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ネオが最後の仕事と決めた事。

 エルはここ最近のネオの様子を気にかけていた。


 まるでレシフェから、己の前からネオが消えてしまうのではないかという不安だ。

 彼は「AWACSと新型戦闘機、そしてFX-0の現段階での最終強化プランの提案がレシフェでの最後の仕事」と主張し、黙々と作業をしていたが、その様子はまるで、死を察した終末医療を行っている病人のようであった。


 ネオ自体は死の覚悟をもって挑んでいるわけではなく、ジョナスとの決着を見据えて一所懸命に日々を過ごしているだけであったが、周囲は生き急いでいるという感想を漏らすことが多くなるほど、その姿は何かに取り憑かれたような雰囲気を醸し出していたのである。


 AWACSについてのネオのプランは非常に明確であった。

 高バイパス比ターボファンジェットエンジンか、フォルクローレ用に設計した二重反転式ターボプロップエンジンのどちらかを利用し、機体は亜音速領域までの速度としながら、長大な航続距離を保って通信と索敵を行うものである。


 ネオはこのため、2つのプランを用意した。

 どちらもデメリットとメリットが存在しており、それを王国空軍に選定してもらうことにしたのだ。


 それまでレシフェに存在した大型指揮官機とほぼ運用は同じであったが、乗員は大幅に削減され必要最低限となるように調整されている。


 機体の大きさは大型機と比較すると大幅に小型化するが、2020年代の中型旅客機と酷似したフォルムであった。


 ただ、ネオは特にこの機体に搭載する後退翼の形状に拘り、まるでそれはユーラシア地域の刃物のように研ぎ澄まされた形状で、胴体開発班はこの設計に舌を巻いた。


 何が彼らを驚かせたのかというと、一見するとこの機体にはストレーキが存在せず、このナイフような形状は明らかに不利に働くように思えたからである。


 だがなんと、この刃先のように後方に伸びる鋭い形状は、最高速度が超音速に達しない亜音速機において全速度領域でストレーキがある航空機と同様の、非常に安定性の高い空力特性を示したのだ。


 どういうことかというと、この翼は複合素材を用いているが、まるで弓のようにしなるのである。

 弓のごとく空中でたわみ、またはしなる翼は大気の壁に負けることなく大気を滑るようにして安定して飛行が可能であるのだ。


 そしてこのしなるというのが重要であった。

 

 しなった時に変化した翼端の形状は、ストレーキと同様の効果を発揮させるのだ。

 つまり、この翼は複合素材などの特性を完全に理解しているものでなければ作れない。


 速度、そして大気の状態に合わせ、外から見るとまるで羽ばたくような動きを見せる翼は一見すると搭乗する者にとっては怖いが力学的に見てみるとショックを完全に吸収している。


 かねてよりネオは金属の特性に極めて理解があり、それぞれの金属に合わせた最適な胴体や翼を設計できたが、その集大成と言える。


 ネオが、決してデルタ翼だけに拘る男ではないということは、ギークの頃より認知していた胴体開発班も、彼らからしてみれば先進的な後退翼は、すぐさまモックアップを作って試験をするぐらい魅力的で知的好奇心をかきたてるだけのものがあった。



 プランAとして提示したのは2つの高バイパス比ターボファンジェットエンジンを搭載し、高い航続距離を保たせた上でそこそこの機動性も保つものである。


 機体の胴体と比較して遜色ない大きさのやや大型の高バイパス比ターボファンエンジンは凄まじい燃費の良さの割りに高出力で、機体の胴体にそれぞれ光学センサーなどを搭載し、高い索敵能力と通信能力を保持していた。



 プランBは4発の二重反転式ターボプロップエンジンを搭載する。

 高バイパス比ターボファンエンジンと比較した場合、こちらの方が導入コスト的にはやや有利であった。


 また、航続距離に関してはどちらも同じである。


 低速度領域の運動性などにおいてはほぼ同じであるが、4発エンジンのうち3発が停止しても1発が稼動していれば飛行を継続できる冗長性が保たれていた。


 デメリットはエンジンの整備性であり、エンジンが多い分整備班の負担は増加することが予想されること、そしてネオが生み出した翼の能力を最大限に発揮できないため反応性と加速性は上がるが、運動性などはターボファンエンジンの方が勝るということである。


