表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/44

ヤンデレ少女、己が定めた一線を越える


 容易ならぬことを聞いたせいで思わず窓を開け、誠司さんに術をかけてしまったけど――。


 よく考えたら……いえ、考えるまでもなく、こうなると誠司さんのアパートに向かい、処置をしなければいけない。

 さもないと、誠司さんは呆然自失のまま、朝まで意識を失ったままのはずだ。


 だから急いで訪問し、最低でも昼間侵入した女のことは忘れてもらい、その後で仕入れたであろう、余計な情報も聞き出して、忘れてもらわないと。


 わたしだって別に詳しく知るわけじゃないけど、誠司さんはこんなことに関わるべきじゃないというのは、間違いないもの。


 慌てて玄関へ向かうわたしを、妹の美樹が探るように見たけど、今は構っていられない。


 とにかく、誠司さんのアパートへ急がないと。

 わたしのために見張りなんて……嬉しいけど、身体を壊しちゃうもの。




 

 ……そういえば、セアラを(ちょっとした工夫を用いて)誠司さんに引き渡す以前、わたしは妹とセアラの「幻影少女の特別仕様」について話し合ったことがある。

 要は、流通した商品じゃなく、わたしが関わる唯一の幻影少女として、特別な仕様を備える時のことだ。


「カメラはつけないの?」


 などと妹が冗談で提案した時、わたしはしばらく答えられなかった。

 カメラがついてると、誠司さんの動向がいつもわかって、わたしはとても嬉しい。逆らいがたい誘惑で、訊かれるまでもなく、開発の話が出た時から考えていた。


「カメラつけたい……ものすごくつけたいわ……カメラあると、誠司さんのことをいつも見ていられているもの」


 わたしがぶつぶつ呟いていると、自分で訊いたくせに、妹は宇宙怪獣でも見るような目つきで様子を窺っていた。


「……なに?」

「いえっ。つ、付けたいなら付ければいいじゃない? と思って」

「美樹はなにも考えずにそういうこと言うけど」


 八つ当たり気味に睨んだのを覚えている。


「もしセアラのことが誠司さんに知れて、カメラまで装備されてたとバレてしまったら、その後、どうするの? 嫌われてしまうでしょっ」

「えぇえええええっ」


 妹はその時、奇声を上げた。


「それを言うなら、そもそも『セアラ特別仕様タイプ』の存在も、ドン引きされる要因じゃないのー? これ、ヤバいっしょ? 話し合うまでもなく、ヤバいっしょー!」

「……そこは、わたしの涙ながらの線引きがあるのよ。美樹にはわからないわ」


 もちろんわたしは、その気になれば、もっと嬉しいことだってできる。

 セアラの存在なんかなくても、本気になればいつも誠司さんを見守り、そして部屋の中で呟く言葉を全て聞くことだってできる……わたし本来の力を使えば、容易いこと。


 でも、もし未来において、万一わたしの正体が誠司さんに知れてしまい、そんなことをしていたこともバレたとしたら――



「誠司さんに嫌われてしまう……そうなったら、もう生きていけないわ」



「はあっ!?」


 妹はなぜか腹を立てたように喚いたわね。


「じゃあ、今の特別仕様セアラはいいのか、今のセアラはさあっ」

「だから、そこがギリギリの線引きなのおっ」


 妹に勝る大声で、わたしはその時言い返した。


「予定に入れてるセアラの機能くらいなら……多分、誠司さんは許してくれるわ……最悪、セアラの機能がバレたとしても。わたしが心から謝罪すれば、誠司さんなら許してくれる。そういう人だもの」

「えーーーーっ! なにその、無理がある独自解釈っ」


 妹は疑わしそうに叫んだわね。


「あたしがそいつなら、わかった瞬間にセアラをぶっ壊して、おねいちゃんを罵倒し倒すと思うけど?」

「そいつって呼ばないのっ」


 あの時、最初にまず叱ったのを覚えている。


「あの人は美樹と違うもの……優しい誠司さんなら許してくれる――はず」


 冷たく言い返して、その時の話は終わった。

 妹は全然納得してなかったけれど。


 ……とにかくセアラを誠司さんの元に置いてもらったのは、私的にはギリギリの妥協点だったのだ。ここまでは許してもらえる……という勝手な推測だけど。





「でも、今回は――」


 アパートの誠司さんの部屋の前で、わたしは悩んだ。

 けれども、ここまで来たら引き返すわけにもいかない……なにがなんでも誠司さんには、いつもの平穏な暮らしに戻ってもらわないと。


 もしも本当にわたしか誠司さんに危険が迫っているなら、このわたしが対処すればいいだけのこと。



「他に方法がないとわかれば、誠司さんを悩ませる相手を、全て殺し尽くしてやるわっ」



 だいたい、わたしが人を殺さないで我慢しているのは、自分の意思ではない。

 殺したらきっと、いつかバレた時に誠司さんが許してくれなくなる……人殺しを避ける理由は、本当にそれだけだ。


 その意味では、あの人はわたしの唯一の良心なのかもしれない。


 誠司さんがいなくなれば……もうわたしを止めることは誰にもできなくなる。モンスター本来の論理で動いてしまうだろう。


「でも、誠司さんの命に関わる危険なら、話は別よ」


 覚悟を秘めた囁きの後、わたしは自らの能力で解錠しようとしたけれど、その前に試したら、鍵はかかっていなかった。


「……もっと自分のことを心配してほしいのに」


 わたしはため息と共に、そっとドアを開けた。

 ああ、本当に入っていいんだろうか?


 誠司さんは許してくれるかしら……たとえ、事情があるとしても。

 わたしに迫ってるらしい脅威より、そっちの方がよほど心配。


 なにが来ようとどうせわたしを倒すことなんかできないけれど、一線を越えたら、わたしは自分を抑える自信がないわ。


 ……でも、その時にはもう、わたしはそっと部屋に上がり込んでいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