令嬢、会員を集める
「あー、それではこれより、『第三回リズベスの恋を応援しようの会・会合』を開催します!」
「テレーゼ様、お茶をどうぞ」
「ありがとう、メイベル。さすが会員ナンバー二ね」
テレーゼは満足そうな面持ちでメイベルの淹れた茶を啜るが、トレイを抱えたメイベルは真顔で、「無理矢理入会させられたのですが……」とぼやいていた。
親友リズベスが騎士団の誰かに片思いしているらしいと知ったテレーゼは部屋に戻るなり、「リズベスの恋を応援しようの会」の設立を宣言した。会長兼会員一号がテレーゼ、ちょうどその場にいたメイベルを引きずり込んで、現在会員二名だ。
なお、リィナや大公にも声を掛けようとも思ったのだが、メイベルにじとっと見られたので声に出すことはなく却下しておいた。頭の中で考えていただけなのに、メイベルは非常に優秀である。
「まずは予定の確認。……明日の私は、午前中講義、午後から先輩女官の付き添いで実地訓練して、夕方から晩ご飯までの間が少しだけ空くはずなの」
そう言いながら、テレーゼはテーブルに広げた紙に素早く計画を記していく。女官見習になってからは勉強用にということで上質な紙を支給されるようになったが、授業で使う以外の自習ノートなどは相変わらず、使用済み雑紙の裏を使うようにしていた。
「だから夕方の時間を使って騎士団詰め所にいるジェイドに会いに行って、ジェイドも『リズベスの恋を応援しようの会』に巻き込む!……メイベル、質問どうぞ」
「はい、二点質問事項がございます。まず、午後からの実地訓練を終えたテレーゼ様に気力が残るのかどうか、そしてよしんば騎士団詰め所に行けたとして、ジェイド様がいらっしゃるとは限らないのではないかということです」
律儀に挙手をしてメイベルが質問してくる。
そんな侍女に、テレーゼはカップ片手にふふんと自信満々に微笑んでみせた。
「抜かりはないわ。……明日は大公閣下が護衛を連れて市街地視察に行かれるの。私たち見習の明日の実地訓練は午後、閣下が戻ってこられるのを玄関でお迎えするというものなのよ。細かい配置は明日にならないと分からないけれど、大丈夫よ」
「なるほど……でしたら以前のように、当日になるまでペアの相手も仕事内容も何も分からない、ということにはならないのですね」
「そういうこと。それからジェイドだけど、明日の夕方は郊外の武具工場から注文していた訓練用剣が届くのだけれど、ジェイドはその監督に当たるそうなの。だから見回りとかも免除されていて、工場から馬車が来るまではフリーらしいの」
「なるほど。……しかし、どのようにしてその情報を仕入れたのですか?」
「門番のおじさまが教えてくれたわ。この前ポテトドッグの作り方で話が盛り上がってね、それから仲良くなれたの。おじさまは、いつ頃馬車が来るかも教えてくれたのよ」
「……はぁ。交友関係を広げられるのは、結構なことです。……つまり、その門番の言葉が信頼できるのならば、明日の夕方、武具工場の馬車が到着するまでの時間を狙ってジェイド様に会いに行くというのですね」
「そう! あ、もちろんメイベルにも来てもらうからね!」
「そうおっしゃると思って、もう既に明日の予定を空けて活動しやすい服を準備しております」
「さすがだわメイベル!」
テレーゼは手元の紙に「参加者・私とメイベル」と書き、ぐりぐりっと丸で囲んだ。
まったく、有能な侍女が付いてくれるテレーゼは幸せ者である。
翌日、午前中の講義と午後の大公お迎えをつつがなく終え、テレーゼはメイベルを連れて騎士団詰め所に向かった。
このために今日、一切の気を抜かずにすべきことを終わらせたのだ。コーデリアたちは見習の失敗を見つけ注意するのに忙しいようで、今日のように見習全体で参加する実地訓練の場合、誰か失態をおかす者がいないか目を光らせている。今日は「姿勢が悪い」ということで二人、「体がぐらついていた」ということで一人、「髪型が気に入らない」ということで三人注意を受け、彼女らは反省文を書かされていた。
(反省文を書かされていたら、ジェイドに会いに行く時間がなくなっちゃうものね。完璧にこなせてよかった!)
