友人、決意する
夕方になると、仕事を終えたリズベスたちがやってきた。どうやら女官長の許可を取ったらしく、同期七人が全員同じ時間に上がることができたそうだ。
「心配したんだから!」
「テレーゼったら、いつも危険なことばかりするし!」
「そうそう、コーデリア様が退職なさったそうなの!」
「この前の件が関係しているみたいだけど……先輩たちにも何も言わずにいなくなったらしくてね」
「そうそう! 今日担当した貴婦人からクッキーをいただいているの!」
「テレーゼも食べよう!」
女が集まると姦しい。
だが、今はちょっとにぎやかなくらいがテレーゼは嬉しかった。
午前中にコーデリアが来てから、テレーゼは少々意気消沈していた。「テレーゼ様のせいではありません」とメイベルははっきり言っていたし、昼頃にリィナの名で届いた手紙には、「コーデリアの決意を寛容に受け止めてあげてほしい」と書いてあった。
どうやら大公はコーデリアにより重い処罰を所望したようだが、リィナの嘆願で取り下げたそうだ。大公によれば、「コーデリアが自ら課した罰をテレーゼが受け入れることで、リィナの面子も保てる」らしい。リィナも手紙のシメに、「彼女のこれからに幸があることを願いましょう」と記していた。
見習仲間たちとお茶をしながらしばしにぎやかに過ごした後、リズベス以外の六人は夕食に向かった。
(……ああ、そうだ。リズベスともちゃんと話をしていなかったわ)
「あの、リズベス」
「テレーゼ。無茶したそうね」
「あっ……はい」
「……まあ、それは私がとやかく言うことじゃないわね。……何にしても、無事で良かったわ、テレーゼ」
「……うん。あの、リズベスまで巻き込んでごめんなさい」
「あら、そんなこと言っていいの? 私が警備を呼びに行ったから助かったのでしょう?」
「まさに仰せのとおりでございます、リズベス様」
ふふっと笑ったリズベスだが、ふと真面目な顔になってテレーゼを見つめてきた。
「……私ね、あなたのことが不思議でたまらないの」
「よく言われるわ」
「でしょうね。飄々としていると思ったらずばっと核心を衝いてくるし、話を聞いていなさそうなのに誰よりも情報通だし、ちょっと風が吹けばぽっきり折れてしまいそうに見えるのに勇敢だし」
「……よく言われるわ」
「でしょうね。……私ね、そんなあなたのことが大好きだし、羨ましいの」
突然の告白に、膝を抱えて丸くなっていたテレーゼは目を見開く。
人生で始めて告白してきた相手は、まさかの同性の親友だった。
「え……ええっ!?」
「ほら、私はあなたみたいな勇気は持ってないし、機転も利かない。テレーゼはよく私のことを褒めてくれるけれど、私は命じられたことを命じられたように動くしかできないわ。……この前の式典であなたが異国のご令嬢のドレスのシミを取って差し上げた件もそうよ。もし私があなたの立場だったとしても、同じように動くことはできなかったと思うわ」
リズベスはそこでいったん言葉を切って、「それに」と少し躊躇いがちに続ける。
「わ、私の好きな人のことも……テレーゼたちに頼んだっきりで、私自身は何の行動も取れていない。それどころか、あなたがあの人と行動しているのを見ると、胸がモヤモヤしてきて――」
「……ん?」
それまで黙って話を聞いていたテレーゼは、聞き捨てならぬ言葉を耳にして首を傾げる。
「……私が、誰と一緒に行動しているの?」
「あの……私が片思いしている人と。ごめんなさい、時々見ていたの」
「……。……まさかのジェイド!?」
「話がこじれるような思いこみをしないでくれる!? ジェイド様じゃないわよ!」
「そ、そっか。よかった! あの、名前は!?」
「それは……。ううん、そんなのだめよね」
両者とも焦りのあまりよくも考えないまま発言し合っていたが、一息ついた後、リズベスは胸を張った。
「……テレーゼを見ていて、思ったの。私、このままウジウジしてみんなに頼ってばかりなのはだめだわ。だから!」
「おおっ!」
「私、これからあの方のところに行ってみるわ! 今日は夜勤じゃないはずだから、あの方も騎士団詰め所にいらっしゃるはず!」
「いよっ、待ってました! リズベス様!」
下町の酒場にいる飲んだくれのような合いの手を入れるテレーゼだが、リズベスは自分のことで精一杯らしく何も突っ込まずにいてくれた。
「善は急げ、よ。今から騎士団詰め所に行くの!」
「それは素敵だわ! あの、私も行ったら……だめ?」
「……。……実は、それをお願いしたいと思っていたの。途中まででいいからついてきてほしいのだけれど……体調とか予定とかは大丈夫かしら」