 どちらも一長一短の部分があり、さらに胴体構造はエンジンに合わせて大幅に変わるため2つのプランの平行開発は困難であった。


 翼の能力の高さによって、本来は低速度領域で優位なはずのプランBとプランAは双方共に同じ性能を示した。


 このプランにグラント将軍を含めた王国空軍の幹部らは困り果てたものの、最終的にプランAとすることとした。


 決め手はエンジンの静穏性であり、ネオが試験モデルとして1機こさえた高バイパス比ターボファンエンジンは圧倒的に静かで、偵察行動時に有利に働くと考えられたからだ。


 ネオはすぐさまAWACSの詳細な設計図を作ったが、後の作業は他の開発班に指示を出して監督補佐の立場をとった。


 FX-0の頃からほぼ同様の立場をとるが、ネオは全てを一人で決めて活動するよりも現場の技術者を開花させ、その才能を生かしてチームワークで一気に作り上げることに長けていたが、その方がエスパーニャ再出兵に間に合うと思われたのだ。


 すでにレシフェの航空機開発能力はアースフィアでも突出したものとなっており、国力ではほぼ同等のはずのコルドバは全く追随できない状態にあった。


 トーラス2世はこの様子に、元々古代における航空機の開発で顕著な活躍をした者の中に、レシフェの地域の出身者が非常に多かったことを例に挙げ、レシフェの方が航空機開発能力に関してのポテンシャルは高いものがあったのではないかと推察していた。


 古代においても空母や艦載機を持ち、それなりの戦闘機を保持していたとされる伝承が残っており、かつては北リコンに多数の航空技術者を輩出していったという話もトーラス2世は知っていたのである。


 AWACSの件が早期に片付いたネオは、王国海軍より求められている新型機の開発にすぐさま着手した。


 AWACSの監督補佐を続ける傍ら、設計室に篭ってはコストを下げるための方法を考えていた。


 ネオがここで一番拘ったのは機体重量である。

 かねてよりコストパフォーマンスに特に優れた機体というのは軽量であった。

 この理由は増大係数という存在が背後に存在している。


 増大係数というのは、1つの装置を航空機に搭載した際に加速度的に全体重量が増加する法則を示したものである。


 燃料を増加させようとしただけでも機体の胴体形状を延長しなければならないし降着装置の強化が必要になるかもしれない


 こういった形で航空機というのは何か追加するだけで全体重量が大きく上がってしまうジレンマを抱えているのだ。


重量は機体の大型化につながり、部品点数増加につながり、最終的にコスト増加に繋がってしまう。


 増大係数というのはエンジン性能と胴体を構成する構成部材、各種機器の小型化などによって大幅に抑制できるようになってきていたが、どうしても避けては通れないものである。


 例えば戦闘機ならば10G~11Gの機動を示すのだが、大体が20G程度までを見積もって胴体を構成するのが一般的だ。


 ここで20kgの装置を追加したいと思った時、設計時の安全係数の見積もりでは、実際は400kgのものを追加するのと同じことになってしまう。


 これを燃料に置き換えると、燃料20Lを追加するだけで実際は爆弾1発分を増加させるのと同じ考え方で胴体を設計変更しなければならない。


 これによる胴体強化などによって増加する重量は凄まじいものになる。


 この解決方法で最も有効なのはエド・ハイネマンらが示したように「機体を小型化し、全て機外に配置してしまう」というものだ。


 機体内に何でも収めようとするから機体重量が無駄に増加するが、これならば負荷は翼にばかりかかるので翼を頑丈にするだけで胴体を大幅に強化する必要性が無いというものである。


 欧州ではこの考え方が強く、ユーロファイターなどがさほど大きくないのもこの考えに寄るところが大きい。


 さらに機体自体を小型化すれば機動性や運動性などにおいて圧倒的に優位となり、エド・ハイネマンなどの軽量機のスペシャリスト達が亡き後も、M-346など軽戦闘機とされる存在は、名前こそ軽戦闘機だが積載重量的には制空戦闘機と差異が殆どないというようなものも多々存在する。


 こういった増大係数への配慮についてはネオも特に影響を受けていた。

 FX-0が全ての武装をアサルトパックによって外付けするのも、機関砲すら外部に搭載することで機体の大幅な構造の単純化と低コスト化、そして積載能力の上昇など様々な部分で優秀な性能を示している。


 これこそがFX-0が1機につき約40億程度で作れながらも、F-15と比較すると運用コストなどは圧倒的に低く、南リコンでも数百機単位で運用可能な理由となっていた。


 空力的に不利になる部分は増槽などを兼ねた大きなカバーであるアサルトパックで解決してしまうものであるが、この考え方も軽量機体のスペシャリスト達が残した設計思想に大きく影響を受けていたのである。


