天空のフォルクローレ(前編)
長すぎて3つに分割するハメになりました。
後編は18時に出します。
ジェットエンジンがレシフェでその産声をあげた後、ネオは大急ぎで現段階でゼロはどこまでの完成度となるのか見積もったが、有線式空対空ミサイルはNRCの第二次侵攻に間に合わないことが確定的となった。
原因は誘導システムである。
一般的に、FCS……射撃管制システムには下記の要件が必要となる。
敵機の捕捉、敵の識別、追跡監視、3次元的に認識するための広角的な捕捉、追跡補正
これらは単一の装置ではなく、それらを複合的に一括運用したものをFCSと呼ぶのだ。
海軍が量産して運用を行おうとしているミサイルは、ある程度までの要素を光波によって満たしており、十分な誘導性を保って射撃することが可能であったが、敵と味方の識別は依然として困難な課題となって技術者達にのしかかっていた。
海軍的な運用の場合は、味方の航空戦力が展開されない所で使えば、上空には敵しかいないのだから問題ないだろうという、やや強引な考え方をもって、戦術的な形でのカバーが可能だ。
なぜなら、海上にいる巡洋艦しか味方がいないならば、対空に向けてセンサーを照射する限りは敵しかいないのだから判別する必要性がなく、ミサイル自体も、ある程度の高度以下には向かないように設定しているため、海上にいる味方に誤射をするということは今の所の試射において発生していない。
ましてや、NRCは超大型機と大型機が基本なのだから、尚更誤射の比率は低くなる。
しかしこれが空中となると、同じ高度に味方がまぎれる関係上、誤射という可能性が高まってくる。
せっかく有線式ミサイルも完成させられそうなのに、これを回避するための方法をネオ達は見出せないでいた。
敵として判別できれば、後はずっと敵を捕捉して狙い続けて誘導補正し続けられるのだが、それが敵であるという判断を目視だけに頼るのは危険すぎるのである。
第二次侵攻までに、ネオが望むまでの性能をゼロが満たすことはないというのが、開発チームでの一致した見解であった。
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「はぁ……」
「そんなに私と飛ぶのが嫌か?」
レシフェの首都上空を複葉機が飛行している。
これはネオが、レシフェで新たなパイロットを育成するために設計した訓練用の二座型複葉機であった。
大きさ自体はサルヴァドールと同じぐらい大型だが、操縦しやすいようにあえてそうしている。
構造は非常に簡易で、鋼管パイプフレームに帆布張りという、非常にクラッシックなものである。
翼は炭素繊維を用いたモノコックにこれまた帆布張りであり、古いのか真新しいのかよくわからない面白い機体に仕上がっていた。
量産、整備、コスト、そして性能の3つを全て満たすもので、
エンジンはベレンやルクレールのパーツを流用したものだが、排気タービンを搭載していない。
この機体は、訓練のため、運動性能と揚力確保を特に重視してネオが設計しており、失速しても60m程度の高度さえあれば復帰可能で、離陸速度も80km程度で良いという脅威の低速での離陸が可能なものであった。
特に向かい風の時は100m以内に離陸できるので、エルはこれを「紙飛行機」と呼んでいたが、
これを最初に操縦したエルは「いつのまにか離陸してましたよっ!?」と驚くほど離陸滑走距離も短かったのである。
巡航速度は170km程度、最高速度は230km前後。とにかく低速である。
これは、馬力が1300程度にデチューンされたエンジンの影響であるが、代わりにトルクを大幅に増大させた仕様にしており、機体の反応性を大幅に高めていたのだった。
訓練用とはいえ、ベレンやサルヴァドールの搭乗を見越し、前方には13mm波動連弾が1門搭載されている。
また、後部座席には同じく13mm波動連弾による銃座が設けられており、何かあった場合に戦闘機に転換できるよう、冗長性も保たせていた。
この後部座席でも、前方の座席でも操縦が可能だが、基本は前方の座席が操縦を担当し、後部座席のものが訓練教官として搭乗して訓練する。
また、この機体にはギークに搭載された緊急不時着用パラシュートが搭載されており、もし失速して建て直しに失敗しても、これによって不時着可能で、さらにこのパラシュート自体が姿勢を緊急補正させることが可能なように作られていた。
コルドバの兵士達は、まずネオによって適性検査を受け、それによって見出された者達が空戦理論を学ばされた。