「体調はばっちりだし、リィナたちへの手紙ももう書いたから大丈夫よ!……メイベル、今からちょっと出かけるけれど、いいわよね?」
「夕食が少し遅れてもよろしいのでしたら。……あの、テレーゼ様」
リズベスが「戦の前の腹ごしらえ」と言って冷めた茶を手酌で注いで飲んでいる間、メイベルに袖を引かれたテレーゼは続き部屋に向かう。
「何? あ、メイベルも一緒に来てもらっていい?」
「もちろんでございます。それはいいのですが……テレーゼ様、先ほどの『よかった』というご自分の発言は、真でしょうか」
「えっ? いつの話?」
「……いえ、お気付きでないのならばよろしいです。ささ、外は冷えますので上着をお持ちしましょうね」
「え、ちょっと、何なの、メイベル! 気になるじゃないのー!」
テレーゼたちは外出の準備を整え、騎士団詰め所に向かった。リズベスも自分の世話をしてくれる侍女を連れてきたので、四人で廊下を歩く。
初冬ともなると夕方はかなり冷え、日が落ちるのも早くなっている。だが人通りの多い廊下や中庭はランタンが灯っているし、見張りの姿も多い。何度か巡回の騎士に呼び止められたが、名乗って事情を言うと「ではお気を付けて」と通してくれた。
「騎士団はあっちね」
「う、うん。……あの、ここまでで大丈夫よ。ここなら温かいし、メイベルさんと一緒に待っていてくれるかしら」
そう言ってリズベスが振り返った。
確かに、ここは壁のある廊下だから風から身を守れるし、明るい。
(本当はいろいろな意味で、もうちょっとついていきたいわ。……でも、リズベスだって現場を見られていたら緊張するだろうからね)
リズベスの片思いの君がどんな人なのか気になるが、彼女が言うのならば無理を通すべきではないだろう。
「分かった。じゃあメイベルと一緒にここで待っているね」
「ええ。……あの、頑張ってくるわ!」
「うん、女は度胸!」
笑顔を交わし合った後、リズベスは自分の侍女を連れて騎士団詰め所の方に向かっていった。
やはり見ていてはらはらするが、侍女がランタンを持っているし周りには他の騎士の姿もある。きっと大丈夫だろう。
「リズベスの恋、うまくいくかなぁ」
「どうでしょうか」
「それよりさ、メイベル。リズベスは、私がリズベスの好きな人と行動を取っているみたいなことを言っていたわよね。私、全然心当たりがないんだけど」
「……左様ですか」
「あっ、もしかしてメイベル、知っている感じ?」
「それは……しかし、わたくしの口から言うのははばかられまして」
「……テレーゼ様?」
メイベルとおしゃべりしていたテレーゼは、名を呼ばれて振り返る。
見ると、騎士団詰め所の方から歩いてくる背の高い男性の姿が。辺りが夜の闇に包まれているからか、彼の髪は濃い茶色ではなく漆黒に染まって見えた。
「あら、ジェイド。こんばんは」
「こんばんは、テレーゼ様。気分はいかがですか?」
「……あ、うん、大丈夫よ! ジェイドも、あのときはありがとう。本当にジェイドにはいつも助けられてばかりだわ」
「とんでもないです。……ただ、あのときも申し上げましたが、あなたも御身を大切になさってくださいね。今回はあなたの先輩を守るためといっても、あなたが危険な目に遭っていると思うと……俺も、気が気でないのです」
歩み寄ってきたジェイドがほんの少し眦をつり上げて言うので、テレーゼはしゅんっと頭を垂れた。
「……う、うん。無茶はしません」
「頼みますよ。……それで、あなたはここで何を?」
「……。……あ、そ、そういえばジェイド、今詰め所の方から来たわよね!? リズベスを見なかった?」
顔を上げたテレーゼが問うと、ジェイドは目を瞬かせた後、今自分が来た道を振り返った。
「リズベス・ヘアウッド嬢ならそこで会いました。うちの騎士に用事があったとのことなので、呼んだところです」
「んんっ! そ、そうなのね!」
「テレーゼ様?……あ、彼らがこちらに来ました」
「あら?」
見ると確かに、詰め所の方からこちらにやってくる人影が。
一人はリズベス、一人は彼女の侍女。
そしてもう一人は――
「……え、ええっ!?」
「テレーゼ様、メイベル殿、こちらへ」
ジェイドに手招きされ、テレーゼたちは慌てて物陰に隠れる。
リズベスに「ここで待っていて」と言われていたのでちゃんと動かず待っていたのに、まさかあちらからやって来るとは。
(しかも、リズベスの好きな人って……)
リズベスの片想いの相手、もう分かりましたね?




