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大公妃候補だけど、堅実に行こうと思います  作者: 瀬尾優梨
web版続編

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33/95

父の試練

リトハルト家訪問編

少しだけ長いかもです

 テレーゼとジェイドは揃って二日間の休暇をもらい、リトハルト家とコリック家への婚約許可願い訪問に向かった。


 テレーゼは給料で買ったライムグリーンのドレスを羽織り、髪はリィナが呼んでくれた侍女に頼んで華やかなシニョンに結い上げてもらった。化粧もしてもらい、仕上げにジェイドが贈ってくれた髪留めを飾る。


 待ち合わせ場所まではメイベルに着いてきてもらい、その後は待たせていたコリック家の馬車に、ジェイドと共に乗る。結婚を予定する二人が貴族同士の場合、両者の身分にかかわらず、男性側の実家の馬車を使うことになっているのだ。


 馬車に揺られつつ、テレーゼは向かいの席に座るジェイドをしげしげと観察していた。


 暗い茶色の髪はぴっしりと櫛を通して整えられており、いつもは前髪で隠れている額が見えており、なかなか新鮮だ。着ている服はいつもの近衛の制服ではなく、貴族の子息が公の場で着用する礼服。喉元をクラヴァットで締めており、濃い青色の上着が彼のがっしりした体躯をより魅力的にみせているように思われる。


 テレーゼは出発前にメイベルに渡された扇を顔の前で広げ、ううむ、と低く唸る。


(なんてこと……私よりよっぽど、ジェイドの方が様になってるじゃない……)


 ジェイドは耳ざとくテレーゼの呻き声を耳にしたそうだ。彼は窓の外にやっていた視線をテレーゼに向けてきた。


「テレーゼ様、体調が悪いのでしょうか?」

「……い、いえ、そんなこと……ないわ……」

「ならよかった。せっかくのあなたの愛らしい姿を堪能できなくなったら困りますからね」


 さらりとジェイドは軽いアッパーを食らわせてきた。扇一枚で守備力が上がるはずもなく、真正面から彼の無意識攻撃を喰らい、テレーゼは再び呻く。


(ま、またサラッと言ってきて!)


 実はジェイドは待ち合わせ場所で合流するなり、「とてもお美しいです」「このままかっさらいたいくらいです」とテレーゼの反撃を許さない連続攻撃を見舞ってきたばかりなのだ。テレーゼも負けじと「そう言うジェイドだって格好良いわ!」と褒めちぎったのだが、そうすると「可憐なあなたの前では、私なんて霞んでしまいます」と、受け流された上にカウンターを喰らわされた。なぜだ。


 真面目で実直、甘い台詞なんて言いそうにない風貌のジェイドがさらりと褒めてくるのだから、破壊力が凄まじい。あれだ、前にマリーがどこからか聞きかじってきた「ギャップ」というやつだ。


(……くっ、負けるな、テレーゼ! こんなんだったら、お父様たちにもジェイドのご家族たちにも認められないわ!)


 テレーゼは扇に隠れてうんうん頷き、決意を新たにした。









 初日の訪問先は、テレーゼの実家リトハルト家。


 結論から言うと、家族はジェイドを見て超歓迎ムード満開で、ミーハーなマリーとルイーズはキラキラの笑顔で、「格好いい騎士様!」「握手してください!」と会話開始十分程度ですっかりジェイドに打ち解けてしまった。

 書類上リィナもリトハルト家の一員なのだが、さすがに次期大公妃をここまで呼びつけるわけにはいかない。呼んだら呼んだですさまじい数の護衛を付けることになり、結婚承諾云々の話ではなくなってしまう。


 よって今この場にいる関係者は、テレーゼの両親とエリオス、マリー、ルイーズ、そしてテレーゼとジェイドのみだった。


 父は先ほどから何やら考え込むように黙っているが、母の方はジェイドと面識があることも手伝ってか、最初こそ強ばっていた頬をすぐに緩めた。


「……あなたのようなしっかりした方がテレーゼを見つけてくださって、わたくしたちは感謝しております」

「いえ、私の方こそテレーゼ様にはいつも元気をもらっています。……大切なご息女を貰い受けること、どうかお許しください」

「わたくしには異論はありません。……エリオス、あなたは?」

「僕は……」


 エリオスはやや複雑そうな顔でジェイドを見ていた。きゃっきゃとジェイドにまとわりつくマリーやルイーズのように楽天的にはなれないのだろう。


 テレーゼは弟の正面の席に座り、ぎゅっと拳を膝の上で固める。


(大丈夫よね、エリオスも認めてくれるんだよね……?)