なお、コーデリアはやたらテレーゼの周りをぐるぐる回って三白眼で見つめてきていたが、何も言わずに去っていった。どうやら今日の姿勢や態度、髪型はコーデリアの厳しいチェックをクリアすることができたようで、ちょっとだけ自信もついた。
騎士団詰め所周辺にはちらほらと騎士たちの姿もあったが、大半の者はテレーゼを見ると、「おっ、久しぶり!」「女官見習になったんだっけ? 元気そうでよかった!」と気さくに声を掛けてくれた。
大公妃候補時代、ジェイドを連れてあちこちを練り回っていたテレーゼは騎士たちとも顔見知りになっていたのだ。
「早速ターゲット発見! メイベル、捕獲するわよ!」
「せめて、『探し人が見つかったから会いに行くわよ』とおっしゃってください」
なんだかんだ言いつつメイベルも付いてきてくれたので、テレーゼはちょうど詰め所から出てきたところのジェイドに駆け寄る。相手は一人なので、声も掛けやすそうだ。
「ジェイド、お仕事お疲れ様!」
「おや、テレーゼ様。今日のお仕事は終わられたのですか?」
駆けてきたテレーゼを見ると、ジェイドは生真面目そうな顔を少しだけほころばせたようだ。
テレーゼは頷き――そこで少し迷うような素振りで口を開いた。
「ええと、ジェイドにちょっと尋ねたいことがあって。今、時間大丈夫?」
「はい。この後接待の仕事があるのですが、今は休憩時間ですので」
うん、知ってる、と言いたくなったが堪えた。
本当は彼のスケジュールはばっちり把握しているのだが、「それを言うとさすがのジェイド様もドン引――いえ、戸惑われるでしょう」というメイベルの助言があったので、少々気後れはするものの「もし時間があったら嬉しいのだけれど……」スタイルで行くことにしたのだ。
「そう? ありがとう!」
「いえ。もし長話になるようでしたら、詰め所の応接間にお通ししますが。お茶も出しますよ」
「ううん、ちょっとお願いしたいことと聞きたいことがあるだけなの」
いくら休憩時間でも、応接間に通してもてなされるほどのことではない。
そしてテレーゼは姿勢を正し、すっと息を吸った。向かいに立つジェイドもなぜか同じように背筋を伸ばしたようだ。
「ジェイド、お願いがあります」
「はい、内容によります」
「ありがとう! それじゃあ、『恋を応援しようの会』の会員三号になってください!」
「すみません、もうちょっと説明をお願いします」
「了解よ」
テレーゼは手早く、「女官見習仲間が騎士団の誰かに恋をしているらしいこと」と、「自分はそれを応援しようと思っていること」を告げた。
最初はやや怪訝そうな顔をしていたジェイドだが、話を聞くとあごに手をやり、「なるほど」と呟いた。
「テレーゼ様はご友人の恋を成就させるため、ご自分にできることをなさりたいのですね」
「そういうことなの。といっても恋はその子次第だから、もし私に協力できることがあれば……って程度だけどね。それで、騎士であるジェイドにも協力をお願いしたくて」
「そういうことでしたか。……ちなみに私が会員三号ということですが、一号がテレーゼ様、二号がメイベル殿ということですか?」
「そのとおりよ、さすがジェイドね!」
「お褒めいただき光栄です。……そうですね。お互いの仕事の支障にならない程度でしたら、お手伝いさせてください。人の恋路はともかく、お互いの人となりを知ること、そして同じ城仕えの者として女官と騎士が懇意にするのは悪いことではないと思いますので」
さすがジェイドは勢いで全てを解決する節のあるテレーゼと違い、冷静だ。「リズベスの恋を応援しようの会」の未来は明るそうだ。
「ありがとう! それじゃあ早速だけど、ジェイドの好みを教えてくれる?」
「私の……好みですか?」
「うん。ジェイドは、どんな女の子がタイプ? できるだけ詳しくよろしく!」
言うが早いか、テレーゼは隣に立っていたメイベルから手製メモ帳とペンを受け取って構える。何も言わず手を差し出しただけで必要なものを渡してくれるメイベルは、本当に優秀だ。
