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自業自得と搾取の間

彼は学生時代や若い頃に多くのいじめや挫折を経験し、精神的にやられて都会から実家に戻ってきた時に私と出会い、その後一年程療養し回復した後も、空白期間や体力的な問題でフリーターという形で働いており、身体と金銭的な事も考え実家暮らしをしています。


ですが私のお小言もあってか、今よりも体の調子が良い頃は正社員の職業を探していましたが、社会の枠組みから外れ、空白期間の多い青年を雇おうとする企業は恐ろしく少なく、最低限の金銭的自立という条件だけで探しても、まともに雇ってくれる企業はありませんでした。


この現状を彼を知らぬ多くの人から言わせれば、所謂『自業自得』や『怠けた結果』という言葉で切り捨てられる人間でしょうし、それこそが多くの人から見た彼の社会的立ち位置であり、彼もある意味で自分へ対して正当な評価だと受け入れている様に感じていました。


彼の語る内容を全てを聞いて、まず理解出来た事は労働環境と彼の精神の絶望的なまでのミスマッチと、一度ドロップアウトした人間に厳しい社会構造へのしわ寄せでしたから、その誤解を解くために先ずは考え方の変化をさせねばなりませんので、そうした搾取の場から一度切り離さねばと考えました。


「なるほど大体の事情は理解したよ。まぁ小言は取り合えず置いといて、君が最初にやるべき事はただ一つだね。一刻も早く仕事辞めちまいなって事かな」


「え、でもさ、世の中の人ってもっと頑張ってるし、フリーターで辛いとか言ってたら、次の仕事なんて見つかる訳がないってオーナーが……」


そうした自分の価値を認めて貰えない状況に加え、夜勤による睡眠周期の乱れと人間関係の悪さ、自らの業務に誇りの持てない様にする経営方針がありましたから、本人の自己肯定感というのは、私が考えるよりも傷つけられたのだと思いますし、これくらいの仕事で根を上げるようならどこ行っても務まらないという言葉が、まるで呪いの様に彼を蝕んでいたのだと思います。


「あー、それは正しい所もあるけど、間違ってるところもある。君をそこまで追いつめる様な人間の言葉を聞くくらいなら、とりあえず俺の言葉をまず聞いて欲しい、まず君は何のために仕事をしてる?」


「えっと、生活の為だけど……」


「そう、君も含め殆どの労働者は生活、つまり生きるため仕事をして対価を得ている。でも今の君はどう見ても死にそうになってる、そこまではOK?」


「うん、たぶんOK……」


何が言いたいか分からないという風で返事を返しますが、彼はこんな風に色々な話をしてきましたので、彼も私が何が言いたいのか疑問に思いつつも、いつもの様に話に付き合ってくれました。


「そしてこの国は、一度正規ルートをドロップアウトした者に厳しいのは分かるけど、今の仕事だけが君の生きる糧を得る方法じゃないし、バイトで良いなら同じような金額の同じような仕事はいくらでもある。もしうんざりしたなら他の職種だってあるから辞めたっていいんだよ」


「でもさ、オーナーはそういうちゃんとした仕事は君に難しいって、俺によく言うし、俺ずっとフリーターやってるからろくな経験ないし、無理じゃないかって思うよ……」


彼の中ではバイト先オーナーは雇用主で成功者ですので、恐らくは=絶対者という形が出来ているのでしょうが、それこそが彼を苦しませませているし、彼の運命を握るのは彼自身なのだから、彼の人生を支配する者などこの世にはいないのですから、それこそが彼の苦悩を引き起こしていると思います。


「そんなもんはね、そのオーナーの主観に過ぎないよ。君は何もないって言ったけど、何年間も同じバイトをしてきた事は大事な経験だ。少なくとも同業のバイトなら今すぐでも受かるだろうし、経験ってのはそれだけで価値がある、さらに言えば数年間務める位に忍耐力もあるって見る事も出来る」


「陽さんの言いたい事もわかるけど、やっぱオーナーの言い分だとそんな事なさそうだし……。じゃあ陽さん的には今のバイト辞めて他のところで働けって感じ?でも今の体の状態じゃ雇ってもらえるか分からんよね?」


『他でお前は役に立たない』『俺が雇ってやるのは温情だ』などと、相手を下げて自分を上げる言葉は自己肯定感の低い人を繋ぐ見えない鎖になりますし、それ以外でも今までの就活で散々打ちのめされた経験が彼の心にはありますから、私の疑問を抱くのは当然だと思います。


「ん~、それもありっちゃありだけどさ、この際だし一回有給と雇用保険を使って休んでから他の仕事もしてみないか?一回休んでリフレッシュして夜勤以外の仕事を探してみようよ」


「いやいや、陽さんの言いたい事おかしいよ!だって俺バイトだよ?バイトに有給なんてないし、雇用保険とか聞いたことないから多分入ってないと思うよ?」


私の言い分がおかしいと言う彼の言葉を聞いて、やはりおかしいのは私でも彼でも無いと、彼の雇用主は色々と後ろ暗い事を平気でやるような人物だと、得たくもない確信を得てしまいました。


「ん~と、確か君は週五で三十時間以上働いてほぼ皆勤賞、それで契約更新は半年だっけ?で学生バイトでもないし、務めている期間は確か五年以上だよね?」


「え、うん、たぶんそれくらい、それが何か関係あるの?」


有給の取得条件は1日あたりの所定の労働時間と所定の労働日数によって異なりますが、彼の場合は週の労働が三十時間、もしくは週五日以上に該当しますので半年後に十日付与され、その後は勤続一年ごとに二日づつ増えて行きますし、今まで使っていないのならフルに溜まっている筈で、雇用保険の加入義務が三十一日以上の雇用見込みがあり、週20時間以上働いている人に対して事業者は届出を行わなければなりませんので、こちらも問題なく合致しています。


「ならアルバイトでも有給の条件に合致するし、雇用保険も同様に問題なく加入条件クリアしてる。この二つは労働者の権利で、同時に雇用側の義務でもあるから、君は労働者として当然の権利を行使すればいい」


「えっ?だってバイトに有給はないってオーナーは言ってたし、パートさんにも有給ないし、そいうのって普通の正社員とか、バイトとかなら大企業だけじゃない?」


彼は心底驚いた表情で文字通り声が裏返っていたのを見て、やはりこの悪徳なオーナーは労働者を騙していたかと憤りを覚えますが、被害を受けているのは私ではなく本人ですので、不誠実な対応への復讐は彼の権利であり、私はあくまで戦い方と知恵(ぶき)を与えるのが仕事だと話を続けていきました。

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