はじまる前の物語・レオン 2
「閣下、招集を掛ける令嬢の一覧が完成いたしました」
「ご苦労。見せてくれ」
書き物をしていたレオンは、ころっとした大臣から書類を受け取った。アクラウド公国には複数の大臣がいるが、このボールのような体型の小柄な大臣はレオンの教育担当でもあったため、大臣の中でも重用していた。
書類には一枚につき一人、令嬢の詳細が記録されている。国内に未婚の令嬢は数多くいるが、レオンはその中でも「年齢は十代後半から二十歳まで、伯爵家以上の者」と指定した。大臣たちはやや物問いたそうな顔をしていたが、レオンの無言の気迫に押されたからか何も言わず指示に従った。
年齢と身分を指定したのはもちろん、「あの子」を探すことを優先させたためだった。十年前、庭園の噴水前で出会った彼女はレオンと同じか、少し年下に見えた。そして彼女と出会った日の夜会に招待されていたのは、伯爵家以上の貴族だった。もちろん例外もあるし、「あの子」が見つからない可能性もある。
だがここで見つかれば嫁探し問題をだらだら引きずらなくて済むだけでなく、「あの子」を唯一の妻として迎えることができるのだ。煩わしいことが嫌いで、そして――若干執着心の激しいレオンにとって、ありがたいばかりである。
そうして大臣たちが集めた令嬢のデータは、約三十人分。一番上には由緒正しき公爵家の娘であり、才色兼備と名高いクラリス・ゲイルードの肖像画付き身上調書があった。どうやら公爵家、侯爵家、伯爵家の順で並べられているようだ。
「……クラリス・ゲイルードは美人で、かなり気の強い女性だったか」
レオンのつぶやきに、例のころっとした大臣が頷く。
「私もそのように伺っております。ゲイルード公爵自慢のご令嬢ということですが……ひょっとして閣下は、ゲイルード公爵令嬢が気に入られましたか?」
「肖像画を見ただけでは何とも言えない。だが……はっきり自己主張のできる女性は、きっと私と波長が合うと思う。黙っているだけでは何を考えているか分からん」
レオンがつぶやくと、大臣は「なるほど」と相づちを打って資料の確認作業に戻った。余計なことを言わず、なおかつレオンの質問には丁寧に答え職務に忠実な彼だから、レオンは心を許すことができるのだ。
目を細めて数枚資料をめくったレオンは、ある令嬢のページで指の動きを止めた。
「リトハルト……確かここは、先代侯爵の代に飢饉に見舞われたところではないか」
「左様ですな」
「おい、ここに『令嬢の趣味・内職』とあるが、なんだこれは」
「わたくしめにはなんとも言えませんが……調査に向かった官僚や騎士がそのように判断したようですな」
大臣がこちらにやってきたので、レオンは彼と一緒に「テレーゼ・リトハルト」の項目を読み上げる。趣味だけでもたいしたものだったが、そこに記されている特記事項を読むにつれ、だんだんレオンの眼差しが険しくなっていった。
「……なるほど。先代の飢饉から立て直すことができておらず、令嬢自ら働かねばらならないということなのか。……国から貴族には支援を出しているだろう。まさか、リトハルト侯爵家に支援が行き渡っていないのか?」
「いえ、階級に応じた支援金は確実に手配しております。が……」
「それでは追いつかないほど、苦労しているというのだな」
レオンはリトハルト侯爵令嬢のページを開いたまま、腕を組んだ。国中の女性が見惚れると噂されている美貌を持つ彼だが、今その眉間には深い縦皺が刻まれている。
父の代からの課題を確実に潰してきていると思っていたが、困窮している貴族に必要な支援を与えられていなかった。これは彼の落ち度だろう。
「……生活に苦しんでいる令嬢を城に呼ぶのは酷かもしれませんが、閣下は如何様にお考えですかな?」
「……城への参上を承諾した家には頭金を手配することになっていただろう。あれは毎年の支援金と同様に階級に応じて振り分ける予定になっていたが……変更案を今度の議題に挙げよう」
「各貴族の状況に応じて配分を変えると?」
「全ての国民がよりよい環境で生活できるようにするため……という名目であれば、金に執着する連中を黙らせられると思うのだが?」
それまでの険しい顔つきから一転、不敵な笑みを浮かべるレオンを見、大臣はやれやれとばかりに肩をすくめた。
「……次回の議題で検討いたしましょう」
「ああ、よろしく」
レオンは大臣から手元の指輪へと視線を移した。
この指輪から花を咲かせられる、唯一の女性。
その人と手を取り合って、アクラウド公国をよりよいものにしていくのだ。
――大公妃候補たちが集まるまで、あと二ヶ月。




