VSボス戦! 肉屋あるいは料理人!?
食堂に突入した俺たちを見て、奴が吠える。
「グォォオオォ!」
その大音声にびりびりと部屋が震える。
巨大な体はぶくぶくと肥え太っている。
顔の肉は垂れ下がり、ぶるぶると震えている。
その醜悪な顔のなかで、目だけが赤く爛々と輝く。
巨大な肉切り包丁を掲げ上げ、俺たちをにらみつける。
最初に動いたのはトウコだ。
「うららららっ!」
腰だめに構えたリボルバー拳銃を六連発する。
銃声が響き、弾丸が連続して放たれる。
鉛の弾が料理人の巨体にめり込み、肉を震わせる。
「くらえ!」
俺は釘をつかみ出し、まとめて投擲する。
釘が束となって飛び、料理人の顔面に命中した。
だが、ほとんどは突き刺さらずに弾かれてしまう。
「グォォォォァ!」
銃弾と釘をものともせず、料理人が巨体を震わせながら突進する。
狙いは前に出ている俺だ。
――そうだ。俺を狙え!
俺はさらに前に。奴に向かって走る。
間近に迫る巨体の迫力は、実際以上に奴を大きく見せる。
視界いっぱいに広がるプレッシャーをはねのける。
ギリギリのところで、突進の軌道から逃れるように横へ跳ぶ。
すれ違う瞬間、奴が肉切り包丁を振る。
身を躱した俺を追うような斬撃。
ぶうんと大きな風切り音を立てて俺に迫る。
胴体を両断しかねないそれを、のけぞり、ひざを折ってその下を滑って躱す。
目の前を大質量の鉄塊が通り過ぎる。
包丁にこびりついた肉片やサビすらも見えるほどの距離。
埃の積もった床を滑った俺は反転して立ち上がる。
俺を見失ってきょろきょろと探す背中へと呼びかける。
「おい、こっちだ! ノロマめ!」
「グァ?」
間抜けな顔をさらして、奴が振り向く。
そこへ走り寄り、力いっぱい鉈鎌を振り下ろす。
狙いはその顔面。
強かに打ち付ける――
「なにっ!?」
――だが、手ごたえがおかしい。
顔面を砕くはずの一撃は、弾かれたような手ごたえを受けて逸らされる。
まるで空気の膜に阻まれたかのようだ。
これは――。
「グォアッ!」
「ッ――!」
振り向きざまに振るわれた一撃を、背後に飛んで躱す。
振り下ろされた肉包丁が床をえぐり、砂埃が舞う。
俺は着地してさらに距離を取る。
これは――この感触はストーカーと戦った時と同じだ。
ダメージはないのか!?
攻撃は通らない……?
埃の向こうでは料理人が揺らぎもせず立っている。
まさか、無傷か!?
「――効かない、だと?」
「店長! 効いてるっスよ!」
トウコが二丁の拳銃を抜いて銃撃する。
巨体の背に命中した弾丸によって、血しぶきが舞う。
効いている。
少なくとも血は流れる。
よく見れば、俺の一撃も頭部に傷を残している。
「――トウコ! こいつには防御力がある! それとたぶん、ヒットポイントだ!」
「ただ頑丈なだけじゃないっスよねえ、やっぱり!」
ステータスによるものか、スキルによる防御性能を持っている。
おそらくはヒットポイントのような耐久力もある。
空気の膜のように感じられるものがそれだ。
確かに命中したはずの攻撃が、逸らされるような感覚。
切ったはずが切れていないと感じる。
ただのゾンビとは違う。切っただけでは死なない。
銃弾を撃ち込んだだけでは塵にならない。
だが、傷は与えられる。
不死身の怪物というわけではない!
「頑丈だが、倒せるぞ!」
「そうっスよね! 死ね死ねッ! 死んじまえっ!」
さらに放たれた弾丸が料理人の背中に着弾する。
奴が振り返り、トウコへ向けて走り出す。
「グォォォォ!」
「――やばっ!」
料理人が突進する。
トウコが慌てた様子で飛び込むように横跳びする。
トウコが立っていたその場所を、料理人が通り過ぎていく。
トウコは前回りするように着地しながら、両手の銃の引き金を引く。
オートマチック拳銃が火を噴く。
排出された空薬莢がくるくると宙を舞う。
弾丸が命中し、小さな血の花が咲く。
だが、料理人はひるまない。
床を蹴って反転し、トウコへと突進する。
トウコは着地したばかりだ。
驚きの表情を浮かべるが、動けない。
「しまっ――!」
「――入れ替えの術!」
術を発動し、トウコと俺の位置を入れ替える。
視界が切り替わり、俺のすぐ近くに突進する料理人が迫っている。
術後のわずかな硬直……位置が変わったことによるわずかな感覚のズレ。
ごく短いその時間すらも致命的だ。
「店長!」
「うおおっ!」
足に力を込めてその場を跳びのく。
【歩法】が俺の体に尋常ならざる推進力を与える。
【回避】が示す安全圏へと押し上げる。
それでも、突進の軌道から完全には逃れることができない。
料理人の巨体が俺をかすめる。
「ぐあっ!」
強い衝撃。
俺は大きく弾き飛ばされ、宙を舞っている。
脳が揺らされ、視界がぶれる。
どちらが床でどちらが天井だ……?
俺はきりもみ回転しながら床に叩きつけられる。
叩きつけられながらも受け身を取って、転がって奴から距離を取る。
俺は頭を振って立ち上がる。
「――っつう!」
視界が揺れる。体がふらつく。
全身から鋭い痛みがする。
にじんだ涙が視界をぼやけさせている。
だが、骨は折れていない。
まだ立てる。まだ戦える。
――だから動け! 俺の体!
それでも頭はぼんやりとして、足には力が入らない。
「こっちっスよ! 化け物め!」
トウコが声をあげ、銃弾を浴びせかける。
料理人は肉切り包丁を体の前に盾のように構えて、それを防ぐ。
金属がぶつかり合う耳障りな音をたてる。
両手の銃のスライドが後退して、ガチャッと音をたてる。
トウコが両手の銃を投げ捨てながら叫ぶ。
「弾切れっス!」
「――こっちだ、化け物!」
俺は武器を構えて叫ぶ。
意識はもうハッキリしている。
トウコが稼いでくれた時間で体勢を立て直すことができた。
まだまだ戦える!




