「……なに? 『英雄伝説?』」
「は、はい! 質問があるっス!」
「はいそこの……豚の姿をしたキミ!」
オークだよ! 豚とか言うんじゃない可哀そうだろ!!
「それじゃあ俺が勇者にやられたら、来世はイケメンに生まれ変わってハーレム人生を送りたいっス! 出来るっスか?」
「ハーレムかぁ~……。ハーレム人生って滅多になれないから転生先を探すのが難しいのよねぇ。でも頑張って調整しましょう! 先着十名様までよ!」
「うっひょ~♪ それ予約するっスよ~!」
ハーレムが難しいとか先着十名までとか妙に生々しいな!
「はいはい! それじゃあオイラは、お金持ちの家に生まれて、おいしいものを毎日食べられる人生が送りたいんだな~」
「オッケー了解よ~。食いしん坊なキミの願いは割と叶えやすいから楽勝ね。ちなみにその願いは先着50名までよ!」
「よっしゃ~♪ 来世が楽しみなんだな~!」
オーガよ、体が大きいから毎日お腹いっぱい食べられなかったんだな……。割と本気でスマン!
「はいはいはい! 自分はハーレムじゃなくてもいいから、超絶可愛い子を彼女にできる人生がいいで~す!」
今度はゴブリンがそうお願いを出した。
そうか。ゴブリンもモテたいとか彼女欲しいとか思ってたんだな……
「まっかせなさ~い! ハイパー美少女が幼馴染で、毎朝起こしに来るシチュエーションもサービスしちゃいましょう! そしてあなたが『毎日来なくたっていいんだよ。なんでそう俺に構うんだよ』って聞くと彼女は、『か、勘違いしないでよね! アンタのお母さんに頼まれて仕方なくやってるだけなんだから!』って言いつつ、心はすでにベタ惚れしてる状況にしてあげるわ」
「それ、マジ最高~!!」
段々と話が盛り上がっていく。
みんなの気持ちも高ぶっているようだった。
「あ、あの、それじゃあ……エッチなお願いとかも叶えられるんか!?」
「えぇ!? まぁ出来る事は出来るけど……それはここじゃなんだから、死んだ後に天界で話を聞いてあげるわね」
そう言った女神は顔を赤くしていた。
「あ、女神様エッチな話に照れてる~、か~わいい~!」
「も、も~! 神様をからかうんじゃありません!」
その場にドッと笑いが起きて、みんなが笑顔になる。
「って、ちょっと待て~い!! お前ら何をそんな急に仲良しになってるんだ~!! 信じすぎだろ! 今の話が本当だという保証なんてどこにもないんだぞ! そもそも魔王様殺されてるからな!」
俺が大声を上げると、みんなは黙り込んで静かになった。
「むぅ~……嘘じゃないもん。私女神だもん……」
自称女神だけは頬っぺたを膨らませてむくれていた。
「あなたの願いも叶えてあげるわよ魔王の右腕さん。来世はどんな生涯にしたいの?」
「どうもこうも、俺はイジメとかが無く平和に暮らせればそれで幸せ……ってそうではない! 他にもっと確認したいことが山ほどあると言っているんだ!」
「ギル殿って意外と平和主義なんだな」
周りからボソボソとそんな声が聞こえてくるが今は気にしても仕方がない。
「女神よ、なぜ俺たちはわざと負けなくてはならない。ここにいるみんなは人間に虐げられてきたのだぞ! それでも神は人間の味方だというのか!」
「……そうじゃないわ……」
女神は、少し俯いてそう言った。
「この先の展開を言うのは規定違反だから本当なら話してはいけないんだけど、あなたたちは人間の王都に戦争を仕掛けようとしているわね? その戦いはまず間違いなく魔王軍の勝利で終わるわ。そしてそこから築かれる魔族の作る新世界は……とんでもない地獄になる」
急に真面目な声でそう言われて、ドクンと俺の心臓が跳ね上がった。
俺たちの作る世界が地獄になる? そんなつもりは毛頭ない。だが、確かに魔王様は人間を全て排除しようと考えていたのは知っている。そして俺は、そんな魔王様の作る世界が正しいものだと信じて疑わなかった。
もしかしたら、そんな考えの世界は恐ろしいものになるのだろうか……?
