友人、告白する
「……ここなら明るいな。それで、用事って何?」
やや高めの男性の声。なんとなくテレーゼは、リズベスがそわそわと辺りを見回しているような気がした。
相手の男はともかく、リズベスはこの付近にテレーゼたちがいることを知っているのだから。
「……あの、それは」
「用事がないのなら、僕は帰るよ」
「あの、お待ちください!」
じゃり、と床を踏む音が止まった。相手の男が立ち去らずにその場に留まってくれたことに気付き、テレーゼはいつの間にか止めていた息を大きく吐き出した。テレーゼの隣で同じように身を潜めるジェイドが、「落ち着いてください」と囁いてくる。
「わたくし……あなたにお伝えしたいことがございます」
「僕に? 仕事の依頼なら、事務係を通してからにしてよ」
「仕事ではなく……わ、わたくし、あなたのことが好きなのです!」
リズベスの声がはっきり耳に届いたとたん、テレーゼは両手の拳を固め、目をくわっと見開いた。
(い、言ったわ! よくやったわ、リズベス!)
何が「テレーゼみたいな勇気は持っていない」だ。
きちんと自分の恋心を相手に伝えられるなんて、勇敢な人でないとできないことだ!
無言でびったんびったん悶えるテレーゼをなだめるように、ジェイドはポンポンと肩を叩いてくれる。だが彼もこの後の展開が気になるようで、分厚い壁越しにリズベスたちの方を見つめているようだ。
「……。……突然だね。僕たち、そんな親しい仲じゃないよね?」
「そ、それはもちろんです。でも、子どもの頃にパーティーでお会いしたときから気になっていて……その後も、正騎士に叙される前から華々しい活躍をされていて、半年前にテレーゼがバルバ王国派に攫われたときも、あなたが一番に救出に飛び出したと伺っていて――」
「正直あの時期のことは思い出したくない黒歴史なんだけど……まあ、いいや。リズベスさんだったかな。僕、恋愛をするために騎士団に入ったわけじゃないんだけど」
淡々とした男の声に、ひゅうっとテレーゼの胸に風穴が空いたような気持ちになり、陸に打ち上げられた魚のように悶えていたテレーゼは動きを止める。
「そりゃあ、騎士に恋愛は不要とまでは言わない。でも、僕は正騎士になって間もないし、僕の記憶が正しければあなたは僕より年上だ」
「と、年上ではだめですか……?」
「だめじゃないけど……むしろ年上の方がいいけど……そうじゃなくて、僕は恋愛と仕事を両立させられるほど器用じゃないから。全然筋肉も付かないし」
「筋肉はなくっても、あなたは素敵です!」
「んっ……そ、そうか。でも、何にしてもちょっと考えさせてほしい。僕はあなたのことをよく知らない。だから、まずは互いのことをよく知り合うべきだと思うんだけど?」
「……そう、ですね。おっしゃるとおりです」
「うん、それじゃあそういうことで、今後もよろしく。……部屋まで送っていくよ」
「えっ……?」
「べ、別にやましい気持ちはないから安心してよ。こんなところに女性を残していくわけにはいかないだろう。騎士として当然の行いだっ」
「ありがとうございます……あ、でも……」
リズベスが困っている。きっと、ここにテレーゼを置き去りしてしまうことを躊躇っているのだろう。テレーゼたちがここに隠れていることは、相手の男に知らせたくないはずだ。
(リズベス、あまりいい返事がもらえなかったのに……)
テレーゼはくすっと鼻を鳴らし、「私のことは気にしないでいいから」と念波を送る。
テレーゼの念派が届いたのか、やがてリズベスは「それでは、お言葉に甘えて……」と答え、三人分の足音が遠のいていった。
テレーゼは大きく息を吐き出し、ずるりとその場に座り込んでしまう。
「テレーゼ様」
「……リズベス、頑張ったわよね」
しゃがみ込み、心配そうに顔を覗き込んでくるジェイドを見上げ、テレーゼは微笑んだ。
(まさか相手が……ライナスとは思わなかったけれど)
そういうことなのか、としっくりいった。
確かにテレーゼはしばしばライナスと立ち話をしたり馬車で城まで送ってもらったりしていた。リズベスはその様子をどこからか見ていたのかもしれない。彼女からすれば、自分の好きな人と友人が至近距離にいるのを見るのは辛かっただろう。
(ひょっとしたらリズベスが時々口ごもったり何か考え込んでいたのは、ライナスのことがあったからなのかもしれないわね……)
だが納得がいったのもつかの間。
ライナスの返事は終始単調で、気乗りしていないのが明らかだった。
(ライナスの方からこっちに誘導したのだから、盗み聞きするつもりはなかったわ。でも……リズベスになんて声を掛ければいいのかしら……)
振られたのは自分ではなくリズベスなのに、どうしようもなく悲しいし胸が痛い。
膝にあごを埋めてくすんと鼻を啜ると、両肩にそっと温かい重みが乗せられた。
「泣かないでください、テレーゼ様」
「まだ泣いてない。部屋に帰ってからリズベスと一緒に泣くわ」
「どうしてリズベス嬢と一緒に泣く必要があるのですか?」
優しい言葉と共に、あごがすくい上げられた。
目線の先には、モスグリーンの目を和らげてこちらを見つめてくるジェイドの顔が。
「まさか後輩のこのような場面に遭遇するとは思ってもいませんでしたが……大丈夫です。リズベス嬢の勇気は報われています。告白は大成功です」
「……。……どこが?」
ぽかんとしてテレーゼが問うと、ジェイドは胸ポケットからきれいなハンカチを出し、テレーゼの頬をそっと拭った。泣いていない、と言ったはずなのだが。
「あなたもご存じかもしれませんが、ライナスは捻くれていているし、人に対する好き嫌いがはっきりしています。実は彼もこれまでに何度か女性に告白されているようですが、そのどれも手厳しい言葉で却下しているのです」
「……うん?」
「先ほどのライナスは、『自分は新人だから』とか『仕事と両立できないから』という理由で断っていましたよね? それは、彼がリズベス嬢のことを意識しているからなのです。もし相手が好ましくなければ、『僕はあなたのことを好きじゃない』ってはっきり言うでしょう。そもそも、好きでない相手に呼び出されても彼は応じませんよ」
「そ、そうなの?」
「ええ。……おまけに彼の方から『互いのことをよく知り合いたい』とか『部屋まで送っていく』と申し出ています。仕事第一、効率第一の彼がこれまで心を砕いているというのだから、リズベス嬢を女性として意識していることなのですよ」
それはきっと、ライナスの先輩であるジェイドだからこそ言えるのだろう。
(それに……確かに、ライナスの性格を考えれば頷ける話だわ)
もし、今告白したのがテレーゼだったとしよう。
『ライナス、好き!』
『はぁ? ついに頭までイカレてしまわれたんですか?』
きっとこうなるはずだ。
「……そ、か……」
ほうっと息をつき、テレーゼはふにゃりとした笑顔でジェイドを見上げる。
リズベスの勇気が無駄にならなくて、本当によかった。
「リズベス、よかった……!」
「ええ。……実はですね、先ほどライナスに連れられて部屋に戻るときのリズベス嬢は、非常に足取りが軽かったのです」
「ええっ、じゃあリズベスも、分かって――?」
「好きな人のことですから、性格を把握しているのももっともな話です。……お部屋に戻ったらリズベス嬢の勇気を労われるといいですよ」
「うん、そうだね!」
リズベスは つんでれとししたきしを おとした!




