「僕が勇者をぶっ殺してやるんだスラー!!」
「スライム如き、すぐに終わらせてやるぜ! てやー!」
【勇者の攻撃】
「ピキー!? やっぱり怖いスラー!!」
【スライムメタルは素早く身をかわした】
【スライムメタルは素早く身をかわした】
【スライムメタルは素早く身をかわした】
【スライムメタルは素早く身をかわした】
「ハァハァ、くそ、すばしっこいな!」
【勇者は息が上がっている】
う~む、まぁワザと斬られるのに抵抗があるのはわかるが、そこはなんとか我慢してやられてくれよ。ここでやられても女神によって来世は幸せな生涯が約束されているんだからさ。
「ハァハァ、くそ、心臓がバクバクいって息が苦しいぜ。ハッまさか!?」
【勇者は、この息苦しさは高血圧によるものではないかとショックを受けている】
おい! 何考えてんだアイツ。いいから頑張ってスライムメタルを倒してくれよ。
【勇者は朝に測った血圧値を思い出そうとしている。確か上が157。下は98だ!】
知らんがな! 今はどうでもいいだろ! いいから戦いに集中してくれ!
【勇者は、これが大好きなラーメンの食べ過ぎによるものではないかと不安を感じている】
【勇者は不安で動く事ができない】
今!? ねぇ、今それ気にする事なの!? 考えるの後でよくない?
ええ~い! スライムメタルよ、こっちから攻撃を仕掛けて勇者を正気に戻してやってくれ!
【スライムメタルは、なぜ自分ばかり狙われなければいけないのかと憤りを感じている】
【スライムメタルは、そういえばあの時も、と過去を振り返っていて動けない】
お前もかーい!! え、何この膠着状態。意味わかんないんだけど!
「なぁ王女、二人が全く動かなくなってしまったんだが……」
【王女は笑い転げている】
いやいやいやいや、楽しそうだなぁオイ! こっちは思い通りに進まなくて頭を悩ませているのに。
「王女! おい王女よ! なんだかスライムメタルの様子がおかしくないか? なんか妙に退治されるのを嫌がっているというか」
「そうですねぇ。やっぱりその経験値の量から、みんなに追い回されていてトラウマになってるんじゃないですか?」
「それにしたって嫌がりすぎだろ。死んでも女神によって来世は幸せになれると言うのに……。確かスライムメタルと話を付けたのは王女だったよな? ちゃんとその辺も説明したのか?」
俺がそう聞くと、王女は急に黙り込んだ。
そして次の瞬間――
「テヘペロ☆」
舌を出して、自分で自分の頭をコツンと小突いて誤魔化し笑いを浮かべた。
「おおーい!! まさかその辺のくだりを説明してないのかー!?」
「テヘペロ☆」
いやそれはもういいから!
って事はなんだ? スライムメタルは死んだら幸せな来世に転生させてくれる事を知らないのか!? そりゃ倒されるのを渋るわけだよ!
【なんと勇者は、この状況を打破する方法を思いついた!】
おお!? ついに勇者が動くのか!? もうなんでもいいから早く終わらせてくれよ!
【勇者は、ラーメンを食べても汁を残せば大丈夫だという結論にたどり着いた!】
そっち!? まだ高血圧を気にしてたのか!?
【勇者は、今晩食べるラーメンの事を考えている】
【今のところ、とんこつ醤油味が濃厚のようだ!】
どうでもいいわー!! もういい加減ラーメンから離れてくれ。どんだけラーメン好きなんだよ!
「スラー……僕だって、逃げるだけじゃなく敵を倒す側になりたいスラ……」
【スライムメタルは、自分が敵を倒す妄想をしてストレスを発散させている】
どうすんだコレ。全然動きがないんだけど。ホントどうすんだコレ……
「仕方ないですね。私がなんとかしてみます」
隣でお腹を抱えて笑っていた王女が、涙をぬぐいながらそう言った。
「どうするんだ?」
「石をぶつけて正気に戻しましょう」
そして俺が止める間さえ与えず、ポーンと石を放り投げた。
放物線を描きながら、王女の投げた石はスライムメタルに向かって飛んでいく。
そう、なんだかとても綺麗な色の石が飛んでいく。その鮮やかなエメラルドグリーンの石は、明らかにその辺に落ちているような石ではなかった。というか、どっかで見た事がある気がする。
どこで見たんだっけかな。あれは……そう! 我が魔王軍のアイテム係が保管していた『進化の石』によく似ている。
進化の石とは俺たち魔族や魔物がパワーアップするのに必要なアイテムだ。王国軍との戦いで必要になる事もあるかもしれないと、念のために持ってきていたのを覚えている。
……そういえば今朝、そのアイテム係が、進化の石が一個なくなった気がすると曖昧な事を言っていたな。まさかとは思うが、今投げた石がその進化の石で、王女がこの時のためにくすねていたとしたら……
――ペカッ!