「い、今だって十分地獄ではないか! 人間は自分の保身ばかりで他の種族をないがしろにしている!」
「否定はしないわ。けど一つ言えるのは、あなたたちがこれから作る世界よりは今の方が断然マシだって事よ」
言葉が出なかった。信じられなかった。いや、どんな世界になるのかなんて考えもしていなかっただけに、戸惑いだけがこみあげてくる。
「本当なら、私たち神はこういう風に直接世界に干渉してはいけないんだけどね。チート能力を授けた勇者を異世界から転生させて魔王軍と戦ってもらったりするのがベストなんだけど、今回はそう都合よくいかなくて、仕方なく強引にあなたたちに負けてもらう事になったわけ。もちろん可哀そうだと思っているから来世は幸せになるように調整するのよ?」
信じたくない。信じたくはないが……魔王様を一瞬で消し去った事といい、俺が反対すれば今度は俺が消されるだけだろう。
だから……
「一つ、聞かせてくれ……」
「いいわよ。まだまだ夜は長いしね」
「俺たちがわざと負ければ、魔王様の魂も本当に開放してくれるのだな?」
「もちろんよ。転生の女神イリーナの名に誓って好きな幸せエピソードも選ばせてあげちゃうんだから」
この時ばかりは、おちゃらけていた女神も真面目な表情だと言えた。
しかしこれはもうお願いというよりも強要だな。俺たちに拒否権なんてない。やろうと思えばこの女神は俺たちを一瞬で消し飛ばす事もできるのだから……
「はぁ~……わかった。というか、やるしかないのだな」
「決まりね。それじゃあよろしくお願いするわよ」
「仕方あるまい。魔王様の魂を人質に取られているのではな。だが俺たちがわざと負けた時はちゃんと約束は守ってもらうぞ」
そんな時だった。女神は手に持っていた魔王様の魂を頭の上に乗せ、空いた両手でポンと手を打った。
「ああ、言い忘れてたけれど、ただ負けるだけじゃダメよ? これの真の目的は、勇者の『サーガ』を生み出す事なんだから」
「……なに? 『英雄伝説?』」
「そう! どんな絶望的な状況でも必ず希望はある! そんなサーガを作り出して歴史に刻むの。そうする事によってこの世界はより良い方向へ進んでいくわ。だからあなたたちは、ただわざと負けるだけじゃなくて、勇者に劇的な勝利を演出させる必要があるってわけね」
な、なにー!? それはなんだか凄くメンドクサイ話だぞ!
明日の戦いでわざと負けるだけではダメなのか!? どうすればいいのかよくわからんぞ!
正直な話、魔族は人間と違って頭がいいわけではない。正確に言えば、人間のように勉強をするという習慣がない。だから歴史や地理には疎いし、巧妙な作戦を考えるのも苦手なのだ!
「おい女神、そのサーガとやらはどうやれば生まれるのだ!? 具体的にはどうすればいい!?」
「とりあえずあなたが新しい魔王を名乗るのが前提なんじゃない? その後は自分たちで考えてね~。それじゃあ私はそろそろ帰るから~」
そう言って、魔王様の魂を頭に乗せた女神はフワリと宙に浮かびだした。
肝心なところは投げっぱなしじゃないか!!
「あ、それと間違っても勇者を殺しちゃダメよ? もしも勇者が死んだら魔王軍のみんなは地獄に行ってもらうから。もちろん幸せな転生はなしになるからね~」
「おお~い!! そういう大事なことを帰り間際にポツリと残すな~!! いくらなんでも全員地獄行きは酷いだろ~!!」
「連帯責任なんだから当然よ~。それじゃあ頑張ってね~。ばっはは~い」
舐めたセリフを吐き捨ててから女神はすぐに消えてしまった。後に残された俺たちは、女神が消えていった空間を茫然と眺めていた。
「……で、新しい魔王様、結局我々はどうすれば……?」
そう一人の魔族が俺に聞いてきた。
当然俺だってどうすればいいのか分かるわけがない……
なので――
「知らん! 今日はもう寝て明日になったら考える! はい解散!」
――そんな俺の号令で、その場はお開きとなるのだった……




