「あれがググレカスというなんだか腹の立つ名前の街です!」
「見えてきましたよ魔王様。あれがググレカスというなんだか腹の立つ名前の街です!」
仮拠点にしている洞窟から北に三十分ほど歩いた辺りで街が見えてくる。そう、俺たちは伝説の装備を調べるために、王女と数人の魔族を連れてその街へとやってきた。
「それでは『調べもの係』と『お買い物係』に分かれるぞ。どっちが先に終わるかわからないから、終わった方が迎えに行く事にしよう」
「了解っす!」
街に入ってから俺たちはお買い物係の魔族たちと別れを告げる。そうしてから王女と二人きりで街を歩いた。
周りを見る限り、特にこれと言って栄えているという感じではない。派手な店もなければ、人がわんさかと溢れている事もない。それなりに道が整備されているくらいの平凡な街並みだ。
よく晴れた日の暖かい風が心地よく、子供たちが元気よく駆け抜けていく様は平和そのものである。
「こうして魔王様とお散歩するのも、なかなか珍しい事ですよね。あ、見てください。あそこに猫がいますよ」
隣の王女はとても楽しそうにしていた。
こんな街中で俺を魔王と呼ぶのもどうかと思うが、周りに人がいない事を確認しているのだろう。王女はそういう配慮は完璧だと言えた。
「あ、大きな建物が見えてきましたね。きっとあそこが図書館ですよ」
同じような作りの民家が並ぶその先に、かなり大きな建物が顔を出していた。
どうやら、ここで調べものをすればなんでも分かるという話は大げさではないらしい。
そんな建物を見ながら歩いている時だった。ドンと俺の足に何かがぶつかってきた。
建物から目線を下げてみれば、そこには王女よりも小さな女の子が尻餅をついて俺を見上げていた。
「あ、あの……ごめんなさい……」
その子は怯えた表情でそう言った。
俺が魔王であることはもちろん、魔族だという事さえも気づいてはいないだろう。見た目は人間と全くかわらないのだから。
恐らくは大人とぶつかってしまったという恐怖で怯えているのだと思う。だから俺は、しゃがみこんで目線を低くしながら幼女を起こしてあげた。
「よそ見をしていてすまなかった。怪我はないかな、お嬢さん?」
「ふえ? う、うん。大丈夫……」
まだ少し警戒しながら、彼女はそう答えてくれた。
その子はどこにでもいるような子供だった。少しブカブカの服にスカートをはいているところが微笑ましい。
よく見ると、尻餅を着いた時だろうか、手のひらをすりむいていた。
「ふむ、手を少しすりむいているな。俺が治してあげよう」
そう言って、俺はその子に回復魔法をかけてあげた。
当然、傷は瞬時に治っていく。
「わあああ!? お兄ちゃん凄いね! 魔法使い?」
その子は目を輝かせて驚いていた。
「まぁな。けど、みんなには秘密にしてくれ。バレると厄介なのだ」
魔法が使える。イコール魔族というのは大体合っている。故に、あまり見せたくはないのだが、子供が相手なら問題はないだろう。この街も用事がすんだらすぐに離れだろうしな。
俺は魔王軍で人間を支配しようとしていたが、別に子供は嫌いじゃない。子供というのは純真無垢で裏表がないのだから。
魔族だろうと獣人だろうと、楽しければ誰とでも友達になってしまう。子供はそれでいいのだと俺は思う。
いつの日か大人の事情に巻き込まれ、世界の価値観を刷り込まれるその日までは、どうか自由でいてほしいと思っている。
「お兄ちゃん優しいのね。それに凄くカッコいい!」
俺にもそんな頃があったものだ。子供を見ているとついつい昔を思い出す。
「決めたわ。あたし、お兄ちゃんのお嫁さんになる!」
そうそう。子供とはいつも自由で……ん?
「今からあたしたちは夫婦よ。よろしくね、あなた」
……いや、それは少し自由すぎないか……?
