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大公妃候補だけど、堅実に行こうと思います  作者: 瀬尾優梨
web版続編

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テレーゼの贈り物

 娘の態度にコリック伯爵夫妻がわずかに顔をしかめたが、それより先にテレーゼは手を鳴らして使用人を呼んだ。


「ありがとうございます、皆様。……わたくしの方から皆様に贈り物がございます」


 テレーゼに呼ばれた使用人が部屋を出て、すぐに例の木箱を抱えて戻ってくる。サフィーアの態度から意識を反らした伯爵夫妻も、ほう、と笑顔になる。


「これはこれは、感謝します」

「こちらこそ、非常にすばらしい綿製品をいただきましたので。綿製品には遠く及ばないでしょうが、我が領の最良品を持って参りました」


 使用人がガラスのテーブルに木箱を置き、包装紙を外して蓋を取る。箱の中を覗き込んだコリック家三人が、同様に目を丸くする。


「これは、ハーブですね」

「いい香り……あら? でもこれだけ量があるのだから、もっと匂いそうですけれど……」

「ええ、こちらはリトハルト領でも自慢のハーブです」


 テレーゼはにっこり笑い、ミニブーケのように束ねられたハーブの固まりを取り出す。


「こちらはローシェ。魚料理に愛用されます。こちらのマシェルと違って、調理後は取り除く必要がありますが、マシェルよりも香りがよいのが特徴です」


 テレーゼはハーブを手に説明するが、なんてことはない、ほとんどは両親とジェイドの知識だ。

 リトハルト領はハーブ栽培が最近ブームなのだが、あいにくテレーゼはハーブに詳しくない。彼女よりよほど、サバイバルでハーブを見分けてきたジェイドの方が詳しいくらいだ。


「ハーブにも色々種類はありますが、今回は匂いが弱めのものを揃えて参りました。ローシェなどは熱することで匂いが付くのです。また、どのハーブも栽培がしやすく、繁殖力は並み程度なのでお庭でも栽培が可能です。ミントなどだと繁殖力が高くてすさまじいことになるのですが、これらの種を取って植えると、蔓延ることなく育てられます。どれも市場で買うとかなりの値になるのです」

「確かに、どれもこれも普通に買おうとすると相当な値になるそうですね」


 コリック伯爵も感心したように言う。これらのハーブは種からリトハルト領民が厳選したので、きっとお眼鏡に適うだろうと思っていた。


 ただ、貴重な種を譲ることで領民の儲けががくっと落ちてしまう。それでも彼らは「お嬢様のために!」と我先にとハーブを準備してくれたそうだ。彼らの想いに、テレーゼの胸が熱くなる。


 ハーブは市場で買うと高いが、直出荷できるわけでもないので思ったほどの利益は出ない。いずれリトハルト領も、新しい名産物を発掘する必要がありそうだ。


「リトハルト領はご存じの通り、豊かな土地ではありません。それでもこのハーブは民たちが一生懸命荒れ地で育ててくれたものです。どうか、お納めくださいませ」

「そんなに貴重なものを……ありがとうございます、テレーゼ嬢」


 三人は満足そうな顔をしている。ひとまず、領地からの贈り物は気に入ってもらえたようだ。

 テレーゼは一息つき、バッグの中から小さな袋を取りだした。


「そしてこちらは……サフィーア様。サフィーア様への贈り物です」

「……わたくしに?」


 ハーブだけだと思っていたのだろう、サフィーアが顔を上げ、不思議そうに眉を寄せる。


「はい。サフィーア様には一年前、お化粧品などを貸していただいたという恩がございます。あの時はろくにお礼もできませんでしたので、わたくしからのお礼も兼ねております」

「……そうですか。そういうことなら」


 サフィーアはテレーゼに向き直り、テレーゼが差し出した小袋を受け取った。


「ありがとうございます、テレーゼ様。今開けてもよろしいでしょうか」

「はい、もちろんです」


 テレーゼはソファに座り直し、じっとサフィーアの指先を見つめる。コリック夫妻も、興味を惹かれたように娘の手元を見ている。


 どくん――と、心臓が嫌な音を立てる。


(ううん、大丈夫)


 ちらと横を見ると、ちょうどジェイドもテレーゼの方を見たところだった。彼はゆっくりと頷き、家族からは見えないよう、テーブルの下でテレーゼの左手を優しく握ってくれた。

