令嬢、裂く
テレーゼは裂いていた。
「……無心、無心。ここでイライラするのは、お門違い……」
テレーゼはストッキングを裂いていた。
正確に言うと、再利用のためにストッキングを裂いていた。
先ほどコーデリアと鉢合わせしたことで不安定になった気持ちを、テレーゼはエコグッズ作りにぶつけることで昇華していた。
今テレーゼが作っているのは、破れたストッキングを活用したはたき。テレーゼは普通の令嬢と比べるとたいへんよく動きたいへんよく転ぶので、支給品のストッキングはすぐに穴が空いてだめになってしまう。
だが、穴が空いても破れても、すぐに捨てたりはしない。
女官が身につけるストッキングは町で売られているものより質がよく、目も細かい。よってストッキングを裂いて束ねれば、細かい埃も逃さず拭き取れるはたきが完成するのだ。他にも、伸縮性に富んでいるので荷紐代わりにも石けんを泡立てる際のネットとしても活用できる。破れたストッキングの行く先は、明るいのだ。
(破れたストッキングでさえ未来が明るいのに、人間たる私がいつまでもグジグジしているわけにはいかないわ!)
ストッキングを鋏で裂き、束ねていると、モヤモヤしていた気持ちもだんだん落ち着いてくる。
テレーゼの手の動きがゆっくりになった頃を見計らってか、そっとメイベルが声を掛けてきた。
「……テレーゼ様、この後夕食には行けそうですか?」
「……うん! いいはたきもできたし、おいしくご飯を食べられそうだわ!」
よし、と一息つき、手元のはたきを見つめる。
(……ちょっとモヤッとはするけど、コーデリア様のおっしゃったことも、私の実力がコーデリア様に追いついていないのも、事実だものね)
「こうなったら……メイベル!」
「はい」
「……こんなところでへこたれるわけにはいかないわ!」
よくなかった点は改善し、「これは貫きたい」というものは曲げない。
「そのためにも、しっかりご飯を食べて、しっかり寝て、明日に備えるわよ! そう、私の未来は明るいの! ストッキングのように!」
「ストッキングの例はいいとしまして、かしこまりました。テレーゼ様が夕食に行かれている間、わたくしの方で安眠効果のあるアロマを探して参ります」
「メイベル……本当に、あなたがいてくれてよかったわ!」
感極まってメイベルに抱きつくが、テレーゼの急な行動にも慣れっこのメイベルは細い両足で踏ん張ってテレーゼの体を受け止めてくれた。
年を取り骨張った感触の目立つようになったメイベルだが、その温もりは子どもの頃から変わらなかった。
「あっ、テレーゼ。コーデリア様のこと、聞いた?」
女官と侍女用の食堂で仲間たちを見かけたので、セルフサービス形式の食事をトレイに載せて彼女らの隣に座ったとたん。
今はちょっと聞きたくない名前が鼓膜をフルスイングしてきて、テレーゼは思わずむせてしまった。
「ちょっ、大丈夫!? パンが気管に詰まった!?」
「いや、まだ食べてないでしょう?」
「確かに。……大丈夫? 水でも飲む?」
「んんっ……大丈夫。それより、コーデリア様がどうしたの?」
リズベスにとんとんと背中を叩いてもらいながら、テレーゼは尋ねる。あまり聞きたくない名ではあるが、気になるのは確かだ。
最初に話題提供してきた仲間はスプーンを手に声を潜めるように前傾姿勢になったため、テレーゼたちも自然と身を乗り出す。
「それがねぇ、さっきリィナ様のお手伝いをしたとかで大公閣下からお褒めの言葉をいただいたそうなの。庭園で見かけた薔薇をリィナ様のために摘んで差し上げたそうなの。棘の処理まで完璧にこなしてね」
へぇ、と皆が感心したような声をあげる中、テレーゼだけは落ち着いていた。一部ではあるがその有様を見ていたテレーゼなので「やはりそうか」という感想しか出てこない。
(そっか……でも確かに、指定された薔薇を摘んで棘の処理もするなんて……私だったら無理だったわ)
本来は庭師の仕事だとしても、そつなくこなす女官。
また、鞄の中には役に立つ道具を入れており、様々な事柄に対処できるよう備えているという証でもある。
「……やっぱりコーデリア様はすごいのね」
「そうね。確か私たちより一つ年下だったと思うけれど、有能な方なのよね。……まあ、絶対に逆らってはいけない相手だけれど」
テレーゼがぽつんと零すとリズベスが同意を示した。どうやらコーデリアの実力を認めながらも怖がっているのはテレーゼだけでないようだ。
食事を終えると、他の仲間の大半は午後の実地訓練後の反省文の続きを書かないといけないらしく、急いで食事を終えて講堂に駆けていった。そのため、テレーゼはリズベスと二人で食堂を出てゆっくり歩くことになった。
(……ああ、そうだ)
「あのね、今日の夕方ジェイドに会いに行ったの」
「えっ?」
「それでね、騎士ってどんな女の子がタイプかなぁ、って聞いたのよ。あ、もちろんリズベスのことは伏せているから」
彼女に誤解されてはたまらないと思って急ぎ付け足すと、リズベスはほっとしたように息をついた後、頬を赤らめた。
「そ、そうなのね。ありがとう、テレーゼ」
「ううん、私が勝手にやったことだから、迷惑だったら申し訳ないんだけど……」
「そんなことないわ! 私はテレーゼみたいな勇気を持っていないから、嬉しいわ」
「それならよかった!……それでね、簡単にまとめるととりあえずしっかり食事を摂って健康でいられたらいいと思うの」
いろいろジェイドから聞き出したが、そのままテレーゼの言葉で伝えると伝言ゲーム事故が発生するのは目に見えていたので、メイベルがまとめてくれた無難な形で伝えることにした。
リズベスは身長はテレーゼと同じくらいだが小食らしくいつも食事量が控えめで、しかも貧血気味だそうだ。明日の朝食からはいつもより多めの量でバランスよく食べると、ジェイド――もとい騎士全般の好みに近づくだけでなく、体調も整うはずだ。
もっと別のことを言われると思っていたらしく、リズベスはきょとんと緑の目を瞬かせた。
「ご飯……そうなの? ちょっと意外だったわ」
「そうねぇ。ジェイド曰く、一緒にご飯をおいしく食べたいらしいの。それから夜はしっかり寝たらお肌の艶もよくなるはず!」
「そ、そうなのね。分かった、気を付けるわ。……ちなみにテレーゼは、気持ちよく寝るのに何かいい方法でも知ってる?」
「そうねぇ……メイベルがアロマを準備してくれるかな。あとは……必殺! 枕の下に入れている帳簿を見てから寝ると、いい夢が見られるのよ、これが! おすすめよ!」
「そ、そう……」
ストッキングが伝線したときには、是非




