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名族朝倉家に栄光あれ  作者: マーマリアン
良き結末とその覚悟
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第30話 道三


1545年 2月



俺は6歳になった。


そんな俺を祝福するかのように結婚話が舞い込んできたのは美濃侵攻が終わった直後だ。相手も同い年らしい。かなり早いが彼女は今年7月には越前に嫁ぐことになった。幼子同士の婚姻を進めるのはどうかと思うが何故か当主である父上が望んだからである。



幼くして婚約者を得るという、今の年齢と前世で独身だった身としてはママゴトの連想による羞恥やら家庭への情景等が体を巡り、くすぐったいモノがあるが、今回の契機を考えると俺の心境は良くない。その結婚相手が道三の娘だからだ。




道三の娘の彼女は一色左京大夫義清――一色義清の娘である、深芳野の方と道三の娘だ。

深芳野は元は土岐頼芸の側室だった。

この前夫後夫(ぜんぷごふ)の関係が、義龍のアレであるが今は置いておこう。

ちなみにその立場的にも年齢的にも後の義龍と思われる人物は新九郎改め利尚と名を変えている。




先の侵攻は意外な形で幕を閉じた。戦う前に斎藤道三こと斎藤利政が朝倉にいる土岐頼純に降伏したのだ。本当に呆気なかった。

が、それも彼の策略だったのは皆が後に驚いた。



彼は今回の2方面作戦を利用した。

朝倉側に降伏した利政はまず、頭を剃って道三と名乗った。歴史と同じだ。


そこからは驚きの連続だ。

義龍ことを利尚を頼純の元に送り「今までは仕方なく頼芸に従ってました。これを機に守護様に従い候。また頼芸から預かっていた頼芸の子息を御送ります。今後は頼純様が美濃守護に候」と書状をしたため、自分の助命を求めた。



無論頼芸は道三に激怒した。

兄や甥との骨肉の争いを制して得た守護職の実権は重臣に奪われてはしまったが、美濃の守護職を巡って20年以上行動してきたのだ。そうそう諦めきれるモノではない。

今回は争っていた甥と手を組んで、かつての重臣を討ちに来たのである。


それなのに頼純が美濃守護だと道三が認め、あろうことか息子と思わしき利尚を、本来は敵である甥の頼純に送ったのである。舐められていると思っただろうし、焦りもしただろう。これを放って置いたら血縁関係のある朝倉をバックとした頼純に守護職を持っていかれる可能性もあるのだから。



そのため自身の支援者の織田信秀に発破をかけたのだが、今川と尾張の他勢力が呼応するかの様に信秀勢力下の尾張に侵攻してきた。そのため織田信秀は急遽尾張に引き返した。



後から聞いたのだが

道三は6月には朝倉・織田の美濃侵攻を察知していた。そこで直ぐ様今川と尾張の反信秀勢力に信秀の出陣があることを伝え、情報を流と共に物資を流すことにした。

彼等は了承し実際に信秀勢力下に侵攻したのである。



朝倉としては降参した道三を受け入れることにメリットを見出ださず、そのまま攻める姿勢だったが、旗頭である頼純が道三の降伏案を受け入れた。

その直後に頼純は道三の勢力下に飛ぶように逃げ込んだのである。



頼純は朝倉での扱いが屈辱だったらしく、美濃の一部割譲と脅迫紛いの刀工集団の引き抜きが許せなかったようだ。

朝倉も面子を潰された様なもので、救援要請した頼純に牙を剥かれたのである。これを不義理とし朝倉単独でも攻め入ろうと成り得たのだか...



そんな頼純と朝倉の一触即発の中に道三が頼純に提案してきた。

「朝倉まで敵に回すと美濃に味方は居なくなる。赦せない事もありましょうが朝倉とは友好な同盟を結ぶべきです」と。ヌケヌケと良く言う。



そう言って道三は朝倉に自分の娘と、朝倉が戦後に手に入れるハズだった領地を差し出した。頼純の妻は道三の娘のあの帰蝶。俺と頼純は、本当に嬉しくないが晴れて義兄弟同士になる。



これで頼純が道三を殺せば親の敵として朝倉が敵になるし、道三も頼純を殺せば頼純と血縁関係のある朝倉の敵になる。

どちらが死んでも朝倉は美濃侵攻の大義名分を得ることができるのだ。


道三は自らと頼純を共に縛り、関係を強化することになった。

朝倉も損害無しに西美濃の一部を傘下にすることが出来るので嫁入りの賛成に回る者が多くなった。


仮にこの案を蹴って、美濃への侵攻を進めるとは難しかった。

土岐の旗頭が敵に回ったことで内応する領主が少なくったからだ。織田も自領に引き返したので美濃国からすると朝倉だけを相手にするのだ。

宗滴殿が率いる軍で纏まりが無い美濃に勝てる可能性は高いかもしれないが、冬も近いので一、二ヵ月で攻略出来なければ全滅もあり得る。

そうなれば来年の夏には浅井や六角、背後の敵性地域の加賀も黙ってはいないだろう。



なので三者はお互いの脅威を取り除くために同盟了承となった。




また道三が放った爆弾がもう1つある。

書状で父親自ら否定された利尚だ。彼は最終的に織田家にいる土岐頼芸の元に送られたが、それに至るまで爆弾の押し付けあいだった。


始めは朝倉家で預かって欲しいと頼純から打診があったのだが総じて反対意見だった。俺も反対だ。

今回の騒動で道三の策略に俺も含めて皆が驚いている。そして皆も同じ事を思っただろう。これも道三の掌で、何かあるのではないかと。



そんな利尚は、頼芸に父親かもしれないと噂がありその規模も大きく、真実味がある。

道三の降伏文書では我が子で無いと宣言したし、道三が深芳野の方を受け入れた時には彼女は妊娠していたと言う。だが、頼芸からすると利尚は道三の子かもしれないという思いもある。



その爆弾騒動も終息は早かった。

頼芸も容易に受けとることは出来なかったが後援者である信秀が「守護の親子は自分が守る」と強く言い出したからだ。己を庇護する信秀の要請で頼芸も渋々受けとることになった。


父上達が言うには信秀はリスクを承知で受け入れたと言っていた。頼芸が死んでも美濃を攻める旗頭になれるし、仮に道三が死んでも道三の子として美濃の齋藤家を乗っ取らせるつもりだろう。とのこと。



そんな信秀は自身の歳の離れた妹である齢7歳の艶姫と利尚の婚約を結ぶことにしたらしい。頼芸も自分の息子(仮)が最大後援者の娘と結ばれる。それによって織田家との縁が強まる。この婚姻があって納得したのだろう。しかし信秀は美濃を乗っ取る算段だろうが織田家を乗っ取られることを考慮していないのだろうか?



そこは虎だから虎穴に入るのは御手の物なのだろうか?

(つくづく)恐ろしい家だと思ったよ。




そのため利尚は尾張にいる、実の父かもしれない頼芸の元に送られた。





かなり歴史が変わりました。

義龍は尾張に行きました。そして濃姫は信長に嫁がなくなりそうです。

またお艶の方を義龍に嫁がせました。



次の話は朝倉家内々での戦争のまとめみたいなものです。

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