 サフィーアが包装紙のリボンを解き、リボンだけで口を縛られていた布がぱらりとサフィーアの膝の上に広がる。


「……まあ!」


 最初に声を上げたのは、コリック夫人。口元に手を当て、感嘆の声を上げた。


 包装紙から顔を覗かせたのは、小さなポーチ。それこそ、包装紙のように口元を紐で縛る形になるものだ。

 袋の中には既に中身が入っているので、持ち上げると少しだけ重たく、形が崩れることもない。紐の部分は手編みで、縛る部分には青いガラス玉が通されている。


 そしてテレーゼの一番の自信作の部分。それは、ポーチの口部分を飾る大輪のユリの花だった。

 ユリと言っても、生花ではない。テレーゼが端切れで作った布製の造花だ。


 ポーチもユリの部分も全て端切れなのだが、布の品質は最上級品だ。テレーゼはメイベルと共にクチュリエールを訪れ、端切れを買い取った。オーナーは不思議そうな顔をしていたが、話をしていると彼女も端切れの始末に困っていたそうなので、ちょうどよかったと語ってくれた。


 布はそれこそ、城の夜会でも着ていけるドレスと同じ素材。ただしあまりにピースが小さすぎ、これ以上は用途がない端切れたち。


 それらを買い取って、ポーチとユリを作った。純白の絹を使ったユリは中でも最高傑作で、少し離れたところから見ると本物と見まごうような出来になった。


 テレーゼは目を丸くするサフィーアを見、すうっと息を吸う。ここからが勝負だ。


「サフィーア様、そのポーチはわたくしが手縫い致しました」

「テレーゼ様が……?」

「はい、サフィーア様は花がお好きと伺っております。そこでわたくしはサフィーア様にと、ユリの造花を作ったのです」


 サフィーアは黙っている。テレーゼはゆっくりと言葉を紡ぐ。


「そのポーチは普段持ち歩く用途ではありません。中を開けてくだされば分かるように、その袋には紅茶の茶葉やハーブを乾燥させたもの、ドライフラワーなどを入れるようになっているのです」

「……確かに、中には茶葉が入っているようですね」


 テレーゼに促されてポーチを開けたサフィーアが呟く。ここもテレーゼもジェイドたちと考えた、「テレーゼらしい」ところだ。


 いつぞや、高価な茶葉が床にぶちまけられたことがある。テレーゼは後ほど、その茶葉を回収した。というのも、床に落ちた茶葉はさすがに飲料にはできないものの、消臭剤として再利用できるのだ。

 味の悪い低価格の茶葉なども、こうして新たな用途で活躍させられる。「もったいない!」精神が爆発したテレーゼが幼い頃に教わったアイディアだ。


 今回は、茶葉をガーゼでくるんで中に入れている。試作品をジェイドに押しつけたりしたので、ちょっとの衝撃ならば中身が零れることもないだろう。茶葉が古くなったら、ハーブや花でも何でも入れられる。見た目も可愛らしい造りになっているので、テーブルの上に置いておくだけでもインテリアになる。


 ――ということを、テレーゼは言葉を選びつつ説明する。茶葉に関しては、「置いておくと下手な芳香剤より効果がある」と説明した。まさか試作品をジェイドのブーツに突っ込んだとか、「消臭」とか、やたら正直に言うのは憚られた。かといってハーブやドライフラワーの匂いは好みが人それぞれなので、無難な茶葉にしたのみだ。


 サフィーアは黙ってテレーゼの説明を聞いていた。あまりにも静かすぎてテレーゼの方が不安になってくるが、別に無視していたわけではないようだ。


 テレーゼが話し終えると、サフィーアはこっくりと頷き、ポーチを胸に抱えて立ち上がった。


「ありがとうございました。少し、外の花の様子を見て参りますね」

「え? あ、はい……」


 まさかそう言われるとは思わず、テレーゼはあっけにとられて返事をするしかない。サフィーアは立ち上がり、さっさと応接間から出ていってしまう。


「っ……姉上……!」

「待ちなさい、ジェイド。……申し訳ありません、テレーゼ嬢。娘が無礼を……」

「いえ、いいのです。それより……サフィーア様のご気分を害してしまったのかと……」


 テレーゼがおずおずと言うと、コリック夫人がゆるゆると首を横に振った。


「そうではないのです。……テレーゼ様、サフィーアには込み入った事情がありますの」

「はい……」

「おそらくサフィーアは庭が見えるテラスに移動したのでしょう。……どうか、あの子の話を聞いてあげてくれませんか」


 はっと、隣でジェイドが息を呑む。おそらく、実弟であるジェイドも知らなかったことがあるのだ。


(サフィーア様はそれを教えてくださろうとしている。だから、席を移動した……?)


「……分かりました。しばし席を空けます」


 テレーゼはすぐさま立ち上がり、一礼して応接間を後にした。

コリック家姉弟のネーミングはお察しください

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