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大公妃候補だけど、堅実に行こうと思います  作者: 瀬尾優梨
書籍版続編

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令嬢、共同作業をする

 女官長の指示通り先輩は報告書を仕上げたようで、テレーゼが昼食を食べに食堂に向かう前に官僚伝手で報告書の写しが届いた。


「……それにしても、コーデリア様まで絡んでくるとは思わなかったわね」


 昼食を終えてこっそりと報告書を読んでいると、隣に座っていたリズベスがため息をついた。

 リズベスたちは講義に遅れてやって来たテレーゼを見ると、未確認生命物体でも見るかのような眼差しで凝視してきた。どこからともなく、「生きてる……」という呟きが聞こえたので、物言わぬ骸になって戻ってくることすら予想されていたようだった。もう少しテレーゼが戻ってくるのが遅かったら、仲間うちで遺体不在の葬儀が執り行われていたかもしれない。


 休憩時間に皆に詰め寄られたが、仕事内容まで詳細に伝えるわけにはいかないので「なんとか切り抜けた。なぜかその場にコーデリアもいた」ということだけ教えておいた。


「そうね。先輩の体調が優れなかったそうだから、コーデリア様は補助に回ったとのことだけれど……」

「えっ……ちょっと、まさかテレーゼ、それを本気で信じているの?」


 リズベスの裏返った声に、テレーゼは報告書を読むのをやめて顔を上げた。


「本気って……どういうこと?」

「シャノン様はご自分で非を認めた。積極的に話をしていたのはコーデリア様。……それってつまり、コーデリア様がシャノン様を焚きつけたってことじゃないの? ねえ、皆もそう思わない?」

「……普通に考えてそうじゃないの?」

「私もそう思った。コーデリア様はテレーゼを目の敵にしているみたいだし、シャノン様とぶつかったってことを聞いて、あなたを蹴落とすためのいいネタだと思ったんじゃないの?」

「だから、シャノン様よりコーデリア様の方が積極的に話そうとしていたんでしょう」


 リズベスのみならず他の仲間たちにも次々に指摘され、テレーゼは目を瞬かせた。


(……そりゃあ確かに、コーデリア様は厳しいわ。でもリィナのことは慕っているようだし、私を蹴落とす必要なんてないはず……)


「私を鍛えるためなんじゃないの?」

「テレーゼ……あなたという人は、もう少し他人を疑った方がいいわ!」

「シャノン様はまだ公正な方だからよかったけれど、コーデリア様があなたを恨んでいるってのは女官の中でも有名なのよ!?」

「有名なの!?」

「そうなの!」


 くわっと目を見開いた仲間に詰め寄られ、テレーゼは空の封筒を顔の前に掲げて盾のようにしつつ考える。


(……そういえば前、私がリィナの姉だからやっかまれるんだって言われたっけ)


 その時はまさかそんなこと、とスルーしたが、それは噂でもリズベスたちの気のせいでもなかったというのか。しかも当の本人のテレーゼだけ気付いておらず「後輩思いの先輩」と解釈し、周りの者の大半は承知していたと。


「分かっていて虚勢を張っているのかと思っていたから、そっとしていたのに……」

「テレーゼ、用心するのよ!」

「分かったわ。ごちそうさま。それじゃあ、子爵夫人に会いに行ってきます!」

「話聞いてた!?」


 席を立ったテレーゼにリズベスたちが呆れたような顔を向けてくるが、話はちゃんと聞いている。

 テレーゼには聴力ばっちりの耳があるのだ。それも、二つも。


(やたらめったら他人を疑いたくないけれど……ここまで言われたら、心には留めておかないといけないわね)


 コーデリア本人の忠告にもあったが、テレーゼの失態で家族やリィナの足を引っ張ることになってはならない。コーデリア自身はリィナを崇拝しているようなので直接彼女に危害を加えることは絶対ないだろうが、テレーゼに関しては別問題なのだろう。


(……いろいろ気になることはあるけれど、まずは仕事をしないとね!)


 昼食もしっかり摂ったので元気いっぱい、気力もばっちり。

 午後からも、頑張れそうだ。











 指定の時間に城門前に行くと護衛の騎士がいるので、彼と一緒に子爵邸に向かうことになっていた。女官の外出なので護衛は必要だし、そもそもテレーゼは外出禁止令を食らっているので、仕事関連でも一人で出歩いてはならないのだ。


 誰が護衛なのかな、知っている人がいいな、と思いながら待ち合わせの場所に向かうと――


「お久しぶりです、テレーゼ様」

「あれ、ジェイドだ」


 小型の馬車と共にテレーゼを待っていたのは、ジェイドだった。

 彼は優雅な仕草で一礼し、馬車の方を手で示す。


「はい。本日は、私がテレーゼ様の護衛として子爵邸までご一緒することになりました。どうぞよろしくお願いします」

「……ええ。よろしくお願いします、ジェイド様」


 先ほどはついつい気軽な口調で呼びかけてしまったが、今は仕事だと気持ちを切り替えてジェイドの呼び名も改める。彼とはわりと気さくな口調で話をする仲なのでちょっとくすぐったいが、今はお互い仕事中なので私情を挟んではならない。


 ジェイドはテレーゼの手を取って一緒に馬車に乗り、御者に行き先を告げた。どうやら子爵邸はここからさほど遠くない場所にあるため、道が混まなければ十五分程度で着けるそうだ。


 ジェイドと向かい合わせで馬車に乗り、お互い同じタイミングでゆらゆら体を揺らす。彼は仕事だからか、常に腰の剣の柄に手を掛けており窓の外の風景とテレーゼの様子を交互に見ている。


(こうしてジェイドと一緒に仕事をするのって、考えてみると今日が初めてね)


 市街地調査中のジェイドに声を掛けたりお互い休憩時間中に世間話をしたりすることはあったが、近衛騎士と女官として行動を共にするのは初めてだ。


 思わずふふっと笑ってしまうと、ジェイドが訝しむようにこちらを見てきた。


「どうかなさいましたか?」

「いいえ、こうしてジェイド様と一緒にお仕事をするのは初めてだと気付きまして、少し新鮮な気持ちになっておりました」

「……ああ、そういえば確かにそうですね」

「ええ。これが初めての共同作業というものなのかもしれませんね」

「……」

「ジェイド?」


 ジェイドが黙ってしまった。

 彼は窓の外を見やり、ふっと息を吐き出す。


「…………ああ、いえ。今日はとてもいい天気だな、と思いまして」

「ええ、本当にそうですね。それにからっとしているので、ドライフルーツ用の果物を干せばいい感じに乾燥しそうですね」

「そうですね、本当に。ちなみに私は、干したプラムが好きです」

「わたくしはイチゴが好きです」

「なるほど」


 ジェイドがふふっと笑ったので、テレーゼも笑みを返した。

それはアウトですお嬢様

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