかったのか、彼は下がりかけた剣先を上げ直すと、にっこり微笑んで口を開いた。


「これも知ってますか?」


 そう言って、グレッグは素早く手近な相手の懐に踏み込むや、相手の腕を切りつける。しかし、済んでのところでそれは躱され、剣先が裂いたのは腕章のみだった。にも関わらず、躱したはずの男は片膝を着き、頭を抱え込む。最初は呻き声だったそれは、徐々に苦痛を訴える悲鳴へと変わり、男は首を掻きもがき苦しみ、口から泡を吹きながら倒れ込んだ。


 それに狼狽えたのは、グレッグと倒れた男を除く、その場にいる者全員だ。彼らの心中を代表するかのように、リオンは両手を握り合わせて問いかけた。


「な、何をしたの……?」

「なんてことはありません。貴女の祈りによって国に張り巡らされた月神の加護は、悪意を浄化する効果を持っています。特に魔神を崇める彼らにとって、あの守りがなければ、良くて戦意の喪失、最悪即効性の毒ともなるもの。ただそれだけです」

「そ、そんな話、私聞いたことない!」


 グレッグの言葉にギョッとした様子で彼女が声を上げれば、彼は視線を残る男たちから外さずに告げた。


「それはそうでしょう。所詮は民の幸せを祈る副産物でしかありません。そして、悪事を働こうとした人間以外は体験し得ない話ですから」


 そう言いながら、グレッグは襲いかかる凶刃をいなし、時に躱していく。そして、腕の月を狙ったと見せかけ、心臓へとその剣を突き立てようとするも、ギリギリ躱される。そんな中、グレッグ目がけて短刀が二本飛来した。それらも剣の腹で彼は難なくいなしたが、しかし……。


「守りを切られなければいいだけの話だろ」


 そう言って、男が連続で放った計四つの円形の武器――チャクラムは弧を描き、挟み打つようにグレッグへ襲いかかる。二つは剣で払い落としたものの、残り二つが彼の後ろにいるリオンへと迫る。それに気付いたグレッグは、咄嗟に彼女を突き飛ばす。そうして庇った彼の頬と腕を切りつければ、それらは勢いをなくして床へと転がり、絨毯を赤く染めた。


 一方、突き飛ばされたリオンは、尻餅をついた姿勢からグレッグを見上げる。すると、彼の顔からみるみる間に血の気が失せていく。


「グレッグ!」

「大丈夫です、掠っただけ……ぐっ!」


 返事をしたグレッグの小柄な体は、彼の言葉に反し、ぐらりと揺れ傾く。床に突き立てた剣でギリギリ体を支えたものの、片手で口元に手を当てた彼の顔色はすでに真っ青で、脂汗が滲んでいる。異変を来した彼に、リオンは慌てて駆け寄り支えた。


 そんな二人に対し、グレッグに攻撃をした男は、手首から外したチャクラムを指に絡め回しながら、嘲笑い言った。


「オレたちの毒もな、ほんの少し掠るだけで十分効果はあるんだぜ、ガキィ」

「くっ……」

「グレッグ、しっかりして……!」


 肩で息を繰り返し、返事もままならず地に倒れ込む彼を前に、リオンの脳裏をある声が木霊す。


――いざという時は迷わず鍵を使って逃げるんだ。最悪、オレたちを置いてでも、だ。


 その言葉は、復帰して早々にルイスが彼女に向けて言った言葉。警鐘を促すそれに対し、彼女は服越しに胸元にある鍵を握りしめて呟いた。


「そんなの、無理だよ」


 そう言うや否や、彼女はグレッグの上半身を後ろから掴み、少しでも脅威から離れようと、全体重をかけて彼を引きずる。だが、敵がそれを悠長に待つはずもなかった。


「さぁ、次はお前だ」

「あ……」


 轟く雷鳴に、ギラリと怪しく光る短刀とチャクラム。殺意を向けられたリオンの体が強張る。怯え涙ぐみながらも、彼女はグレッグを掴んだ手を離さずに、もたつく足を動かす。そうして、彼女は必死に距離を取ろうとした。


 だがそれも虚しく、彼女の背中が部屋の壁にぶつかる。下がるに下がれない中、卑下た笑みを浮かべながら男たちが、ゆったりとした足取りで二人へと近付く。


 声をあげようとするものの、体を震わせるリオンの口から出るのは、上手く言葉にならない声。焦りと恐怖で、彼女の頭の中を様々な思考が乱雑に飛び交う。そんな中、再び彼女の脳裏を彼の声が過る。


――必ず守る。


 それは祝祭のときに、ルイスが彼女に告げた言葉。記憶の中のその言葉と声に、リオンは腕の中のグレッグを抱きしめ、絞り出すように呟いた。


「ルイス、助けて……」


 届かないと知りながらもなお、紡がれたその言葉は、祈りにも似た響きを伴い、こぼれ落ちていったのだった……。


挿絵(By みてみん)

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