 ネオはとりあえず、新型戦闘機は燃料満載の状態での乾燥重量を5t程度と見積もった。

 この状態で積載時の最大離陸重量を倍の10tとし、小型ターボファンエンジンを2機搭載してアフターバーナーも装着し、M2.0クラスの加速を可能とさせることとした。


 ベクタードノズルは機体が小型軽量で高い運動性を保つためコスト削減も理由に排除する予定だが、別途ベクタードノズル搭載型の設計図もコルドバなどが欲しがることを考慮して作ってはいた。


 この時点でA-4とスペックが非常に酷似しているが、今日における軽戦闘機は殆どA-4を模倣したかのようなものばかりで、炭素複合素材などを用いたとしても大体こんなスペックに落ち着く。

 ひとえに、軽戦闘機というのはA-4の時点で完成してしまっていたのである。


 ただ、A-4と異なり翼は高翼配置であり、シンプルなクリップドデルタ翼を搭載、そしてなんと垂直尾翼と主翼を同じ構造にするという恐ろしいことをネオは計画しだした。


 それだけではなく、水平尾翼も主翼のパーツを流用するということを考える。

 胴体構造をブレンデッドウィングボディに近いものととすることで主翼自体を小型化する代わりに、垂直尾翼を同一の翼とし、水平尾翼は主翼のパーツを一部使って大幅にコストダウンを図り、胴体構造もFX-0のパーツを可能な限り流用し、これでもって通信機器など全てを備えてもFX-0の半分以下にギリギリ収まるコストと見積もった。


 機体の翼がほぼ同じパーツで作られ、さらに機首以外左右対称の構造で可能な限り部品点数を減らすことで整備性を向上させた。


 FX-0自体が強靭なフレームに合わせてくみ上げられており、部品点数だけでいえば圧倒的に少なく、整備性や運用コストにおいては同じく左右対称構造の影響で、この新型機とさほど変わらない存在であったが、そこからさらに削減された状態となっている。


 ネオの目標は「自動車整備工場みたいな場所でも整備出来て、自動車整備工場から近くの道路を滑走路にして飛行する」というむちゃくちゃなものであったが、様々な航空機の知識を持つネオにとって不可能なものではなかった。


 エンジンは当初こそMX-0を流用する予定であったが、MX-0は中型機以上向けの高出力エンジン故に軽戦闘機たるこの新型機だと大型すぎて、単発運用ならいいが冗長性を考えてどうしても双発に拘ったネオは、ここはコストダウンと製造工程を簡略化できる新型エンジンをこさえようと計画した。


 これもタービンブレードやタービン軸などはMX-0を流用し、タービン数などの調整などを行い、可能な限り製造難易度の低い金属で構成した。


 設計室に引きこもるネオを暇な時間は見守っていたエルは、ネオが描いた簡単なイラストから「可愛い!」と機体を評価していたが、全長は11.50mと非常に短く一方で全幅は10m近くあり、全幅と全長が殆ど代わらない機体となっていた。


 航続距離は増槽2本を入れても3500km程度と短いものではあったが、空中給油能力を搭載することでこれを完全にカバー可能。


 積載能力はFX-0の8割と、パフォーマンスとしては十分であった。

 積載能力の高さについてエルは首をかしげてネオに質問したが、ネオはそれに対してこう回答している。


「いやな、積載能力が減るのは機体が大型化するからなんだよ。大型化するだけで機体にかかる負荷、抵抗は増加する。ようは大型になるのは機体そのものの剛性確保の意味合いが強く、軽量化しても積載能力が大幅に減るということはないんだ。軽く小さい機体は、機体自体にかかる負荷が非常に少ない。それは高速領域になって高いGがかかればかかるほど顕著に違いが出る。10kg違うだけで200kgの違いが生まれる戦闘機においては、重量が1t減ったら20t減らすのと同じことなんだ」


 エルはそれならFX-0をもっと小型化すれば良かったのにと訴えたが、構造的にFX-0はM2.5以上を発揮した上で恐るべき運動性と機動性を持つよう作っているため、アレが最適値なのだと主張した。


 新型戦闘機はM2.0とFX-0よりはやや割り切った性能としているが、ネオにとって理想なのはFX-0であって、新型戦闘機は実用面で最低限必要な能力を持ちつつも性能自体はやや控えめであった。


 このやや控えめというのも諸外国からしてみれば圧倒的に高性能ではあったのだが。


「あれ? でもこれ、こんな航続距離だと運用に空中給油機が必要不可欠じゃあないですか。 ネオさん! この機体欲しがっていたのって海軍でしょっ。 海軍に空中給油機が必要になるじゃないですか」


「あっ……」


 完璧な設計プランとばかりに自信満々であったネオは思わぬ所でミスを犯したが、ここはリヒター大将の知恵を借りるしかないと目を瞑ることとした――

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