対するジェイドは小首を傾げ、きりりとした眉を少し寄せていた。
「私の女性の好みを聞いて、いかがなさるのですか?」
「『騎士の好み』の一般論を知っておきたいのよ。ということで……身長は高い方がいい? 髪型は? 趣味は? 大人しいのと活発なのだとどっちがタイプ? むっちりタイプとスマートタイプだとどっちがいい!?」
「はぁ……女性の好み、ですか」
ジェイドは質問内容が予想外だったのか、難しい表情でかなり迷っているようだ。テレーゼの護衛だった頃の彼はどんな質問にもそつなく返答できていたと思うのだが、もしかすると自分自身についてのこととなると即答が難しくなるのかもしれない。
ジェイドがちらっとこちらを見て、わずかに目を細めた。テレーゼがうんうん頷きながらそわそわとペンを握り直すと、彼は少しだけ遠い眼差しになった。
「……今まであまりそのようなことを考えたことがないので、難しい質問ですが……そうですね。あえて言うなら健康的で、家庭的な女性がいいですね」
「家庭的……お料理とかが得意ってこと?」
「私は体を動かす仕事に就いているので、よく食べます。となると、料理を作るのが得意だと嬉しいですし、騎士仲間もよく『嫁さんができたら毎日うまい飯を作ってほしい』とか言っていますからね」
「なるほど。ご飯を作れる子がいいと……それじゃあ、一緒にご飯食べるのとかは?」
「ああ、それもいいですね。さっきも言ったように私は体力維持のためにもよく食べる人間なので、一緒においしく食事ができる人だと楽しそうです。加えて、好き嫌いしない人だと非常に印象がいいですね」
「好き嫌いしない、と……。小食じゃなくてたくさん食べる人の方がいい?」
「どちらかというと」
考えながらしゃべっているようで、ジェイドはゆっくりと答えた。
それとは対照的に、テレーゼの右手のペンは凄まじい勢いでメモを取っていく。
(家庭的、偏食せずご飯をよく食べる、健康的……なるほど、なるほど……)
「参考になったわ。ありがとう、ジェイド!……あら、門のところに馬車が来ているわね。お客様?」
「ああ、あれが私が接待する予定の客です。……すみません、テレーゼ様、そろそろ失礼します」
「うん! お仕事頑張ってね!」
それとなく馬車の到着を教えると、ジェイドは挨拶して駆け足で門の方に向かっていった。
彼の背中を見送ったテレーゼはにまっと笑い、メモ帳を捲る。
「ふふ……これはかなり有益な情報だったわ!」
「いかがですか、テレーゼ様。何かよい案でも?」
「そうねぇ……」
腕を組み歩きながら脳裏に描くのは、ジェイドの――ひいては多くの騎士たちにとってのタイプと言えるだろう女性像。
今回得られた情報は、「料理ができて何でもよく食べる健康的な女性」ということ。
(野菜もお肉もよく食べるということは、体型はそこそこがっしりしているはずね。健康的ということは、女性でも最低限の筋肉は付いているということ。そして料理が得意ってことは、今組み立てた像にエプロンを着せてフライ返しを持たせて――)
テレーゼは、想像した。
そして、とても後悔した。
「……私の想像力が貧相なのがいけないのかしら」
「テレーゼ様?」
「いえ、何でもないわ。……リズベスにはとりあえず、しっかりご飯を作って食べて太るようにって言えばいいかしらね。リズベス、細いし」
「それだととんでもない語弊を招きかねないので、部屋に戻ってからわたくしがリズベス様への助言内容をまとめますね」
「さすがだわ、メイベル。頼んだわ」
そんなことをしゃべりながら城への道を歩いていたテレーゼだが、ふいにメイベルが小さく息を呑んだ。
「テレーゼ様、回避を――」
「……おや、あなたはテレーゼですか」
しましょう、とメイベルが言葉を続けたが遅かった。
彼女の声に被せるように響いてきたのは、きんと冷えた若い娘の声。
筋肉+エプロン+フライ返し=???




