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「それはつまり魔王様と図書館デート……」

「魔王様、寝る前に少しよろしいでしょうか。お部屋に入れてください」


 最近、王女の様子が少しおかしい。


「お邪魔します。え? いえ、特に用事はありませんよ? ただ、その……魔王様とおしゃべりがしたかっただけです。何か面白い話はありませんか?」


 様子がおかしいというよりは、非常に懐かれていると言うべきだろうか……


「なんでもいいんです。何かお話してくださいよぉ~魔王様~」


 どうしてこうなったのだろうか? いや、原因は大体わかっている。

 あのトラップで自爆しようとした作戦の後からだ。あの時、誤って檻に閉じ込められた王女を救い出した時から妙に懐いてしまっている。


「魔王様。ねぇ~ねぇ~魔王様魔王様。まお~さま~」


 いやわかっている。俺たちは人間も魔族も関係ない。こうやって気に入った相手を見つけ、交友を深めて絆を紡いでいく。

 王女の好意がわからないほど鈍感なつもりもない。


「う~む、では次に勇者がやってきた時に、どうやったら殺してもらえるかを話し合おうか」


「そんなの面白くないですよ~! もっと明るい話をしてください!」


 しかし俺は思う。今の王女の気持ちは愛などではない。

 ずっと城内で退屈な生活を送っていた子供が、このような刺激的な生活を始めたのだ。好奇心が疼かないわけがない。王女の気持ちは、そんな気持ちの高ぶりから来る『興味』のような感情なのだろう。それを愛と勘違いしているのだ。


「……それに、勇者様が次に現れる時は伝説の盾を手に入れた時です。魔法を跳ね返せるのなら、わざとやられる事もできるじゃないですか……」


 王女が寂しそうにそう言った。

 そう。それに俺は近いうちに勇者にやられる運命にある。今更愛やら恋やら育んで何になるというのか。


「その魔法を跳ね返す盾というのも本当かどうか怪しいところではあるがな。王女はよく伝説の装備を知っているようだが、他には何か知っているのか?」


「いえ、もうこれ以上は知りません。伝説の鎧と盾は城にあった本を読んで覚えましたが、それ以外はわからないんです」


 ふむ。という事は、その盾が使い物にならなかった場合、また勇者を逃がす口実が必要になるというわけだな。


「万全を期しておきたいな。なんとか他の装備も調べられないものか……」


「あ! それでしたら、ここから北に『ググレカス』という街があります。その街には大きな図書館があって、そこではどんな調べものも見つかるという話ですよ」


「ほう。その街の図書館で残りの伝説の装備を調べれば、所在を把握できる可能性が高いという訳だな。よし、今のうちに行ってみるか」


 俺がそう提案すると、なぜか王女の目が輝き始めた。


「おぉ~! それはつまり魔王様と図書館デート……ゴホン。調べものでお出かけという訳ですね! 楽しそうです!」


 楽しい? 黙々と資料を探す行為がか?

 そんな地味な作業が楽しいだなんて、王女は変わり者だな。


「ならば人数が多い方がいいだろう。暇な連中を集めて大勢で調べよう。おーい誰かいないかー」


 俺が大声を出すと、王女はなぜか慌てた様子で俺の口を塞いでしまった


「ま、魔王様、図書館には私たち二人で行きましょう」


「二人で? それはなぜだ?」


「基本的に、魔族は勉学には励まないものだとお聞きしました。つまり本を読んだりするのが苦手なのではありませんか?」


「ほぉ~、王女も魔族の事を理解してきたようだな。実はそうなのだ。我ら魔族はどうも本が苦手でな。読んでいると頭が痛くなってしまうのだ……」


「そうでしょうそうでしょう! しかしご安心ください。私は本を読んで調べものをするのが得意なんです。だから私一人いれば大体の事は調べられますよ。他の魔族さんを連れていく必要はありません」


