ヤンデレを逆に監視
「ただいま~」
寿命が縮む思いをして帰宅すると、ついてない日はトコトン駄目なようで、いつもなら陽気な挨拶で迎えてくれるセアラの声がしない。
リビングのテーブルには、留守番のセアラの容器が載っていたが、本人はなぜか固まっていた。
「ど、どうした……て、メンテナンスか」
そういや、システムチェックやアップデートの時、たまにこういうこともある。
今も、容器の中で立体的な文字が「メンテナンス中」と表示されていた。
そこで俺は、この間に家中を探して、昔親父が買ってきた双眼鏡を探し出した。
これで間に合うかなと思って試しに窓から外を見る。
意識して見ると、夕霧が住むマンションは本当に近かった。しかも、多分あの子の部屋は、黒いカーテンを閉めたメゾネットの二階部分だと思うが――もし本当にそこだとすると、うちの部屋こそ、観察するのにもってこいの気が。
「……まあ、これは思わぬ幸運だったかな、うん」
密かに呟くと、俺は長期戦に備えて窓の近くに腰を据えた。
セアラのメンテナンスとやらが終了したのは、俺が双眼鏡で監視しつつ、夕食を終えたところだった。
食器を洗って元の窓を前に座り込むと、ふいに固まっていたセアラが声を張り上げた。
「お待たせしましたっ。幻影少女セアラ、元気に復帰です!」
「お、おお」
暗い自分に比べて、あまりに明るいセアラに、俺は苦笑する。
「ご苦労さん。なにか新しい機能でもついたか? 元気もりもりだけど」
「それはもうっ」
デフォルトのブレザー制服で、セアラが胸を張る。
そのままバレリーナみたいになめらかに一回転すると、なんと光が弾けてモロにカラフルなアイドル衣装になった。
しかも、スカート短かっ。
それはおまえ……いくらパンスト穿いてても、まずくないか?
「アイドルダンスを習得したのですよ、セアラっ。見たいですか、見たいですかっ」
ほぼ夕霧の声そのままで、しかも彼女があまり出さない陽気な声で言ってくれた。
なにか、断ると申し訳ない気分になるが……でもまあ、今はある意味でミッション中だからな。
「ごめん。落ち着いたら見せてもらう。今はちょっと取り込んでてな」
「……え」
セアラの声がふいにトーンダウンした。
がっかりしたような感情がこもってて、いつもながらびびる。
あと、そうなるといよいよ夕霧の声そっくりだ。
「それは残念です……なにかありましたか?」
「いや、ちょっとややこしい事情で――」
言いかけ、閃いた。
セアラほど有能なら、可能かもしれない。
上手い具合に、別れる前に涼子から電話番号聞いてるし。
「おまえさ、俺のスマホにライン入れるくらいだから尋ねるけど、他へ連絡することも可能だったりする?」
「できますが……どういうことでしょう?」
「いや、俺の応答が消えたら、今から言う番号に電話してほしいだけなんだけど。『あの場所から始めろって俺が言ってた』的なメッセージで」
「えーーっ、ちっともわかりません。事情を説明してくださいよ~。セアラがなにかもっとお役に立てるかもですっ」
なんだか妙に切迫した声音で、俺は思わず迷った。
でも、そもそもあの中坊から聞いた倉庫の話は、何が相手であれ、話さないと約束してる。だから、事情をごっそり飛ばして、要点だけ教えてやった。
「俺の後ろの席の夕霧碧って子、おまえにも話したよな?」
「……お、覚えていますとも」
「なに、声が引きつってんだ、おまえ」
セアラの感情表現の豊かさに、今更ながらびびる。
「理由は置いて、実はあの子に危険が迫っているかもしれない。誰かヤバい奴が忍び込もうとしてないか、マンションを見張っているくらいでね。けど、相手の意図がわからないから、俺の身だってこうなるとヤバいかもしれないんだ。そういうわけで、俺の応答が無くなって居場所もわからなくなった場合、今から言う番号に連絡してくれ。鹿島って人に夕霧のことを頼むんだ」
「冗談じゃないですよっ」
ふいにセアラの声が激しくなり、俺は慌てて、そっちを見ようとした――が。
その直後、双眼鏡で見張ってた、あのマンションの最上階メゾネットの二階で、窓が大きく開く。
すぐに、見覚えのある女の子が顔を出した。
もちろん、俺が「あそこが彼女の部屋だろう」と睨んだ通り、おそらく夕霧だろう。
こんな距離でこっちが見えるはずもないのに、なぜか夕霧はまっすぐにこの部屋を見ているような気がした。
しかも、双眼鏡抱えた、間抜けな俺をまっすぐに。




