令嬢、呼び出しを食らう
「テレーゼ・リトハルト。女官長がお待ちなので、朝食後すぐに参りなさい」
その知らせを聞いたとたん、見習仲間と一緒に食事をしていたテーブルに雷が落ちたように感じられた。
伝言係らしき先輩女官は関わりたくないと言わんばかりにそそくさと去っていったが、食堂にいた数名の先輩たちはうろんな眼差しをテレーゼに向けてきている。
(やっぱり来たわね。といっても、まさか翌日だとは思わなかったけれど……)
十分予想していた事態なのでテレーゼは落ち着いてベーコンを掻き込むが、仲間たちはそうもいかなかったようだ。
「女官長って……ちょっと、テレーゼ! あなたいったい何をしでかしたの!?」
真っ青な顔の仲間がテーブル越しに詰め寄ってきたので、ベーコンをつるんと平らげたテレーゼは小首を傾げる。
「何って……いつもどおり仕事していただけよ?」
「嘘よっ!」
「私、まだテレーゼとたくさんおしゃべりしたいのに……!」
「私たちを置いて先に行ってしまうなんて、そんなの残酷よ!」
「私、死ぬわけじゃないんだけど……」
「普通に考えたら、朝っぱらから女官長の呼び出しを受けるって相当なことなのよ」
一人事態を飲み込めず、しかしベーコンだけはしっかり飲み込んだテレーゼに、リズベスが声を掛けてくれた。
「事情を知る者が一人はいた方が心強いでしょう」とメイベルから助言を受けたため、彼女だけには昨日の夜のうちに、チャリティー観劇で起きたことをかいつまんで話していたのだ。
「テレーゼは知らないかもしれないけれど……私たちの一期先輩にあたる去年の第三期女官見習の中には、早朝に女官長から呼び出されて、その日の午前中には除籍処分を受けた人もいたそうなのよ」
「まあ。その見習はそれだけのことをしてしまっていたのね」
「そ、それはそうだけれど……」
リズベスも最後には「天然って怖いわ……」とぼやいていたが、別にテレーゼはとぼけているわけでも事の重大さが分かっていないわけでもない。
(呼び出しを受けることは分かっていたわ)
そのため昨夜のうちにメイベルと一緒に、仕事中に起きた出来事を紙に起こして時系列を整理し、誰がどのような発言をしたのかも極力思い出し、女官長に意見を求められたり過程を尋ねられたりした際にきちんと受け答えできるように準備していた。
気を付けなければならないのは、「テレーゼの主張」と「テレーゼの失敗」を明確にし、途中で変えたり都合よく改ざんしたりしないこと。
(女官長は厳しい方だけれど、先輩の話だけ聞いて私の意見を無視するということは絶対になさらないはずよ)
そういうわけで、テレーゼは周りから処刑を待つ死刑囚を見るような憐憫の眼差しを向けられながらもしっかり食事を摂り、デザートのプリンもおいしくいただいてから席を立った。
今日のプリンはちょこんと生クリームの飾りが付いていた。女官たちの中で流行っている「プリンにクリームが付いていればいいことがある」というジンクスに従い、今日のテレーゼは絶好調になるはずだ。
「あ、あの、テレーゼ」
「うん、講義までには戻れるようにするわ」
「っ……わ、私、テレーゼが無事に戻ってこられるよう、お祈りしているから!」
「私、テレーゼが戻ってきたらお昼ご飯の一人一つ限定デザート、あげるから!」
「だから、生きるのを諦めたりしないでね!」
「う、うん? ありがとう?」
拳を固めて涙ながらに訴えてくる仲間たち。
その隣でどこか遠い眼差しをしているリズベス。
周りの女官たちの、「大丈夫かこいつ」と言いたそうな眼差し。
(お腹はいっぱいだし、身だしなみも整えた。体調もばっちりだし……行こう)
テレーゼは背筋を伸ばし、食堂を後にした。
「テレーゼ・リトハルトです」
名乗って「入りなさい」という女官長の声を聞いてからドアを開け、一礼。
「朝食の後に来るように、ということで参りました」
そう言って顔を上げたテレーゼは、おや、と内心首を傾げる。
この場に女官長に加え、昨日一緒に組んだ先輩がいるのはいい。当然だ。
(……どうしてコーデリア様までいらっしゃるのかしら?)