 どうやら隣の席のジェイドも緊張しているようだ。彼も瞬きせず、エリオスの顔を見つめている。

 エリオスはかなり悩んだように口を開閉させていたが、やがて大きく息をついた。


「……姉は、僕の自慢の姉です。ジェイド殿、どうか姉を……お願いします」

「……感謝します、エリオス殿」


 そう言ってジェイドが立ち上がり、エリオスと握手を交わした。次期当主であるエリオスとの友好の握手。それはジェイドがテレーゼの父親の代のみならず、次世代でもリトハルト家と親交を結ぶことができるという証だった。


 テレーゼはほっと息をつく。家族の中で一番生真面目なのがエリオスだから、彼をクリアすれば万事収まるだろうと予想していた。


 ……だが。


「……あなた、あなたも異論はありませんね?」


 母が隣に座る父に声を掛ける。父は先ほどから喋っていないのだ。

 ジェイドがソファに腰を下ろし、今度は父に向き直る。


「オーウェン・リトハルト殿。どうかご息女との結婚をお許しください」

「お父様、私からもお願いします。ジェイド以外の人とは結婚したくないのです。幸せになりますから……お願いします」


 いつになく難しい顔の父に、テレーゼも焦って懇願する。


(まさか今になってお父様、反対するなんて言わないよね……?)


 父は娘とジェイドに見つめられ、ゆっくり口を開いた。


「……テレーゼは、昔から我が儘を言わない子だった。たまに無茶なことを言っても、それらは全て私たちや領民たちのことを思ってのこと。だから……こんなに必死になる娘を蔑ろにするわけないだろう」

「お父様……」

「いいだろう、テレーゼ。我々からは異存はない。明日、コリック家で同じように二人の絆を証明してみなさい。……ただし」


 ふわっと気分が高揚するテレーゼ。だが父は視線をジェイドに動かし、立ち上がった。


「……ジェイド殿、あなただけに少し用事がある。来てもらえないだろうか」

「えっ……」

「テレーゼ、おまえはここにいなさい」

「でも……」

「大丈夫ですよ、テレーゼ様」


 さっと青ざめて立ち上がりかけたテレーゼを制したのは、ジェイドだった。

 彼は父に続いて立ち上がり、おろおろと目を彷徨わせるテレーゼの肩に手を乗せ、優しく微笑んだ。


「少しだけ、待っていてください。そして明日、一緒に我が家に向かいましょう」

「うう……。……分かった、約束よ!」

「必ずや」


 ジェイドは力強く頷き、一足先に応接間を出ていった父に続いてテレーゼの前から姿を消した。

 テレーゼは唇を噛み、父とジェイドが出ていったドアを見るのみだ。


(お、お父様は一体何を!?)


「待つしかないですよ、姉様」


 テレーゼの心を読んだのか、エリオスがゆったりと言う。部屋にいるのが身内だけになったからか、彼はカチコチに固まっていた体を弛緩させ、穏やかにテレーゼを見つめてきた。


「だいたい分かるでしょう? 男親ってのが娘の婿に何をしかけるのか」

「な、何って……」

「小説にもよくある展開ね。……まあ、あの人にもそういうお茶目な部分があるのだと、諦めなさいな」


 エリオスに続いて母も諦めたように肩を落とす。マリーとルイーズは「騎士様」がいなくなって不満らしいが、今度はテレーゼの方に擦り寄ってきた。


「そうそう! 騎士様なら大丈夫!」

「姉様、笑顔笑顔! 騎士様が帰ってきたら、笑顔でお迎えするんだよ!」

「…………そう、ね。分かったわ」


 テレーゼはぽんぽんとマリーたちの肩を叩き、使用人が淹れてくれたお茶を口に含んだ。


 今は、待つしかない。








 テレーゼの父が向かったのは、リトハルト家の屋敷の裏庭だった。

 裏庭と言っても、日当たりは悪くない。あちこちに掘り返された土の山のようなものがあるので、ひょっとして庭師たちが新しい花壇を作っている途中なのかもしれない。


 ジェイドが建物の角を曲がると、テレーゼの父はジェイドに背中を向けて物置に体を突っ込んでいた。上質な服を着ているのにそんなところに体を突っ込んでいいのか、と思ったが言わないでおいた。


「……改めて、ジェイド殿。テレーゼに求婚したということ、私は非常に有難く思っている」


 ジェイドが追いついてきたため、テレーゼの父は振り返った。


「あの子から聞いているかもしれないが、あの子にはかなり辛い生活を強いてきた。エリオスたち以上に、あの子は長子であることもあり、華やかな生活を与えることもできず、我々のために小さな手に針を握り、裁縫をしてくれた。斧を持って薪を割り、馬車も使わず徒歩で買い出しに行ってくれた」


