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大公妃候補だけど、堅実に行こうと思います  作者: 瀬尾優梨
書籍版続編

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令嬢、皮まで有効活用する

 今日もいい天気だった。

 いい天気でしかも、からりと乾燥している。


「おおっ……! いい感じ、いい感じ!」


 一日の仕事と講義を終えて部屋に戻ってきたテレーゼは、メイベルが差し出してきた容器の中を覗き込み、満面の笑みを浮かべた。

 この容器は一見ボウルのようだが、小さな穴がいくつも空いているコランダーと呼ばれる調理器具で、野菜や麺類の水切りなどに利用される。


 メイベルが持っている金属製のコランダーの中には、くしゃくしゃになった紙切れのようなものが転がっていた。


「うん、いい乾燥具合!」

「このメイベル、テレーゼ様のおっしゃるとおり部屋の気温と湿度に気を配って管理をしました」

「ええ、あなたのおかげよ、メイベル。ありがとう!」


 欠片を一つ摘んでその乾燥具合を確認したテレーゼは、ぎゅっとメイベルに抱きついた。テレーゼのお守りをしてきてもうじき十九年になるメイベルはそんな突然の行動にも慣れっこで、抱きつかれる寸前にコランダーを頭上に掲げてくれた。なんとも気の利く侍女である。


 メイベルに見張りを頼んだこのしなびた物体は、オレンジの皮だった。リズベスの両親が領地で採れたオレンジを大量に送ってくれたらしく、テレーゼにもお裾分けしてくれたのだ。かなりの量だったので半分以上は現在城下町の屋敷で暮らしている家族のもとに送り、残りはメイベルと一緒においしくいただいた。


 普通なら果実の皮なんてすぐゴミ箱にポイされるだろうが、そうはしないのがテレーゼだ。


「オレンジの皮はね、そのままでも紅茶に入れたり床磨きに使えたりするし、乾燥させたらもっといろんな用途があるの」


 メイベルから受け取ったコランダーをテーブルの上でひっくり返し、カリカリに乾燥したオレンジの皮を広げる。食べ終わった後の皮を手で千切っただけなので大小様々だが、使う分には問題ない。

 乾燥させたオレンジの皮をハンカチに入れて、紐で縛る。これだけでも消臭剤として優秀だが、風呂に入れると入浴剤代わりになる。


 公城で寝泊まりしているといえど、水は貴重だ。テレーゼたち女官見習は普段はたらいに張った水で体を洗い、半月に一度くらいは城下町の大衆浴場に行き八人で一つの湯船を使って温かいお湯にほっこり浸ることにしていた。

 先輩女官もお気に入りだという大衆浴場は大浴場ではなく、グループにつき一つの浴室、浴槽を借りることができる。人数制限はないので、一人あたりの料金を低く抑えるためになるべく大人数で湯船を使うようにしているのだ。大浴場よりもやや割高だが、仲間だけで使うことができるのが人気の理由だったし、テレーゼも気に入っていた。


(そのとき、みんないろいろなお風呂道具を持ってくるのよね)


 いい匂いのする石けんや、「なんか不気味なほど泡立つ」がキャッチフレーズらしいふわふわのボディタオル、炭を使った洗顔料や風呂上がりに使う保湿剤などを持参し、半月に一度の風呂を存分に楽しむ。このオレンジも、今度リズベスたちと一緒に浴場に行く際に持って行けそうだ。


 また、乾燥したオレンジの皮を細かく刻めば肥料にもなる。テレーゼの部屋には植物を置いていないので今は活用できないが、きっと母たちはおいしく味わったオレンジの皮を同じように乾燥させ、栄養抜群の肥料にして領地に送っているだろう。


(もしお砂糖がたくさんあれば、オレンジの皮のピールを作れるんだけど……さすがにそんな余裕はないわね)


 細く切ったオレンジの皮を砂糖水でよく煮て、乾燥させる。仕上げに砂糖を振ればおいしいオレンジピールのできあがり――なのだが、いかんせん砂糖は高価だし、安物の砂糖は不純物が多いため舌触りが悪くて茶色っぽく、これでオレンジピールを作ってもあまりきれいな色にならないのが難点だ。金に余裕ができたら真っ白な砂糖を買い、妹たちにおいしいお菓子を作ってあげたいものである。


 一通りオレンジの皮を確認した後、メイベルが淹れてくれたお茶で一息つく。仕事の後に仲間たちと一緒に夕食を食べたので、今はお茶だけで十分だった。

 紅茶には、まだ残っていたオレンジが櫛形に切られたものが添えられていた。普段テレーゼやメイベルが飲む紅茶は市場で仕入れた超特価品なので、味はいまいちだ。そんないまいちな紅茶も、リズベスが分けてくれたオレンジを添えればそれだけで柑橘類の香りが部屋に満ちて、優雅な食後の茶を飲んでいる気分になれた。


「……そういえばテレーゼ様。明日、女官長様から重大なお知らせがあるそうですね」

「そうそう。リィナのお披露目会で側に控える女官を選ぶことになったのよ」


 女官長の説明によると。

 来月、大公とリィナの婚約記念式典が執り行われる。その際、リィナの世話係となる臨時の専属女官を選ばなくてはならないのだそうだ。


「今のリィナは女官にしても侍女にしても、まだ『専属』を選んでいない。だから今度のお披露目会では、ひとまずのところ今回限りの専属を付けないといけないのよ」

「……もしかすると、その会で臨時の専属に選ばれた者が最終的に末永くリィナ様をお支えすることになるのかもしれませんね」

「そうなの。だから先輩たちは結構ピリピリしていてね……でも、いつものことかな」


 テレーゼたち見習は最初から選ばれる気がないのだが、先輩女官たちならばどの階級でも十分可能性がある。


(リズベスたちによると、コーデリア様が有力株らしいのよね)


 コーデリアのチョーカーの色は赤。見習である白より一つ階級が上なだけの四等女官だが、実力さえあれば赤チョーカーの者が選ばれてもおかしくない。そして――テレーゼたちもコーデリアにはいろいろ思うことはあるのだが、彼女のリィナに対する忠誠心は本物のようで、かなり高く評価されているらしい。


『でも、テレーゼは分からないわよ』


 紅茶を飲んでいるとふと、今日の夕食時に仲間に言われた言葉が思い出された。

 明日、リィナの臨時専属の発表ということで、仲間同士での話題でも持ちきりだった。そんな中、「私たちはまず選ばれないわよね」と話していると、意外な指摘が入ったのだ。


『テレーゼはリィナ様の姉君だもの。見習だとしてもテレーゼなら選ばれるかもしれないわ』


 そんな馬鹿な、とそれを聞いたときのテレーゼは笑い飛ばした。


(今の私は、白チョーカー――つまり、見習。この道何年の先輩たちを押しのけて、私が選ばれるはずないわ)


 だいたい、選ぶのはリィナとあの厳格な女官長だ。女官長は「姉妹なのだから、勉強も兼ねてたまには行動を共にしなさい」という助言はくれたが、かといってそれ以上にテレーゼを特別扱いしたことはない。リィナと行動を共にすることは許されても、それを仕事での評価に入れることは絶対にしなかったのだ。


 もしかすると、メイベルも同じようなことを考えているのかもしれない。だが彼女は余計なことは一言も言わず、「そうですね」と無難な相づちを打つだけだったのがありがたかった。

コランダー≒ざる

「オレンジピール」の作り方は、「いよかんピール」で検索してみてください

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