ヤンデレ少女、己が定めた一線を越える
容易ならぬことを聞いたせいで思わず窓を開け、誠司さんに術をかけてしまったけど――。
よく考えたら……いえ、考えるまでもなく、こうなると誠司さんのアパートに向かい、処置をしなければいけない。
さもないと、誠司さんは呆然自失のまま、朝まで意識を失ったままのはずだ。
だから急いで訪問し、最低でも昼間侵入した女のことは忘れてもらい、その後で仕入れたであろう、余計な情報も聞き出して、忘れてもらわないと。
わたしだって別に詳しく知るわけじゃないけど、誠司さんはこんなことに関わるべきじゃないというのは、間違いないもの。
慌てて玄関へ向かうわたしを、妹の美樹が探るように見たけど、今は構っていられない。
とにかく、誠司さんのアパートへ急がないと。
わたしのために見張りなんて……嬉しいけど、身体を壊しちゃうもの。
……そういえば、セアラを(ちょっとした工夫を用いて)誠司さんに引き渡す以前、わたしは妹とセアラの「幻影少女の特別仕様」について話し合ったことがある。
要は、流通した商品じゃなく、わたしが関わる唯一の幻影少女として、特別な仕様を備える時のことだ。
「カメラはつけないの?」
などと妹が冗談で提案した時、わたしはしばらく答えられなかった。
カメラがついてると、誠司さんの動向がいつもわかって、わたしはとても嬉しい。逆らいがたい誘惑で、訊かれるまでもなく、開発の話が出た時から考えていた。
「カメラつけたい……ものすごくつけたいわ……カメラあると、誠司さんのことをいつも見ていられているもの」
わたしがぶつぶつ呟いていると、自分で訊いたくせに、妹は宇宙怪獣でも見るような目つきで様子を窺っていた。
「……なに?」
「いえっ。つ、付けたいなら付ければいいじゃない? と思って」
「美樹はなにも考えずにそういうこと言うけど」
八つ当たり気味に睨んだのを覚えている。
「もしセアラのことが誠司さんに知れて、カメラまで装備されてたとバレてしまったら、その後、どうするの? 嫌われてしまうでしょっ」
「えぇえええええっ」
妹はその時、奇声を上げた。
「それを言うなら、そもそも『セアラ特別仕様タイプ』の存在も、ドン引きされる要因じゃないのー? これ、ヤバいっしょ? 話し合うまでもなく、ヤバいっしょー!」
「……そこは、わたしの涙ながらの線引きがあるのよ。美樹にはわからないわ」
もちろんわたしは、その気になれば、もっと嬉しいことだってできる。
セアラの存在なんかなくても、本気になればいつも誠司さんを見守り、そして部屋の中で呟く言葉を全て聞くことだってできる……わたし本来の力を使えば、容易いこと。
でも、もし未来において、万一わたしの正体が誠司さんに知れてしまい、そんなことをしていたこともバレたとしたら――
「誠司さんに嫌われてしまう……そうなったら、もう生きていけないわ」
「はあっ!?」
妹はなぜか腹を立てたように喚いたわね。
「じゃあ、今の特別仕様セアラはいいのか、今のセアラはさあっ」
「だから、そこがギリギリの線引きなのおっ」
妹に勝る大声で、わたしはその時言い返した。
「予定に入れてるセアラの機能くらいなら……多分、誠司さんは許してくれるわ……最悪、セアラの機能がバレたとしても。わたしが心から謝罪すれば、誠司さんなら許してくれる。そういう人だもの」
「えーーーーっ! なにその、無理がある独自解釈っ」
妹は疑わしそうに叫んだわね。
「あたしがそいつなら、わかった瞬間にセアラをぶっ壊して、おねいちゃんを罵倒し倒すと思うけど?」
「そいつって呼ばないのっ」
あの時、最初にまず叱ったのを覚えている。
「あの人は美樹と違うもの……優しい誠司さんなら許してくれる――はず」
冷たく言い返して、その時の話は終わった。
妹は全然納得してなかったけれど。
……とにかくセアラを誠司さんの元に置いてもらったのは、私的にはギリギリの妥協点だったのだ。ここまでは許してもらえる……という勝手な推測だけど。
「でも、今回は――」
アパートの誠司さんの部屋の前で、わたしは悩んだ。
けれども、ここまで来たら引き返すわけにもいかない……なにがなんでも誠司さんには、いつもの平穏な暮らしに戻ってもらわないと。
もしも本当にわたしか誠司さんに危険が迫っているなら、このわたしが対処すればいいだけのこと。
「他に方法がないとわかれば、誠司さんを悩ませる相手を、全て殺し尽くしてやるわっ」
だいたい、わたしが人を殺さないで我慢しているのは、自分の意思ではない。
殺したらきっと、いつかバレた時に誠司さんが許してくれなくなる……人殺しを避ける理由は、本当にそれだけだ。
その意味では、あの人はわたしの唯一の良心なのかもしれない。
誠司さんがいなくなれば……もうわたしを止めることは誰にもできなくなる。モンスター本来の論理で動いてしまうだろう。
「でも、誠司さんの命に関わる危険なら、話は別よ」
覚悟を秘めた囁きの後、わたしは自らの能力で解錠しようとしたけれど、その前に試したら、鍵はかかっていなかった。
「……もっと自分のことを心配してほしいのに」
わたしはため息と共に、そっとドアを開けた。
ああ、本当に入っていいんだろうか?
誠司さんは許してくれるかしら……たとえ、事情があるとしても。
わたしに迫ってるらしい脅威より、そっちの方がよほど心配。
なにが来ようとどうせわたしを倒すことなんかできないけれど、一線を越えたら、わたしは自分を抑える自信がないわ。
……でも、その時にはもう、わたしはそっと部屋に上がり込んでいた。