その上でレシフェのベレンやサルヴァドールのパイロットらによってこの機体で訓練を受けていた。
「先日は随分テンションが高かったのに、今度はタメ息ばかりだ。何が気に入らない?」
ルシアはネオの反応に自身の操縦が悪いのかと気になり、悪態をつくがごとく話しかけている。
実はルシアがこの機体に乗るまでに一悶着あった。
ネオやグラント将軍、そしてコルドバの兵士達は、ルシアが訓練を受けることに反対した。
ネオは隻眼であることによる戦闘適性無しとの判断からであったが、グラント将軍やコルドバの兵士達は、万が一を理由にしてのものだった。
しかし、「そんな万が一がありうるものに我らを乗せて訓練させられるものか! ネオが設計したものだぞ!」とルシアは制止を振り切って、結局ネオが訓練教官になって現在に至っている。
「姫様が悪いんじゃない……いい操縦だ。 中型機を乗り回すだけはある。これは単純に……俺の私情によるもの……」
NRCがかなりの性能の小型機を製造していることがわかった以上、ネオはゼロを機銃だけのガンファイターにしたくなかった。
そのための対策を考え込んだがどうすることも出来ないのでこんな状態となっている。
ルシアの訓練教官となったのも、飛べば気が紛れるといったストレス解消も目的の1つであった。
「ルシアでいいと言っただろ。ジェットエンジンは上手くいかなかったのか?」
ルシアの読唇術によって、ジェットエンジンという言葉を知られた後から、ネオはさらに情報秘匿に力を入れるようになったので、ルシアは現状を知らなかった。
「完成したさ。だが、NRCの小型機の性能がわからない以上、このままだと怖いんだ」
「言っておくがな。コルドバとレシフェの仲は我とそなた次第なのだぞ。この我がレシフェにて辱めを受けたと父上に報告すれば、NRC以外とも敵を作ることになる」
ネオの態度に不満をもったルシアは、つい思いもしないようなことを口走ってしまった。
彼女は、困っているならこちらに助けを求めて欲しかったのだ。
「それはないな」
ネオの即答に、ルシアは驚く。
「君の頭の回転の速さと、思考の柔軟さと、1週間以上の間付き合ってわかった公私混同をしない姿勢から、ハッキリと否定できる。君はレシフェがNRCなどと同等の、列強と同じレベルの戦力を持っているんじゃないかって、俺を通してずっと疑ってる。その場合、コルドバとレシフェが戦争になっても利点なんて全く無い……俺が今知りうる限りのルシアは……私情でコルドバを振り回すような人間じゃない」
ネオの観察眼は、ルシアの想像以上であった。
完全に正解であり、誤魔化してまくし立てるということも出来ない。
「そなたに……嘘はつけない。だからハッキリ言う。出来る限りの力を貸すから、そなたも力を貸してくれ……列強に震えるのはレシフェだけではない、南リコン大陸の国々が皆そうなのだ……」
ルシアは操縦することすら忘れ、顔を下に向けて呟いた。
ネオはおっとっとと、急いで操縦を代わる。
「じゃあ、俺もお前にっ……俺の秘密を1つ教える……ここなら誰も聞こえないし……これを聞いてでも俺を信用してくれるというなら…!」
やや左右に乱れた機体をすぐさま補正しながら、ネオはルシアに語り始めた。
「今、俺が作っているジェット戦闘機……ゼロはな。本当はエスパーニャで生まれる予定だった」
「なんだと!?」
ネオは、ルシアにグラント将軍達はおろか、トーラス2世にすら話していない話をしはじめた。
そのことにルシアは驚きつつも、彼を受け入れるために話を聞く姿勢を続ける。
「とある場所で目覚めた俺は、野望があった。だが、NRCが社会主義国家になっていたことで、俺は、エスパーニャに移動して野望を叶えようとしていたんだ。町工場クラスの場所で、俺の理解者を集めて……エンジンを作って……ゼロなんて完成しなくてもいいなと思えるほど、彼らとの交流は楽しかった…」
「ネオ、いつの話なんだ……」
「半年以上前だ」
「半年前……やつらが侵攻する前かっ!」
ルシアは、ネオがどういう風にしてレシフェに辿り着いたのか、コルドバの皇帝を通してのトーラス2世の話を聞いて予想していた。
そこで、彼がNRCによってレシフェの一団が拘束されたことをネオが予め知っていたことで、彼は一時期エスパーニャにいたことは間違いないと考えていた。
だから、この話は間違いなく真実であると理解できたものの、彼がレシフェの来る前の段階でエスパーニャで何をしていたかという話は聞いていなかったので、とても新鮮である。
