はじまる前の物語・リィナ 1
大公レオンが、妃候補を城に集めることになったらしい。
「あー……ついに閣下も妃を迎えてしまうのかしらねぇ」
「閣下の姿を遠目に見られるのが私たちの日頃の楽しみだったのにねー」
「そりゃあ、閣下の結婚となったら国を挙げてのお祭りだしめでたいことだけど、私たちの心の癒しが一つ減ってしまうのは寂しいわねぇ」
そんなことを話しながら食事をしているのは、二十歳前後くらいの年頃の女性たち。
今は比較的ラフな私服姿の彼女らだが、その職業は城仕えの官僚。日中は濃紺の制服を着てバリバリ仕事をする彼女らだが、制服を脱げばそこにいるのは妙齢の乙女たち。
本日の仕事を終え、夜勤の同僚と交代した彼女らは連れだって城下町の食堂にやってきていた。官僚となると一般市民階級としてはかなりの給料になるのだが、高級料理店ではなくあえてさわがしい食堂を選んだのは、肩の力を抜いておしゃべりしつつパカパカ酒が飲めるからである。この国での成人年齢は十六、酒が飲めるのは十八なので、ここにいるメンバーは全員酒を飲むことができた。
「ただでさえ閣下は滅多に人前に出られないのに、妃まで迎えられてしまったら余計遭遇率が落ちそうな気がするのよー」
「それに、奥方をお持ちの方に懸想するのはちょっと……ねぇ?」
「分かる分かる。閣下が美貌の独身だから、私たちは遠慮なく追っかけができるのよねー」
普段はきりっとして職務に向き合う彼女らも、今はひとりの女性。
彼女らの大半は、我らが主君レオン大公閣下にご執心だ。といっても、あわよくば花嫁に……なんて大それたことは考えていない。「美しいものは、遠くから愛でるもの」が信条なのだという。
「あー、閣下みたいな麗しい彼氏がほしー……ねぇ、リィナ。あんたは何かおもしろい話でも持っていないの?」
「……私?」
それまで専ら聞く側で、酒も控えめにしてひたすら料理を食べていたリィナ・ベルチェは食事の手を止めた。
リィナは同僚たちの恋愛話を聞くのは嫌いではないが、自分がその中に積極的に入ることはなかった。それなのに毎度お呼ばれに応じているのは、黙っていても問題はないしおいしい食事にありつけるからである。
「そう。リィナって閣下にもあんまり興味なさそうじゃない」
「もしかして、閣下みたいなスマート美男子よりガチガチ筋肉のマッチョが好みだったりして?」
くふふ、と笑いながら尋ねてくる同僚は、顔色こそいつもと変わらないがかなり出来上がっているようだ。
リィナは彼女のために冷たい水を注文し、苦笑した。
「私は……特に好みも何もありません」
「本当?」
「そうですね……あえて言うなら、誠実で優しい方がいいですね」
少なくとも自分はゴリゴリマッチョが好きというわけではないはずだ。以前世話焼きの上司に、「ベルチェの好みかと思って」と、親指と人差し指でコインを曲げられるのが自慢という騎士を紹介され、断るのに難儀したことがあったので、面倒なことになる前に先手を打っておくことにした。
「誠実で優しい」なんて抽象的すぎるな、と自分で言っておきながら申し訳ない気持ちになったのだが、同僚たちはあっさり納得の表情になった。
「あー、分かる」
「意地悪は好きの裏返し、とかほざく男がいるけど、あんなのただの自己満足じゃん」
「分かる。女の方は本気で嫌がってんのに『そんなこと言って、本当は好きなんだろう?』とか、頭の中にマシュマロでも詰まってんの?」
「分かる……あ、まずい、ちょっと酔いが回ったかも。寝る」
「はいおやすみー。……すみませんー、お水くださーい!」
どうやら皆、かなり酔っているようだ。
貸し切りの個室なのをいいことに寝る者、なおもワインをどんどん開けていく者、「この前の彼がー」「分かる」と据わった目で語る者。そしてひたすら料理を食べるリィナ。
……好きになるならやはり、優しい人がいい。
父親が官僚で、その背中にあこがれて自分も城仕えの道を歩んだ。勉強を頑張り、誠実であるように心がけてきた。そうしていると自然と、付き合う友人たちも似たような趣味・嗜好を持つ者に限られてくる。
だからか、先ほどの同僚も口にしていたように「意地悪」な人は苦手だった。
もし交際するなら、たくさん愛情を注いでくれる人がいい。恋愛ごとはもちろん、手先も不器用な自分をリードしてくれる人がいい。
柄にもなくそんなことを考える自分も、ひょっとしたらかなり酔っているのかもしれなかった。




