「あの事件は魔族にとってどういう認識になっているんですか!?」
「ほう、魔王を倒すとは、また壮大な目的なのだな」
予想外の答えに少しばかり驚く。
隣の王女もゴクリと息をのんでいた。
「魔族は嫌い。そんな魔族を率いて人間を攻撃しようとしている魔王も嫌い。だから私の神の奇跡で魔王をやっつけるの!」
ふむ。それはそれで都合がいい。勇者の仲間になってほしくて見定めに来たわけだからな。
しかし魔族が嫌いというのは俺としても面白くない。一体魔族が何をしたというのか。
そもそも魔族が嫌いだからという理由だけで、たった一人で旅に出るだろうか? 俺はもう少し詳しく事情を聞いてみることにした……
そして巫女である少女、アヤはびっくりするほど素直に答えてくれた。
簡単に言うとこんな感じだ。アヤの両親は街で多くの信者がいるほどに信仰されているらしい。しかし、父親はとある事件で怪我をして、母親は元々体が弱かった。
両親がとこに伏せてから、次の者が主となり信者を導くことになったわけだが、この新しく主になった者から突然に修行の旅に出るように言い渡されたのだ。
俺が思うに、元々強い影響力を持っていた両親の後を継ぐのはその子供であるアヤだ。神の声が聴けるという神秘的な能力もあり、成人にもなれば必ずカリスマ性を持つことになる。
だからそうなる前に、修行に出すという名目で街を追い出したのだ。
まだ神の奇跡を完全に扱えないことを逆手に取り、お供もつけずに放浪させれば高い確率で行き倒れになるだろう。それを見越して勝手に追いやったのだ。
そしてアヤはアヤで魔族が嫌いらしい。なんの疑いもなく魔王を倒すことを旅の目的に飛び出した。
なんともよくある話ではないか。結局は権力が欲しい者がアヤを邪魔に思って排除しようと画策しただけの話なのだ。
「……旅に出た理由はわかった。だがキミが魔族を嫌いのは分からないな。ほら、話してみれば結構いいやつかもしれないぞ、魔族というのは」
なんとか魔族にいいイメージを与えようとを頑張ってみる。
「私のお父さんが怪我をしたのは魔族のせいだから……」
が、割と強く恨まれているらしい。
けど魔族だってむやみに人を攻撃したりしないんだがなぁ。
「魔族が魔法で家屋を爆発させて、お父さんはみんなの避難を誘導している時にその魔法に巻き込まれたの……」
「シンジャオツの街……家屋……魔族……」
すると隣で話を聞いていた王女が考え込みながらつぶやいて、ハッとしたように顔を上げた。
「それって少し前に起こった『家屋倒壊事件』じゃないですか!?」
「そうよ。お父さんはあれで被害にあった一人なの」
シンジャオツ家屋倒壊事件。それは魔族の耳にも届いている。
ある日、シンジャオツで突然家屋が爆発するという事件が起こった。そしてそれをやった容疑者として、二人の魔族が人間に捕まり、牢へ入れられることになった事件だ。
しかしその二人の魔族はやっていない事を主張した。それどころか、二人はシンジャオツから遠く離れた平原でピクニックに来ていただけなのだ。それなのに人間は魔族というだけで危険視して、勝手に犯人に仕立て上げた!
その魔族二人は人間と揉めることを嫌い、今でもおとなしく牢に入っている。
そう、これは我ら魔王軍が人間を滅ぼそうという意思を固くした事件でもあった。くそぅ。思い出しただけでも腹立たしいではないか!
「なるほど。それならばアヤちゃんが魔族を憎む気持ちもわかりますね……」
突然王女が巫女の肩を持ち始めた。
なんという事だ! やはり王女は人間の味方なのか!?
「リーザよ! あの事件は誤認だぞ! 魔族は関係ない!」
俺がそう言うと、王女も巫女も、驚愕した表情で俺を見る。そして王女は物凄い勢いで俺に後ろを向かせてヒソヒソ話を始めた。
「魔王様、あの事件は魔族にとってどういう認識になっているんですか!?」
「どうもこうもない。人間の勝手で魔族が犯人にされたという腹立たしい事件だ!」
「違います。あの事件は魔族の二人が起こしたもので間違いありません。目撃証言もあるし、証拠もあるんです」
……なに? そうなのか? 初耳だぞ。というか、考えてみれば人間の調査結果までは全然知らないわけだが……
そして王女は再び巫女と向き合ってきちんと話を直した。
「コホン! ギル様はあの事件に詳しくないようなので説明しますが、確かに二人組の魔族は街から離れた場所にいました」
「そうであろう。なのになぜ犯人なのだ?」
「ピクニックに来ていた二人の魔族は、その時に些細なことで喧嘩を始めたんです。喧嘩は次第にエスカレートして、ついには魔法を使って攻撃するほどになりました。そしてその時に飛んで行ったいくつかの魔法がシンジャオツに降り注ぎ、家屋を破壊したんです」
「……嘘だろ?」
「嘘じゃありません。目撃者もいますし、その喧嘩で使用した魔法とシンジャオツに飛んできた魔法も同じものと照合されています」
「……嘘だろ……?」
「いえ、真実です。受け止めてください」
信じられなかった。これじゃあまるで魔族が悪いみたいじゃん。
……いや、実際悪いのか。え、これマジなの?
「ギルさんは魔族を信じているのね」
ショックを受ける俺に、巫女がそう話しかける。
「でもこういう事件はこれだけじゃないわ。他にもたくさんあるのよ。だから人間は魔族を危険視し始めたの。魔族にとっては軽いどつき合い程度なのかもしれないわ。レベルを上げやすい魔族なら低級魔法なんて喰らってもさほど痛くないし、物が壊れても魔法ですぐに修復できる。けど人間はそうじゃない。ちょっとした爆発でも怪我を負うし、物が壊れたら修理するのに人手も時間もかかってしまう。それこそが人間と魔族の深い隔たりと言えるわ。けどそれを魔族に説明しても、奴らは首をかしげてまるで理解していないのよ。けどそれは当然よね。小さな蟻んこが怪獣に、『危ないからあまり歩かないでほしい』とお願いしたところで、怪獣はなにが危ないのか理解すらできないのだから……」
なんてこった。俺は今まで、人間は魔族に嫉妬しているものだと思っていた。
人間よりもレベルを高めて強くなれる魔族を妬み、意地悪をしてるのだと思っていた。
けどそうではなくて、魔族に対して厳しいルールを作らなくては自分たちの安全を保てないからだとしたら?
え、もしかして俺たちって人間の事を勘違いしてた?
女神が魔王軍にわざと負けろって言ったのはこういう誤解もひっくるめてだったとか?
俺がそんな頭がグルグルしている時だった。
「ガルルルルルッ!」
突然獣の唸り声が聞こえてくる。
見るとそこには、牙をむき出しにした無数のオオカミが出現していたのだった。