 ほっほー。さすがは人間だな。子供とはいえ本の扱いはお手の物という事か。これは頼もしい限りだ。


「一応護衛のため、魔王様は着いて来て下さい。もしかしたら私が王女だと気づいて誘拐されるかもしれませんから」


「わかった。では俺たち二人で行くことにしようか」


 そう言うと、なぜか王女はグッとガッツポーズを取った。

 しかしその時である。


「魔王様、呼んだっすかー?」


 さっきの俺の声を聞いて、別の魔族が入ってきた。


「いやなに、図書館に出向く事になったから、誰かを連れていこうと思ったのだがな。別に必要ないらしい」


「へぇ~図書館っすか! なら俺も行きたいっすわ~」


 そんな事を言った魔族に、王女が慌てふためいた。


「え!? なんでですか!?」


「いや~、最近気になってる漫画があって、それを読みたいんすよね~」


「いやいや、図書館に漫画はありませんよ! ただ調べものをしに行くだけですからね!?」


「え、そうなんすか? じゃあエッチな本とかは!?」


「あるわけないじゃないですか!! 図書館をなんだと思ってるんですか!?」


 王女は顔を真っ赤にして追い返す。するとまた別の魔族が寄ってきた。

 次は二人組である。


「え、なになに? 図書館いくの? うひょ~懐かし~」


「俺たちも連れてってよ~」


 魔族の割には図書館が好きらしい。

 しかし、やはり王女は目を吊り上げて警戒する。


「漫画はありませんからね! 一体何をしにいくつもりですか!?」


「いや~俺ってさ、本を読むとすごく気持ちよく眠れるんだよね。久しぶりにあの心地よい眠気を感じようかと思ってさ」


「わかる~! 俺なんて図書館に入っただけで眠くなるもん」


「いやいやいや! 図書館は寝る所じゃありませんから! お昼寝がしたいのなら外で日向ぼっこをしながらやってください!!」


「え~でもエッチな本も読みたいしなぁ……」


「わかる~。俺なんて図書館に入っただけでドキドキしてくるもん」


「あなた達もですか!? 図書館にエッチな本はありませんよ!? 魔族の認識ってどうなってるんですか!?」


「え~嘘だ~。絶対あるでしょ。こう辞書と辞書の間とかに何気なく挟んで隠してあるでしょ?」


「わかる~! カモフラージュするのな!」


「いやいやいやいや、学生の本棚じゃないんですから! そういう場所じゃありませんから!」


 そう言って王女は、二人の魔族も必死に追い返す。

 なんだか今日の王女はツッコミが大変そうだなぁ……

 するとまたしても別の年老いた魔族が寄ってきた。


「お出かけですかな? それならワシも行きましょう」


「今度は何が目的ですか!? 図書館は漫画を読む所でもお昼寝をする所でもありませんからねっ!」


「そうではない。街に行くのならそろそろ買い物をした方がいいと思いましてな」


「そうですか。でもおじいさんには買い物は大変でしょう。私たちが図書館に行ったついでに買ってきますから、心配しないでください~!」


 そう言って何がなんでも追い返す。

 しかし、買い物か。確かにそろそろ買い足しをした方がいい頃かもしれない。

 俺たち魔王軍とて、人間の店を全く利用しないわけではない。必要なものがあれば普通にお金を払って買い物だってする。

 そう、使えるものはなんでも使うのだ。


「やっぱり誰か連れていくか。おーい、誰か来てくれー」


 俺が再び大声を出すと、すぐに他の魔族がゾロゾロとやってくる。


「な~ん~で~!? 魔王様はなんで誰か連れていこうとするんですか~!?」


 ついに王女が両腕をバタバタと振りながら癇癪かんしゃくを起してしまった。

 とはいえ、その姿は幼女が駄々をこねているようにしか見えなかったりする……


「いやなんでって、図書館で『調べものをする係』と『お買い物をする係』に分かれた方が効率がいいと思って……」


「い~じゃん! 私たちが図書館に行った帰りにショッピングすればい~じゃん!」


 王女がもはや自分の口調も忘れて地団太を踏んでいる。

 いやショッピングって……

 そんな悠長に楽しんでいる余裕はないんだがなぁ……


「それにな、俺たちじゃあ買い物は無理なんだよ」


「どうしてですか? 荷物が多くなるのでしたら、私だって少しは持てます!」


「いやそうじゃない。買ってきてほしい物リストには必ずエッチな本が入っているんだよ……」


「どんだけ欲求たまってるんですか!? セクハラです!!」


 いやだって魔王軍って男しかいないしなぁ。

 なんとなくここまでの流れで察する事もできたのではなかろうか?

 とにもかくにも、当然お買い物をする係は別の魔族が担当する事になったのだった。

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