エンター・ザ・冷蔵庫ダンジョン!
二体のゾンビがよたよたと歩いてくる。
古い洋館の床がぎしぎしと軋む。
足を引きずり、唸り声をあげて迫ってくる死体。
顔は人相が判別できないほどに腐り、崩れている。
その様はまさにホラー映画。
グロい。キモちわるい。生理的に受け付けない。
――でも、それだけだ。
動きは遅い。ゴブリン以下、人間以下だ。
倒すことはたやすい。
トウコの銃弾では二発で倒せている。
耐久力も人間程度だろう。
現れたゾンビに銃を向けるトウコへと声をかける。
「こいつらは俺がやる。今度は俺の能力……スキルを見せる番だ。――分身の術!」
「おおーっ!? 忍者っスか! 忍術っスか!? かっけえっス!」
分身を先行させながら、俺も駆ける。
エントランスを駆け抜け、分身がゾンビへと格闘攻撃をしかける。
武器はないので拳での攻撃だ。
ゾンビが大きくのけ反り、倒れる。
俺はもう一方のゾンビへと駆け寄り、飛び蹴りを放つ。
狙いは胸。
加速と体重を乗せた一撃は、ゾンビの胸部をへこませる。
その勢いのまま、ゾンビが後ろに倒れる。
俺は蹴り込んだ足をそのままに、倒れるゾンビの上に乗る。
波に乗るサーファーのように、倒れるゾンビに乗って、床をすべる。
バキバキと、骨を砕く感覚。
ゾンビが塵となり、消える。
俺は勢いを殺すために床を数歩走って足を止める。
かなり無茶な動きだが、これは【体術】と【歩法】、【軽業】によって実現している。
「かっけえ! まるで曲芸っスね! カンフーっスね!」
「もう一匹っ!」
分身が殴り倒したゾンビがゆっくりと動き出そうとしている。
その顔面にウォレットチェーン――鎖分銅をたたき込む。
ゾンビの顔面がぐしゃりとつぶれ、血と腐肉が飛び散る。
「……うおお。気持ちわるっ! ちょっとハネたわ!」
返り血……返り汁が服にハネた! キモイ!
……そのまま、ゾンビは動かない。
「うえーっ! 店長、えんがちょっス! でも、倒したっスね!」
もはや動かないゾンビを眺める。
完全に死んでいる。致命的なダメージを与えている。
……でも、塵になって消えない。
魔石も生み出さない。宝箱も落ちないし、何もドロップしない。
なんでだ?
俺のダンジョンでは、敵が死ねばすぐに塵となる。
もしかして、ここでは違う?
あるいは、まだこのゾンビは生きている?
もう一発、とどめの一撃をしてもいいけど……返り汁がな。
「――あれ? これで倒したよな? なんで塵にならないんだ? どう見ても死んでるけど……ゾンビだから蘇ってきたりするのか?」
「そいつはもう死んでるっス。塵になるまでやらないとダメなんス!」
そういうと、トウコはゾンビのつぶれた顔面に銃を向ける。
まるで処刑するギャングのように、頭部に銃弾を撃ち込む。
頭部を破壊された死体が、こんどこそ塵と化す。
死体のあった場所に魔石が残る。
死体の消失と共に、服にハネた汚れも塵となって消えた。
……よかった。
さっき倒したゾンビからも魔石が落ちている。
二つの魔石を分身に回収させる。
これで、ルールが少しわかった。
「なるほど……倒しただけじゃダメで、死体を破壊しないとドロップ品は手に入らない仕様か!」
「そうっス!」
トウコは勢いよく頷く。
でも、まだわからないな。
倒す……つまり、充分な攻撃を加えて敵が動かなくなる。
普通に考えたら、それは死んだってことだ。
俺のダンジョンでは、この時点で塵になる。魔石が落ちる。
ここのゾンビも、ある程度のダメージを与えると、死ぬ。倒れる。
うーん。ゾンビだから生きてるとか死んでいるというのがややこしい。
ゾンビでも、死んだ状態から復活したりしない。
不死身だったり、顔面を破壊されても生きられる能力はない。
敵を倒す、という意味ではこの時点で達成している。
ゾンビは死んだ。もう動かない。
オーケーだ。
で、ドロップ品の生成のルールが俺のダンジョンと違う。
ここがキモだな。
ただ倒しただけ、モンスターが死んだ状態になっただけではドロップ品が生成されない。
死体が残る。
この死体からドロップアイテムを手に入れるには、死体にさらなるダメージを与える必要がある。
それが死体を破壊するってことだと思うが……。
俺はトウコに聞く。
「死体を破壊するって、どの程度だ? 頭を破壊すればいいのか?」
「あたしはいつも、頭を撃ち抜いているっス! 一発目でしとめて、二発目はダメ押しっス!」
そういうことか。
さっき、トウコはゾンビを二発の弾丸で仕留めた……ように見えた。
実際には、倒すだけなら一発目のヘッドショットで済んでいる。
死んで倒れようとするゾンビに、もう一発の弾丸を命中させる早業だったんだ。
一発目で、敵は死んでいる。
二発目で、その死体へさらなる攻撃を加えた。
床に倒れてから撃つ、という手間を省略しているんだな。
変則的ではあるが、二発目は死体撃ちなんだ。