 ジェイドはゆっくりと頷く。今より少しだけ幼いテレーゼが一生懸命パッチワークをし、力仕事をし、街で値切り交渉をしている姿が容易に想像できる。


「そんなあの子を幸せにしてくれるなら、それでいい。……ただし、だ」

「はい」

「娘はあなたの元に嫁入りする。だが同時にあなたは私の義理の息子になる。……そういうわけで、ひとつ、あなたの力を試したい」


 来たか、とジェイドは後ろ手に回した手に力を込める。一人でついてくるように、と言われた時点で覚悟はしていた。


「……はい。なんなりと」

「いい覚悟だ。ただし、私の目は緩くない」

「承知しております」

「……よし」


 再びテレーゼの父は物置に体を突っ込ませる。この一年間で建てたものなのか、物置は思ったよりも新しい。だが、ここに決闘用の剣を収めておくものなのだろうか。


 すっと、脇に誰か立つ。見ると、リトハルト家の使用人が一礼し、ジェイドに向かって両手を差し出した。上着を寄こせ、ということだ。


 ジェイドは頷き、上質なジャケットとベストを脱いで彼に渡す。少し考えた後、クラヴァットも外して上着のポケットに入れておいた。


「……あった。それではジェイド殿、これを受け取ってもらいたい」


 そう言ってテレーゼの父は振り返り、ジェイドに手の中の物を差し出す。

 ジェイドはそれを見て、息を止めた。まさか――


「これは……」

「見事なものだろう? 私の愛用の一品だ」


 テレーゼの父はニヤリと笑い、庭の片隅にある土の塊までジェイドを誘う。


「さあ、お手並み拝見だ……ジェイド殿!」


 テレーゼの父は声を上げ、土の塊を示してみせた。


 ジェイドは静かに、自分の手の中の得物を見つめる。


 すんなりとした長い柄に、手入れの行き届いた刃先。見た目よりもずっしり重い、それは――


「……これは、鍬ですね」


「そうだ、最新型の鍬だ!」


「つまり、オーウェン殿。私はこの鍬を使い、あのエリアを耕せばよいのですね」


「そうだ!」


 ジェイドの物分かりの良さが気に入ったのか、テレーゼの父はえへん、と胸を張っている。


「ジェイド殿、私はいずれテレーゼが嫁に行くのならば娘婿と共に畑仕事をしたいと思っていたのだよ。いずれ領地が回復すれば私はこちらに戻ってくる。だが、いつまでも農作業はしていきたい。そうなれば、力のある若い男と共に並んで鍬を振りたいのだ!」

「なるほど」

「エリオスは見ての通り、非常に賢い子だがあまり体は丈夫ではない。テレーゼが連れてきたのがあなたのような逞しい騎士殿でよかった! そういうわけで、是非その力を見せてほしいのだ」

「了解しました。ただ、私は農業というものに触れたことがなく、このまま鍬を使えば大切な農具を傷めてしまうかもしれません。一度、オーウェン殿の鍬捌きをご教授いただいてもよろしいでしょうか」

「む? そうか、それもそうだな。では、一度しかしないぞ。よく見ていなさい」

「はい」


 テレーゼの父はジェイドから鍬を受け取り、土の塊の前に立って構える。


 ――ざっく、ざっく、ざっく


 ジェイドはじっと、テレーゼの父の鍬捌きを見ていた。一挙一動すら逃さない、真剣な目で。


 ――ざっく、ざっく、ざっく


「……よし、こんなものか。ではジェイド殿、あちらに畝を一つ、作ってもらいたい」

「お任せください」


 ジェイドは鍬を受け取り、テレーゼの父が作った畝をまず、じっくり観察する。そして先ほど見た鍬の使い方を頭の中で描き、鍬を構える。


 ――ざっく、ざっく、ざっく


「……ふむ、これは……」


 ――ざっく、ざっく、ざっく


「……ふう、どうでしょうか、オーウェン殿」


 ジェイドは体を起こし、二つ並んだ畝を見やる。テレーゼの父が作ったものよりもやや歪んでいるが、方法にも間違いはないはずだ。

 テレーゼの父はしばし唸っていたが、やがて「うむ!」と大きく手を鳴らす。


「いやはや、見事だ! まさか一度目でこれほどの鍬捌きを身につけられるとは!」

「ありがとうございます、体を動かすこと全般は得意ですので」


 ジェイドが両手で恭しく神器(鍬)を返すと、テレーゼの父は満面の笑みでそれを受け取った。


「ジェイド殿、私はあなたと仲よくやっていけそうだ。……時々でいい。よかったら領地に来て、共に農作業をしないかね」

「そうですね。いずれテレーゼ様と一緒に訪問する際に、挑戦してみます」


 ジェイドは笑顔で答え、テレーゼの父が差し出した手を握りかえした。


 侯爵家当主のものとは思えない――だがとても親しみの湧く、ゴツゴツした温かい手だった。

春うらら

リトハルト家の

空に響く

父とジェイドの

鍬振るう音


字余り

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[一言] お父様がお茶目でそれに真面目に付き合うジェイドが好きです
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