俯きテレーゼと視線を合わせようとしない先輩の隣にはなぜか、居丈高な態度のコーデリアの姿もあった。俯いたまま動かない先輩とは対照的に、腕を組んだコーデリアはテレーゼを見るとふっと鼻で笑ってくる。
(先輩の付き添いかしら? 付き添いを連れてきていいのなら、私もメイベルかリズベスを連れてきたのになぁ……)
コーデリアの存在は予想外だった。だが今さら引っ込むわけにはいかない。
テレーゼは難しい顔でデスクに肘をついている女官長の「こちらへ」という言葉を受け、彼女の前まで進み出た。
「テレーゼ・リトハルト。昨夜シャノン・キャニングから聞いたのですが……あなたは昨日の仕事中、シャノンに口答えをしてその場の空気を乱したそうですね」
女官長の言葉に、なるほどそう来たか、とテレーゼはほんのわずか身を固くする。
(私の発言で、その場の空気が乱れた……確かに、そうとも捉えられるわね)
大嘘をつかれたらテレーゼもすぐに反論しただろうが、今は何も言わず女官長の次なる言葉を待つことにした。
(下手に頷けば、自分の非を認めたことになるわね……)
母直筆のメソッド集にも、『すぐに頷くな、すぐに謝るな。自分の非を認めて初めて頭を下げなければ、相手の言いなりになる』とあった。
今こそまさに、その教えを実戦すべき時のようだ。
「シャノンの話では、チャリティー劇の代表者は挨拶の際、あなたたちが担当していたバノン子爵夫人の名前を間違えた。傷心のバノン子爵夫妻を使用人共々先に帰らせ、シャノンが代表者を告発していた――ここまでで間違いは?」
「ありません。先輩のおっしゃるとおりです」
「ではその後ですが、あなたは代表者への沙汰を言い渡していたシャノンの許可なく割って入って話の腰を折った――そうですね、シャノン」
「はい、おっしゃるとおりです」
ここでようやく先輩が顔を上げた。声ははっきりしているが、顔色はよくない。
(先輩の様子が変ね……)
てっきりテレーゼの失態を嬉々としてあげつらってくるかと思いきや、当の本人は調子がよくなさそうだ。じっと彼女を見つめていると、先輩はテレーゼの視線を受けてふいっと顔を背けてしまった。
(……どういうこと?)
だが考える間もなく、女官長が言葉を続ける。
「テレーゼ・リトハルト。今回の事態は劇団側に完全な非があります。子爵の襲爵とご夫婦のご結婚から間もなく、夫婦でチャリティー活動に参加するのも初めてということで緊張しており、より入念に準備をしてきたはずです。劇団側も、夫妻の名前を連名で記したカードを招待状として送っているはずだというのに、この始末。バノン子爵夫人への暴言と見なし、我々で彼らの沙汰を言い渡す権利があるのは承知ですね?」
女官長の言うとおりだ。
確固とした身分制度の存在するアクラウド公国において、貴族の前では一般市民の存在など風前の塵のようなもの。彼らが貴族に対して無礼を働けば罰を受ける。それは当然のこと。
だから今回の場合、子爵夫人の名前を間違えるという失態を犯した代表者や劇団員は公都からの追放を命じられたり、賠償金を求められたりしてもおかしくない。それは貴族である先輩がある程度判断し、官僚や側近などとの相談を経て国に報告することになっているのだ。
(それは正しいわ。でも……)
「女官長様、ひとつだけ申し上げさせてください」
腹の底から声を出すと、女官長はほんの少しだけ眉を動かした。却下はされないので、「言え」とのことだろう。
「事の概要はシャノン様のおっしゃったとおりです。……しかしわたくしがシャノン様に口を挟んだのは、道理に合わないことをシャノン様がおっしゃったからなのです」
「……それは?」
女官長が真顔で先を促す。
テレーゼはちらっと脇を見――コーデリアが顔をしかめ、先輩が気まずそうに視線を逸らしているのを見、女官長の方に向き直る。
テレーゼは疑わない