「俺は、かつてNRCが合衆国アメリカと呼ばれた頃、祖国より、その国に渡って航空技術者となるために邁進していた……記憶がある。なぜ記憶かというと、その時の俺はすでに死亡しているはずで、俺は当時の合衆国の遺伝子研究によって生み出された人間だからだ……」
「合衆国……アメリカ……」
ルシアにとって聞いたことが無いフレーズの単語であるし、彼の話は、まるで小説の一文のようであったが、ルシアはとにかくネオを信じたかったため、表情を崩さないよう必死で努めた。
「最終戦争になるかもしれない中で、優秀な技術者の遺伝子情報をまるごとコピーして、再現するんだ……記憶を司る部分にまで万能細胞を培養して、遺伝子レベルで同一に近い存在を作る。もし、仮に合衆国アメリカが滅びたとしても、俺らが再び復活させるためとして……だが、あれほどまでに民主主義を唱えて反共主義者として立ち回った合衆国アメリカは、俺が再び目覚めると完全な君主制社会主義国家となっており、そこで活動しようとは思わなかった」
「君主制社会主義国家になったのはもう数百年前だぞ」
「そなたは一体いつから……」
ルシアはネオの痛烈な思いに共感し、唇を噛み締める。
初めて会ったときから、 何か心の深い部分に隠しているような気がしていたが、自分には到底受け入れられない状況をネオは受け入れていたことに涙が出そうだった。
「わからない。そもそも自分が人間なのかどうかも……でも、目覚めた俺は、もう一人の俺が多分出来なかったことをやりたくて仕方なかった。眼が悪くて空軍パイロットになれず、航空技術者になった鬱憤を晴らして、最高の航空機を作ってそれに乗ってどこまでも飛びたかった。それだけでも実行しようとして、資料を全部集めて……エスパーニャに向かったんだ」
「どうしてレシフェだったんだ……コルドバでは駄目だったのか……」
自分の国を選んでくれなかったということが悔しくて、ルシアは思ったことをそのまま言葉に乗せてネオにぶつける。
「エスパーニャにNRCの牙が向けられた時、俺の理解者達は必死で逃がそうとしてくれた。俺は別に航空機さえ作れればよかっただけで、正義とかそういうのはどうでもよかったのに……一人、また一人と理解者が減りながら必死で逃げた」
ネオは、彼女の言葉をやや無視したように話を続けていたが、ルシアは彼の話の続きを待ち続けた。
「彼らは、コルドバなどの、俺の目的が達成できうる国々のどこかへ連れて行こうとしてくれたが、逃げる途中で、レシフェの拘束を目撃した。コルドバを選ばなかった理由は、ただ1つ。拘束された兵士達の目を見たとき、レシフェの国の本質が見えたから」
「本質……?」
ネオの理にルシアは首をかしげる。
自身の国は、決してレシフェに劣っているはずがない。
「ああ、本質だ。国家は危機に立たされたとき、初めてその本質を現す。いかに君主がいるとはいっても、国民によって成立しうるのが国家なのだから……その国民が国家の本質をしめすんだ。レシフェの兵士達は、自らが消滅してもレシフェは消滅しないという強い意識をもってNRCの兵士を睨みつけていた」
ルシアは思わず背中が震えた。
その言葉はまるで、コルドバの皇帝である父が話すようなものであり、彼から何かとてつもないものを感じ取ったのだった。
「だから、こんな者達がいるレシフェなら、絶対にゼロが作れると思ったから、その本質が不明瞭なコルドバなどの国々ではなく、真っ直ぐにレシフェへと向かった。ゼロはまだひな鳥で、爪をもっていないが、飛ぶための力はすでに持ってる」
ネオの理……それは、人から国家を見出し、そしてその国家に敬意を持って接するというもの。
ルシアに対しても、その人間性からコルドバを理解してはいたが、それはルシアと出会ってからのものであり、当時のネオにとってはレシフェしかありえなかった。
「つまり、俺はNRCで生まれた……可能性が高い、裏切りのユダかもしれない。それでも俺を信じるか? 俺は俺自身すら信じられないから、この話は誰にもしていない」
「そなたは……強いな」
震えた鼻声に驚いてネオが目を見張ると、ルシアは年齢相応の少女のような顔つきだった。
ネオが訓練のために操縦席を覗くための鏡で見ていることに気づくと、ルシアは顔を覆った。
「悲しいのではない。嬉しいのだ……古代の思想とは、こういったものなのか……そなたは、NRCと戦うのか?」
「エスパーニャだけは取り戻す」
間を置かない即答だった。
ルシアは、ネオの言葉の全てを受け取った上で、彼のために何かできるか改めて考え直すこととした。
「ルシア。明日の早朝、王国首都西の俺が言う場所に着て欲しい。それが俺の答えだ」