「だ、だめー! 魔王さ……いや、ギル様と結婚なんて認めませんよ!」
王女が慌てて止めに入った。
「ふえ? あなた誰?」
「私は……この人の付添人と言いますか、なんかそんな感じの立場です!」
説明がてきとうすぎる……
「なんであたしがお兄ちゃんと結婚しちゃいけないの!?」
「なんでって……会ったばかりで急すぎですよ!」
「でも、愛に時間は関係ないってママが言ってた」
「そうかもしれませんけど、ギル様は人気者なんです! いきなり横入りはズルいです!」
「ふえ~? もしかしてあなたもお兄ちゃんの事が好きなの?」
そう言われた瞬間だった。
王女の顔が真っ赤に染まり頭からは煙が吹き上がる。
「わわわ私は別に、すすす好きだなんて事は! いやでも嫌いという意味ではありませんので、そそそそそこは勘違いしないでください!」
すごいな。こんな慌てふためく王女を見たのは初めてだ。
「あたし、お兄ちゃんの事が気に入ったの! あなたには譲らないんだからねっ!」
「ダメったらダメです! 絶対絶対ぜーったいにダメー!」
ほほぉ~。こんな小さな子供と張り合うところを見ると、王女もまだまだ子供なんだと改めて認識させられる。
普段は利発的で抜け目がない印象があるから、こういう年相応の反応を見ると和んでしまうな。
「ふっ」
「ってギル様、何をニヤニヤしているんですか!? どうせ自分を取り合うこの状況を楽しんでいるのでしょう!? とんだロリコンですね!!」
「そんな訳あるかー!! 誤解を招く言い方をするんじゃない!! っていうかなんで俺が非難されなくてはいかんのだ!!」
とはいえ、この状況を落ち着かせなくてはいけないのも事実ではある。
俺は再びその幼女に向かって、出来るだけ優しく説明をした。
「いいかいお嬢さん。キミの気持ちは嬉しいが、まだ結婚できる歳になっていない。もう少し大人になってから決めてもいいのではないだろうか。俺たちもこれから用があるから、次に会う時を楽しみにしているよ」
「うぅ~……わかった。それじゃあバイバ~イ」
そうして幼女とは手を振って別れを告げた。
やれやれ、図書館へ着く前に妙な体験をしたな。そう思っていると、隣の王女が面白くなさそうな顔をしている事に気が付いた。
「どうしたのだ? 子供の言う事だから気にする必要はないぞ」
「いいえ! あれはもうフラグが立ちましたよ。ギル様はとんだ女ったらしです!」
そしてこの酷い言われようである……
「女の子というのはああいう約束を大事にするものなんです! 自分を磨きながらその日が来るのを待つものなんです! きっと数年後には物凄い美少女になって、『私を覚えていますか? あなたの許嫁ですよ』とか言いながら再登場するものなんです!! うわぁぁぁん……」
「いやどこのラブコメ漫画だ!!」
そもそも数年後といったら、俺はすでに勇者に倒されている頃だろう。さすがにそれまで長引くわけがないと思うのだが……
それにしても王女は本気なのだろうか。俺に好意を寄せてくれるのはうれしいが、王女の気持ちはきっと興味や好奇心の部類であって愛ではないと俺は思っている。
今はまだ斬新な気持ちのせいで、自分の感情さえ理解できていないのではないだろうか?
かと言って、それを俺が口にするのも残酷な気がする。う~む……
そうだ、いい事を思いついたぞ。王女に、『ジマクオン』の魔法をかければいいのだ!
この魔法は相手の情報を細かく文字化してくれるから、王女の気持ちが本当の愛なのかどうかが分かるはずだ!
さらに王女は前回のスライムメタル作戦の時に、俺の計画を邪魔したような節もあったからな。この図書館でも変な気を起こさないように見張る事も出来て都合が良いではないか。
では早速、王女にジマクオンの魔法をかけるとしよう!
俺はこっそりと魔法を発動させる。こっそりと言っても、魔法の知識がない者にとっては全くわからないものなのだが。
【魔王は王女の様子を伺っている。まるで変態でロリコンでストーカーのようだ!】
うるさいわ! なんで俺は自分で使った魔法にツッコミを入れられなくちゃいけないのだ!
大体俺の事はいいから王女の様子だけを伝えてくれ!
俺は魔力を調整して、王女のみをターゲットに指定した。
「ギル様、図書館に着きましたよ。さぁ中へ入りましょう」
そうして調べものとは別に、王女の思惑を調査しようという別の任務が始まったのだった。




