第二次制空戦闘4
WEPを稼動させたネオは、先ほど一気に喪失したエネルギーを少しでも回復させようと努めた。
元々追いつけるわけがないが、先ほどのエネルギーを喪失した状態での飛行を継続した場合、2度目の急制動は行えずに失速して、そこを狙われるのは明白である。
そもそも、このE-M理論についてネオにその存在を教えたのはジョナスであった。
互いに戦闘機パイロットになることを志していた頃、彼は現代の制空戦闘について独学で学び、これらの知識を得て軽動力機で実践していたのである。
つまり、彼もまたE-M理論をフル活用した戦闘を行ってくるのは言うまでも無く、それに対してネオが出来るのはE-M理論における基本であるエネルギーを蓄えて備えることしか出来ない。
ネオが今気になることがもう1つある。
ジョナスは航空技術者ではないが、E-M理論などを理解している人間。
彼の助言がどこまでNRCに影響しているのかわからないが、少なくとも先ほどのジョナスとは別の戦闘機と交戦した際、その機体は明らかにネオが理解する戦闘機と同じぐらい計算された無駄のない機動性と運動性を示していたこことから、彼が開発に口出しした可能性が高いのは間違いない。
もし本当にそうだったとした場合、現状のNRCは1960年代ぐらいの戦闘機開発技術があると言える。
ビゲン自体は出た当初のE-M理論をスウェーデンなりに理解して作られた存在で、いわばE-M理論最適化戦闘機第一世代というべき存在である。
登場当初世界を驚かせたこの戦闘機は、その後の欧州の戦闘機開発に大きな影響を与え、その基本構造や技術思想は欧州の戦闘機のスタンダード的なものを確立するにまで至った。
軽快な運動性と機動性、小型で無理の無い設計に小型ハイパワーのジェットエンジン、STOL、航続距離以外の点でビゲンは大変優れていた存在である。
ネオは恐らく、ジョナスはミラージュⅢかクフィルを参考にしつつ、NRCが好んで用いるタンデム翼をこれらに導入した結果、結果的にネオやジョナスの元となった人間が生まれた地域の戦闘機とは異なるビゲンのような外観になったのだと結論を出した。
そうこうネオが頭を回転させているうちに、ジョナスはネオの背後をとった。
ジョナスは射撃を試みつつ、一撃離脱を繰り出す。
しかし、スライド飛行で機動の軸線をズラしたネオには命中しない。
「やっぱあっちにゃHUDどころか光学照準機すら搭載されていないかッ。助かった!」
ネオは元来なら高い射撃能力を誇るジョナスが攻撃を外したことで、新型戦闘機にはNRCがよく用いる一般的なオープンサイトの可能性が高いと判断した。
先ほどの誤射の時点である程度予測できていたが、FX-0以上にチグハグな状態である。
一方、ルクレールは試作型の光学センサーが新たに搭載されている。
敵の新型機を偵察するための目的で導入されたが、射撃補正機能も併用可能なもので射撃精度は上がっている。
ネオは勝算が0ではないと判断し、離脱よりも交戦することを選択した。
ジョナスは一旦ネオから離れると、機動性と速度を利用した再びネオの後ろにつく。
しかも、今度はエンジン出力を調整してローヨーヨーによって仕掛けてきた。
ネオは背後を追われる形となった。
こういった場合にとる選択肢としてはオーバーシュートさせるか、サイドループからの捻りこみなどによって相手の背後を空中機動によってとるかである。
ジョナスは再び波動連弾による射撃を試みるも、間一髪ネオはバレルロールによって回避する。
さらに、機種をやや上げて速度を落としつつ、そのまま「バーティカルローリングシザース」というネオの得意技を用いてオーバーシュートを狙った。
しかし――
「くそっ!」
ネオの行動は先に読まれ、ジョナスはそれに対応した形でシザースを行うこと無く最低限のエネルギー損耗だけでネオの背後をとり続ける。
