令嬢、説明する
「シャノン様は子爵夫人の名前を間違えたことに加え、『貧相な劇を子爵夫妻にお見せした』という点で代表者を告発しておりました。しかし子爵夫人は劇そのものには満足されていたようですので、その発言は適切ではないと指摘したのです」
ここまでが、「テレーゼの主張」。
そして先輩たちに何か言われる前に、テレーゼは頭を垂れた。
ここからがクラリスにも指摘された、「テレーゼの失敗」である。
「……しかし、それは代表者たちの前ではなく、後で申し上げればよかったことです。シャノン様が事後処理をなさっているというのに水を差してしまったことは確かですし、皆の前でシャノン様の名誉を傷つけることになってしまいましたことを……お詫び申し上げます。わたくしの浅慮ゆえ、シャノン様や他の方にご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした」
クラリスにも言われたし、事情を聞いたメイベルも同じようなことを忠告してくれた。
だから、後輩として先輩の尊厳を踏みにじるような行為をしたことは謝らねばならない。
それでも自分を一方的に悪し様に言われたくないので、先輩にあった非は主張しなければならない。
ひゅっ、と小さく息を呑む声がした。そちらを見ていなかったのではっきりとは分からなかったが、今息を呑んだのはおそらく先輩の方だ。
女官長は目を細めると、ほとんど頭を動かすことなく横目で先輩の方を見やった。
「シャノン、テレーゼの言い分は真実ですか?」
「……」
「シャノン、答えなさい」
「お話し中申し訳ありません。……シャノンは昨夜から体調が優れないそうなので、わたくしがシャノンの代わりにお答えさせていただきます」
黙ったままのシャノンの肩に手を置き、そう口を挟んできたのはコーデリアだった。これまでずっと黙っており、何のためにここに突っ立っているのだろうと思っていたが。
(……なるほど。なんでここにいらっしゃるのかと思ってたけど、体調の優れない先輩の代返のために来ていたのね)
コーデリアは女官長が頷いたのを確認すると、こほんと咳払いして一歩前に進み出た。
「チャリティー活動があったのは昨日の午後のことですが……先ほど、子爵家から手紙が届きました。簡単に申しますと、『昨日のことのかたは付いたのか』とのことでした」
そうしてコーデリアはテレーゼの方を手で示し――その時、どこか勝ち誇ったような眼差しを向けてきて――続けた。
「シャノンは昨日のうちに劇団への沙汰を決定するために奔走しました。それは子爵夫人のお心を癒すことにも繋がります。劇団にどのような罰を言い渡すにしても、結果を長引かせればすなわち、子爵夫人のお心休まぬ時間もそれだけ続くということ。シャノンは早期に決着を付けるべく努力しておりました。……テレーゼ・リトハルトが口を挟み、その場の雰囲気を乱さなければ」
最後の一言は意識してゆっくりと、ややねちっこく述べた。
彼女の言葉から、今朝になっても昨日の一件にまだ決着が付いていないことが分かり、テレーゼの胸がひやっとした。
(あの後、「あなたはもう関わるな」と言われて放置されたんだけど……私が口を挟んだから、事後処理が一日で終わらなかった……)
テレーゼの脳裏を、柔らかく微笑む子爵夫人の顔が過ぎる。
テレーゼとほとんど年の変わらないだろう、彼女の力になりたかった。
だから彼女の様子に気を配ったし、女官の仕事として教わっていた以上のことをしてきた。
(それなのに、私は子爵夫人の力になれなかったどころか、不安を取り除く邪魔をしてしまった……)
テレーゼがあのときぐっと言葉を呑み込んでいたら、早期に決着が付いていた。そうすればすぐに子爵邸に手紙を出し、「かたが付いたから、安心してください」と告げることができていた。
(……でも、あのとき私が黙っていれば――)
「……コーデリア様のおっしゃるとおりですし、可及的速やかに事後処理を終えるというのは子爵夫人のことを思っても重要なことでしょう。しかし、あのまま速さばかり気にして正当な沙汰を言い渡せなかった可能性もあったのではないですか?」
それこそ、「貧相な劇を見せた」という発言の生み出す弊害だ。
名前を間違えたことと劇の出来は無関係であると、子爵夫妻の発言からも分かっている。それなのに、劇団に必要以上の罰を与えてしまうことにもなりかねなかったのではないか。
そしてもしその沙汰を子爵夫妻が聞いたとしたら?