それなら納得はいく。
でも納得できないことがまだある。
「頭を破壊、ね。でも俺が飛び蹴りで倒したゾンビは、そうじゃなかったぞ。あれは、なんでだ?」
「胸を蹴って、そのあと踏み抜いた感じっスよね……与えたダメージじゃないっスか?」
与えたダメージか……。
めちゃくちゃ痛いだろうな。
飛び蹴りの衝撃で、肋骨の数本をへし折る。
ゾンビは倒れて地面にぶつかる。
その上に俺が乗る。加速と全体重で床と挟みこむ。
着地しながら、蹴り脚とは逆の脚で踏みつける。
いわば、ジャンプ踏みつけを飛び蹴りから一連の動作でやった感じだ。
「ありそうだな。つまり、過剰なダメージを与えるのが条件か。ゲーム的に言えば、ヒットポイントをゼロにすれば死ぬけど、アイテムを得るにはマイナスにする必要があると」
「オーバーキルっすね。シューターゲームでいえば、ダウン状態にトドメをさす感じっス!」
「なんか、違う気がするが……近いかな」
銃で戦うゲームでは、倒された後にダウン状態になって寝たままズリズリ移動できたりする。
似た感じするけどちょっと違う例えだな。
あれは、死んでない。立ち上がれない重傷状態みたいな感じだ。
まあ、言いたいことはわかるけどな。
なんとなくわかった。
大ダメージを与えて倒してもいい。
倒した後に追いうちして、さらにダメージを与えてもいい。
つまり、ヒットポイント的なものをマイナスまで持っていく。
倒すのに必要なダメージより、さらにダメージを加えるってことだ。
これはちょっと面倒だ。
すぐに死体が消えてくれない。追い打ちが必要になる。
死体なんて見たくもないし、ましてや攻撃したくはないな……。
この点、俺のダンジョンのほうがマシだ。
いろいろとルールが違っているらしい。
とはいえ、死体を解体して魔石を取り出す……なんてのはもっとイヤだ。
ファンタジーでよくある光景だけど、ゾンビじゃあな……。
バラバラ殺人事件である。猟奇的!
それよりはマシか……。
まだまだ、疑問は尽きない。
「さっきトウコが倒したゾンビからは魔石が落ちなかったよな? ランダムにドロップ品が変わるのか?」
最初のゾンビを倒したとき、落ちたのは魔石じゃなかった。
距離があったのでしっかり見えたわけじゃないが、あれは多分、弾丸だ。
トウコが手のひらに乗せた弾丸を差し出してくる。
そこには、三発の弾丸が乗っている。
「これがさっきのゾンビから出た弾丸っス。これはあたしのスキル【弾薬調達】の効果で、敵を倒すと弾丸が手に入るんスよ!」
トウコは謎のドヤ顔だ。
トウコが倒した場合は【弾薬調達】の効果で弾丸が手に入る。
俺が倒した場合は魔石になる。
「なるほど……スキルの効果か。なら、本来のルールでは死体を破壊すると魔石になるんだ。そこを【弾薬調達】が弾丸に変換してるんだな」
「へー。そうなんスかねえ……」
トウコは興味なさそうな顔で言う。
うん。まあ、しくみなんてどうでもいいかもな。
でも俺はそういうの、気になるタイプ。
「じゃあ、さっき俺が顔面を砕いたゾンビだが、弾丸にならなかったのはなんでだ?」
俺が倒した。充分なダメージを与えた。ゾンビは死んだ。
死体は残っている。それをトウコが追い打ちした。頭部を破壊した。
それで、ドロップアイテムが生成された。
この場合、どう判定されるかという質問だ。
答えはわかっている。結果として、魔石が生成された。
「え? なんでって言われても……魔石が出たんだから、店長が倒したことになるんじゃないっスか?」
トウコはなんでそんなことを聞くのかわかっていない顔だ。
あんまり考えない性質だからな。
「つまり、俺が倒した時点で、ドロップアイテムは確定している。そのあと誰が死体を塵に変えたかは別ってわけだ」
「へー。そうなんスね」
塩な反応!
話を聞きながら、トウコは慣れた手つきで銃に弾丸を込めている。
「あのな。これって大事な話だぞ。つまり、俺が倒すと魔石しか出ない。お前が倒すと弾丸しか出ないんだ」
「そーっスね。で、それがなにか?」
雑! 反応がザツぅ!
大事な話なんだって!
「俺は魔石が欲しい。お前は弾丸が欲しいだろ? つまり、誰が敵を倒すかを考えないといけないんじゃないか?」
「あっ! そうっス! 弾丸がないとあたし、戦えないっス!」
トウコの顔に理解が広がる。
アイテムの分配問題だ。
あとから分けることができない。倒す段階で、決まってしまう。
「ほらな? それで、弾丸ってどのくらい必要なんだ?」
「全部の敵を倒して、それを弾丸に変えてもいずれ弾切れになるっス……」
「なにそれ!? それでどうやって戦うんだよ!」
「戦えなくなって死ぬっス! いくら頑張ってもそうなるっス……。だから、無理ゲーなんス!」
なにそれひどい。
思ったよりも無理ゲーだった!
没タイトルコーナー!
■納涼! 冷蔵庫ダンジョン!




