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大公妃候補だけど、堅実に行こうと思います  作者: 瀬尾優梨
書籍化感謝SS(書籍を読む前に履修推奨)

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はじまる前の物語・リィナ 2

 いよいよレオン大公の妃選びが始まった。


「あら……今日もお茶会が開かれていますね」


 同僚と並んで廊下を歩いていたリィナはふと、眼下の光景を目にして足を止めた。

 きれいに刈られた芝生に、花壇を彩る季節の花々。天気もいいし風もほとんどないので、白銀のガゼボの下では本日も令嬢たちによるお茶会が開かれているようだ。


 約三十人の令嬢たちが城に集まり、一ヶ月間滞在することになった。その間彼女たちの日々の様子や振る舞いなどを観察し、大公が妃選びの材料にするのだという。


「そうだな。……ああ、あんまりじっくり見るなよ」

「そうですね」


 やんわりと同僚に注意され、リィナはそっと身を翻して窓辺から離れた。

 今は歩いていて偶然お茶会の様子が見えただけだが、もし令嬢に見とがめられて「官僚風情で高みから見下ろしてきた」などと言われてしまえば、リィナたちには太刀打ちできない。


 リィナたち平民出身の官僚と貴族階級出身の騎士や女官、側近たちは同じ公城という場所で働いているが、その立場は天と地ほどの差がある。騎士たちと廊下ですれ違えば必ず道を譲らなければならない。以前、リィナがゴリマッチョ騎士を紹介されて断るのに難儀したのも、同じ理由だ。


 城仕えの者同士でも差があるのだから、生粋の令嬢と自分たちとではそれ以上の隔たりがある。しかも今回招かれているのは伯爵家以上の由緒正しい貴族の娘ばかり。リィナのような平民が話しかけたりするのはおろか、目を合わせることすらよしとされていないのだった。


 書類を抱えて官僚の部屋に戻ると、自分のデスクに回覧用のファイルが置かれていることに気づいた。中身の書類の重要度によってファイルの色が違うのだが、今回は「該当者のみ要確認」を表す青色だ。

 名簿にチェックだけして次の人に回そうと思いながらファイルから書類を出したリィナは、ほぼ同時に背後から声を掛けられた。


「ああ、ベルチェ。あなたはそれを見ておいても損はないと思うわよ」

「これ、ですか?」


 リィナに声を掛けたのは、三十代半ばの女性上司。

 振り返ったリィナに頷きかけ、上司はペンの先でリィナが持つ青いファイルを示した。


「それね、今度ソフィア太后殿下が主催なさる音楽会の要項よ」

「……私には関係なさそうですが」

「人の話は最後まで聞くものよ? ……まあ、読んでみなさい」


 上司に言われ、リィナは着席して書類に目を通した。

 彼女の言うとおり、それはレオン大公の母であるソフィア太后の主催する音楽会に関する書類だった。しかも、開催するというお知らせだけでなく、「参加者募集」とある。


「……王城関係者ならば、身分を問わずに参加できるのですね」

「ええ。……実はね、我が官僚部からも数名選出しようということになっているの」


 上司の言葉に再び振り返り、リィナは目を見開く。


「官僚部からもって……これ、そうとは書いていませんが、大公妃候補たちのために開かれるのではないのですか?」

「確かに、ソフィア太后殿下は大公妃候補たちが自分たちの才能をアピールするため……逆に言えば大公閣下の花嫁探しに協力するために会を主催なさるはずよ。でも、城仕えの人間なら私たちでも参加できる。……官僚長はね、これにエントリーして官僚が受賞できれば、箔を付けることになるかもしれないって考えているのよ」


 上司曰く。

 貴族平民問わず参加できるこの音楽会は、おそらく大公の花嫁探しの一環として行われる。となれば、ソフィア太妃の管轄に入るだろう審査員は身内贔屓などせず公平に判断をしてくれるはずだ。

 もちろん、大公妃候補の令嬢たちのほとんどが参加するだろう。そのときは令嬢と官僚が勝負することになるだろうが、身分問わず上手な者が受賞するはずだ。


 もし官僚が令嬢に勝ったとしても、それを判断したのは審査員であり、最終決定を下すのはソフィア太后だ。太后はいまだに社交界の女王として皆を魅了する、大公国の女性の頂点に立つ存在だ。まともな考えを持つ令嬢ならば、審査結果に異議を申し立てることがあればそれはすなわち、ソフィア太后の審美眼を疑ったことになると理解するはずである。


 だから、身分を気にせず挑戦することができる。そしてもし受賞できれば、「官僚部にも、芸術に通じる者は存在する」ということでアピールにもなるのだという。身分差で普段肩身の狭い思いをしがちな官僚部にとって、これとないチャンスだ。


「ベルチェ。あなた、上級学校から送られてきた成績表では一般教養科目以外にも音楽でかなりいい成績が出ていたじゃない。あなたも参加を考えておくといいわよ」

「えっ……いえ、確かに音楽は弦楽で専攻しましたが、太后殿下の御前で披露できるようなものでは……!」

「まあまあ。官僚部内でも選考はするから、もしよかったら、くらいに考えていてちょうだい」

「……はい」


 リィナは改めて書類を読んだ後、名簿の自分の名前の横にチェックを入れ、隣のデスクに回した。








 上司に言われたことだから、そこまで気乗りはしないが一応エントリーだけはしておこう。どうせ、部署内選考で落ちるに決まっているのだから。


 そう安易なことを考えていたリィナだが、あれよあれよという間に官僚部代表となってしまった。そうしてどうしてこうなったのか、弦楽部門で優秀賞をもらってしまい、逆恨みされた令嬢たちに取り囲まれる。


 さてどうしようかと思っていたときに、ローズブロンドの令嬢と運命の出会いを果たすのだが……それはまた、別の話。

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