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「空からタライが降ってきた!」

「ここがノドカ村か。のどかな村だな」


 俺は今、神の奇跡を操る巫女がいるという情報を確かめるためにノドカ村へとやってきた。

 そんな村を見て感想を述べるのなら、なかなかに田舎だということだろう。

 広い範囲で田んぼが並び、水車が回って水を巡らせ、草木による緑がとても多い。

 まさに、平和な田舎の村である。


「静かで空気がおいしいですね。なんだか時間の流れが遅くなったような気させします」


 そしてもう一つ付け加えるなら、なぜか王女が俺の隣にいるということだ……


「なぜ王女が付いてきたのだ?」


「ここで王女と呼ぶのはまずくありませんか? ギル様」


「ぬ……そうであったな、リーザよ」


「キャー! 名前呼びされるとドキドキしますね♪」


 そしてなぜかはしゃいでいた……

 いや、それよりも王女は今さらわれている事になっているんだが……。こんなにホイホイ出歩いても大丈夫なのだろうか?


「外へ出かけるなら私も行きたいです! なぁに大丈夫ですよ。私はお城から外出したことがほとんどありません。顔を知っている人なんてまずいないはずですから」


 そうして念のためか、羽織っている白いマントとフードで身を隠す。

 王女お気に入りのお忍びスタイルだ。

 ……忍んでいる割には色鮮やかで柄もかわいらしい気がするのだが……


 そうして俺たちは村の中をゆったりと歩く。

 小さな村といっても田んぼや畑が多い村だ。歩き回るにはそれなりに時間がかかる。

 通りすがりの村人に聞き込みをしてみると、やはりこの村には巫女が来ているらしい。俺たちは子供たちの遊び場となっているという広場までやってきた。


「お姉ちゃん何かやってみせてよ~」


 そうして見つけた。子供たちに群がられている一人の巫女を。

 赤と白の分かりやすい巫女服であるけれど、歩きやすいようにかスカートの丈は短く、ソックスをはいている。

 長い黒髪には、片方だけリボンを使って結っていた。

 それに、思っていた以上に若い。というか幼い。王女と同じくらいの背丈ではないだろうか?

 神の奇跡を操る巫女なんて言われているのもなのだから、俺のイメージとしてはかなりの修行を積んだ高齢者だと思っていた。それが王女と同じくらいの年齢だとは……


「まだ子供ですね。あの子で間違いないんでしょうか?」


 王女も多少驚いている。なので、少し様子を見ようと切り株に腰を下ろして遠くから眺めることにした。

 すると、その巫女は手に持っている杖を握りしめるようにしながら祈りを捧げた。

 何をしようとしているのかは分からない。けれど、周りの子供たちもそれをジッと見つめていた。

 すると――


 ヒュ~~……


 なぜか上からタライが落ちてくる。

 そのタライは真っすぐに巫女へと向かって――


 グワン!


 見事、巫女の頭に直撃した。

 長い黒髪をなびかせて、巫女はパタリとその場に倒れこんだ……


「あはは~、巫女じゃなくて芸人だよ芸人!」


「神の奇跡なんてインチキだ~」


 周りにいた子供たちは笑いながら巫女から離れていく。

 後には未だ倒れている巫女だけが残ったわけだが、俺には今の光景が信じられなかった。


「リーザよ、今のを見たか!?」


「はい。いくらタライとはいえ、あの高さから頭にぶつかったのは心配ですね。大丈夫でしょうか?」


「いやそうではないわ!! 上には何もないんだぞ!? 空からタライが降ってきた!」


 そう。上は何もない。

 あるのは青空に浮かぶ雲だけなのだ。そんな空からタライが降ってくるなんて普通ではありえない。


「確かに不思議ですね。魔法でしょうか?」


「いや、魔法を使うには魔力が必要になる。そして魔力の流れは我ら魔族は敏感に感じ取れるのだ。今は一切魔法を使っていない。まさに神の奇跡だ!」


「タライが降ってくる奇跡ですか……?」


 マヌケな光景だったが、魔法以外の不思議な力であることは間違いない。なんにせよ、巫女の周りには誰もいなくなった。話すなら今だろう。

 俺たちは、身を起こして頭をさすっている巫女に近づき声をかけた。


「すまない。キミが神の奇跡を操るという巫女で間違いないだろうか?」


「あら?、えぇそうよ。と言っても、まだ修行中なのだけれど」


 はやりこの子がそうだった。

 振り向いた少女は少しつり目で、第一印象は気が強そうだと感じる。

 声は幼いが張りがあり、はきはきとしていた。


「俺はギル。神の奇跡というものを一度拝見したくて会いに来た」


「私はリーザです。よろしくお願いしますね」


「リーザ……さん?」


 王女が挨拶した時だった。巫女は不思議そうな顔をして王女の顔を覗き込む。


「ええっと、なにか?」


「あ、いえ、ごめんなさい。確か聖王都の王女の名前と同じだったものだから。偶然よね。あ、私はアヤっていうの」


「あ、あはは……よく言われます」


 あっぶな! 速攻で素性がバレるところだった。

 どうやら王女の名前は知っているけど、顔までは知られていないようだな。このまま話を進めていこう。


「それで、俺は神の奇跡というのに興味があるのだが、差しさわりのない程度でもいいので教えてはくれないだろうか」


「いいわよ。私はね、神様の声を聴くことができるの。だから神様にお願いをして、それが聞き届けられたときに願いを叶えてもらえるのよ」


 ……神の声を聴くことができる、か。にわかには信じられないが……

 というか、そんな重要なことをなんの疑いもなく教えてくれるのか。この娘、汚れを知らないばっかりに危ういかもしれないな。

 それはそうと……


「先ほどはタライが空から降ってきたようだが?」


「見てたの? 恥ずかしいわね。あの時は子供たちを笑顔にしてほしいってお願いしたからよ。結果的に喜んでくれたわ」


 ただ単にバカにされただけに見えたが!?

 いや待てよ……


「確か、最初に修行中と言ったな。もしかして完璧に引き起こせる訳ではないのか?」


「ええ。失敗してしまうこともあるわ。というか、失敗してしまうほうが多いかも……」


 ふぅむ。神に願い届けても聞いてもらえない事があるという意味なのだろうか?

 正直、まだ力の正体ははっきりしない。

 まぁとりあえず、他にも色々と聞いてくとするか。この娘の力が本物なら、勇者と行動を共にしてもらいたからな。


「ところで、今は旅の途中なのだろう? さっきからお供が見当たらないのだが……」


「いないわ。私は一人で旅をしているのよ」


 何!? それは危険すぎないか?

 神の奇跡も失敗すると言っていた。いくら修行中とはいえ、こんな小さな少女が一人で旅だなんて危険すぎる。


「キミは一体何が目的で旅をしているんだ?」


 俺がそう聞いた瞬間だった。

 巫女の目つきは急に鋭くなり――


「私は……魔王を倒すために旅に出たのよ!」


 そう、決意を語るような口調で言うのだった。

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