「背後に取り付いた方が優位に立てるとあれほど言っただろうに……」
背後追いかけるジョナスはネオに聞こえるわけがないにも関わらず、ネオに語りかけるようにしてコックピットで呟く。
その顔はネオに対し、やや落胆したかの表情である。
状況的に大幅に不利となったネオは、すぐさまエネルギーの補填のため、一旦高度を下げつつストールを回避した。
ロールやスライド機動などはジョナスに対して完全に効果がなく、機体性能差の相まって完全に振り切れない。
それでもネオはなんとしてでも一撃を入れようと躍起になっていた。
いつもの彼ならば間違いなく離脱の選択をして敵を上手く撒いたのかもしれないが、今の彼には離脱という言葉自体がすでに離脱していた。
機体をダイブさせつつもロールさせるスパイラルダイブを行いつつも、ネオは速度計を見ている。
ある速度にきた際にあの技を使ってジョナスを振り解こうとした。
「今だッ ぐおっ カハッ クッ うっ……」
激しいGがネオを襲った。
ネオはボブスレーがカーブを走行するかのごとく捻り込み機動をしつつ、一旦真下に効果し、そこから垂直ループをかけるがごとくハーフループで一旦上昇、そこからさらに2度目の捻り込みという二段式の捻り込みを行う。
1回目の捻り込みでその未来位置を予測して動いていたジョナスは、この三段空中機動によって追随することが出来ない。
ネオは勝ったとばかりに確信し、急制動でスライスターンをかけてジョナスに一撃を加えようとした。
その時である。
バガッ カラカラカラカカラ
ルクレールのエンジンはGに耐え切れず停止してしまった。
「なっ!?」
自身が作った戦闘機で、設計から何から何まで監修して知り尽くしていたと思っていたルクレールは、ネオの連続機動に悲鳴をあげた。
WEPのリミッターを外したことが原因なのかもしれないことをネオは頭によぎらせるも、テスト飛行時にはWEPのリミッターを外してもこの程度の短時間の間ならルクレールやルークは十分動いてくれていた。
単純に、連続した高Gに燃料ポンプなどが破損してエンジンが停止してしまったのだが、ネオはそれに気づいていない。
「動け! 動けってば! こんな所で……うっ!」
気づくとジョナスが左側面より迫っていた。
それを見たネオは急いで機体を90度バンク右にさせようとする。
風防が砕け、中に閃光が飛んできた。
敵の射撃が風防を貫通したのだ。
ネオは目の前が真っ白になりそうな感覚に襲われつつも、ジョナスには最も操縦席の防御力が高まる翼面下を晒す形にして、座席の真下からズガガガガと何かが当たる音が聞こえた所で意識が途切れた。
「今日は挨拶のつもりだったから、追撃はしないでおく……」
煙を吹きながら落下していくルクレールを見つめつつ、ジョナスはあえて追撃して完全撃破することまではしなかった。
ルクレールは雲の下に落下したことで完全に見失う。
ジョナスとしては、前時代的なプロペラ機をそれなりの戦闘機でもって倒すというのは自信のプライドを汚す行為であった。
とはいえ、ネオは現状は敵であり、彼もまたネオに対して強いライバル心を抱く男。
味方の新型機を小破させた現状のネオに対して、ついつい挑戦してみたくなったのだ。
特に、かつてはネオの近眼により決着がつけられなかった一方で、一番最初に通り過ぎた時に裸眼であった様子から、現状で近眼でないならばどれほどの実力であるのかという好奇心が湧いたのである。
だが、攻撃を繰り出した後で一気に自らで自らのプライドを傷つけた自己嫌悪感が湧いてきていたのだった。
「おっと、お仲間か」
「残念だが、こちらにはまだやることがあるのでな」
ジョナスは戦闘機パイロットらしく、気分が落ちても周囲の警戒は怠らなかったが、やや遠方に3機のサルヴァドールを確認すると、すぐさま雲の中に入って離脱した。