テレーゼの言葉にコーデリアは明らかに気分を害したようで、ずいっと前に進み出てきた。
「……子爵夫人へのご配慮と平民への罰の度合いを天秤に掛け、平民への罪を軽くするために時間を取るのが良策だというのですか?」
「……しかし、不当な罰を課したと子爵夫人がご存じになれば、きっと夫人はお心を傷められます! 子爵夫人は、とてもお優しい方でした。ご夫妻が想定されていた以上の沙汰を言い渡したとご存じになれば、かえってわたくしたち女官の仕事ぶりに疑問を抱かれるかもしれません!」
「そんなの、そもそもあなたが――」
「待って、コーデリア。……もう、いいわ」
何か言いかけたコーデリアだが、それを止めたのは弱々しい声だった。
テレーゼと女官長、コーデリアの視線を受けて顔を上げたのは、それまでほとんどしゃべらなかった先輩だった。
「シャノン、あなたは――」
「大丈夫よ、コーデリア。……女官長、このたびはわたくしの不出来ゆえ、子爵夫妻や女官長のみならず、多くの方々にご迷惑をおかけしたことを、お詫びします」
そう言って先輩は頭を下げた。慌てたようにコーデリアが「ちょっと、シャノン! なんで!?」
と叫ぶが、先輩は意に介しない。
先輩女官二人の間に目に見えない溝が生じているようだが、女官長は一切動じることなく静かな眼差しを先輩に向けた。
「……ということは、シャノンはテレーゼの言い分を認めるのですか?」
「はい。……実は子爵夫人からの手紙には、問題を大事にしたくないので穏便に事を進めてほしいことや、わたくしやテレーゼが気にしすぎたり自分を責めたりしないようにとのことも記されておりました」
「……つまり子爵夫人は、劇団への重罰などを望まれていないのですか?」
「はい。子爵の追伸にも、夫人がそのように言っているのだから無理はしないように、とありました。……ですので、今回の一件ではテレーゼの行動にも非があるでしょうが、一番は冷静に物事を処理できず不当なことを口走ったのみならず、後輩の指摘を素直に受け入れられず取り乱してしまったわたくしの未熟さが原因です」
そう言って先輩は隣を見、「気遣ってくれてありがとう、コーデリア」と少し疲れたような顔で言った。コーデリアは目を見開き、何か言いたそうに口を開閉させていたが仲間に微笑まれ、きゅっと口をつぐんでそっぽを向いてしまった。
「……シャノンもテレーゼも、己の非を説明し認めました。よってこの件は両者それぞれに反省すべき点があったと処理します」
部屋の中は少々ぎすぎすした空気が漂っていたが、女官長だけは最初から最後まで落ち着いた態度を崩すことなかった。
彼女はデスクの引き出しから書類を二枚取り出し、ペンを走らせながら言う。
「シャノン・キャニング。あなたはこの後、官僚と騎士を連れて事後処理に向かいなさい。劇団の代表者には既に呼び出しを掛けておりますので、本日の午前中に官僚たちと協議の上で処分を決定し、城に届けること。あなたの処分は――減給半年、そして向こう一年間の昇格不可です」
「かしこまりました」
「そして、テレーゼ・リトハルト。あなたはこの後遅刻してもよいので必ず午前中は必須講義を受けなさい。その後、護衛の騎士を伴い、バノン子爵家を訪問するのです。シャノンたちの作成した報告書を持って行き、夫妻にご説明なさい。その際は子爵夫人の反応やご様子をよく確認し、報告書にまとめること。……あなたの処分は減給一ヶ月と向こう二十日間の、仕事以外での外出禁止令です」
「はい、かしこまりました」
テレーゼはお辞儀をした。腹の前で重ねていた手のひらは、今気付いたのだが汗でじっとり湿っており、エプロンにシミを作るほどになっていた。
減給一ヶ月は痛いが、自分のしでかしたことを考えると順当な罰だ。外出禁止も、これくらいなら甘んじて受けなければならないだろう。もし緊急で家族と連絡を取り合う必要があっても、郵便なら使わせてくれるはず。それに部屋にはメイベルがいるのだから、彼女に頼めばほとんどのことはやってくれるはずだ。
(お父様、お母様。領地の皆……減給処分、申し訳ありません。仕送りの額は変えずに私自身の一ヶ月間の生活を切りつめます……)