石がスライムメタルの近くまで飛んでいくと、急激に輝き始めた。
目がくらむほどの輝きで、スライムメタルの姿が見えなくなるほどだ。そして、その光が治まると、なんとそこには巨大化したスライムメタルが存在していた。
【スライムメタルが進化をして、スライムメタルキングになった】
【スライムメタルキングは自分で命名したものらしい!】
いやそんな情報はいらんがな!
とにかくスライムメタルは進化してかなり巨大化してしまった。その大きさは一階建ての民家くらいはある。
「王女よ。まさかとは思うが、進化の石を持ちだしたのか?」
「えぇ!? そんな訳ないじゃないですか。足元に転がっていた石を投げただけですよ」
「嘘つけー!! あんな物がゴロゴロ足元に転がっていてたまるかー!!」
しかしこれ、経験値も増大しているはずだよな。もしこれを倒す事が出来れば勇者はかなり強くなるのではなかろうか?
まぁ、進化の石はそれだけ使いどころが難しいアイテムなのだが……
「ち、力がみなぎってくるスラ。僕は強くなったんだスラ!」
そう、進化の石はなにもいい事ばかりではない。しっかりと修行をして、身も心も鍛えていなくてはならないのだ。
そうしなければ、進化という急激な強さに酔いしれて、自分自身さえも見失う事になる。
「今まで逃げるだけだった僕が、逆に恐れられる存在になったんだスラ!」
けれどスライムメタルはきっと大丈夫だ。なぜなら勇者を殺せば魔王軍全員が地獄行きになるというリスクを知っているからだ。そんな俺たち全員を地獄行きにするリスクを背負う度胸などあるはずがない。
「倒す。勇者倒す! 僕が勇者をぶっ殺してやるんだスラー!!」
あ、ダメだこれ。なんかすっごく物騒な事を言ってるわ。完全に暴走しちゃってる感じだわ。
そもそもよく考えたら、幸せな来世に転生できる説明をされていないのなら、勇者が死ねば地獄行きになるっていう状況も知らないんじゃないか?
「なぁ王女よ。ちょっと聞きたいんだが、勇者が死ねば俺たち全員地獄行きになるという事実をスライムメタルに説明したのか?」
「テヘペロ☆」
うおおおい!? 何してくれてんのこのヤンチャガール! 頭いいはずじゃなかったっけ!?
いや、とにかく今は勇者だ。まぁ伝説の鎧を装備しているからそう簡単には死なないと思うが……
「今まで追い回してくれた恨み、晴らすスラー!!」
スライムメタルが突進を仕掛けた。
その巨体で迫る迫力は計り知れないものがある。
【スライムメタルキングの攻撃】
勇者はその突進を横に跳んでギリギリで避ける。
スライムメタルがその勢いのまま後方にある大木に激突すると、その大木メキメキとへし折れてしまった。
これ大丈夫なのか!? これホント勇者殺されるんじゃないか!?
「なんという敵だ。こうなったら必殺技を使うしかない!!」
そう言って勇者は、剣を自分の体で隠すように構える。
でもその必殺技弱いからなぁ……
「喰らえ化け物! プロミネェェェン、ストラーーーシュ!!」
【勇者の攻撃】
勇者の解き放つ衝撃波が、スライムメタルに直撃した!
【スライムメタルキングに春の暖かな風が吹き抜ける】
【スライムメタルキングに0のダメージ】
うん知ってた。それにしてもその表現はなんとかならんのか? いくら弱くても一応必殺技だぞ?
【スライムメタルキングは春のそよ風を吸い込んだ】
【なんとスライムメタルキングは花粉症になってしまった!】
地味に嫌な効果だなオイ! お前の必殺技はそういう嫌がらせに特化してるのか!?
「むむむ!? 鼻がムズムズするスラ。よくもやってくれたスラね!」
スライムメタルはさらに怒り出し、自分の体をグニャリと変形させる。鞭のように体をしならせて、へし折った大木を勇者に向けて弾き飛ばした!
「うおおおお!? あぶねっ!」
飛んでくる大木を目いっぱい伏せて回避する勇者。しかしそこを狙ってスライムメタルは大きく跳躍した。
「死ねぇぇぇ勇者ぁぁぁ!!」
【スライムメタルキングののしかかり攻撃】
スライムメタルがまるで隕石のように、勇者に向かって落下してくる。
これマズいぞ! いくら勇者が伝説の鎧を装備しているといっても、あの巨体で踏まれたら首の骨が折れる! というか頭を潰されて死ぬ!
「魔王様、これ助けないとヤバくないですか?」
隣で見ている王女は至って冷静にそう助言してくる。
わかってる。さすがにこのまま勇者を殺させる訳にはいかない。俺は茂みから手を伸ばし、魔力を集めた。
狙いはスライムメタルキング!
すまない。許してくれ。もし俺が死んだら、ちゃんと女神に話を付けてお前も幸せな来世にしてもらうから。
【魔王は最上位魔法、インフィニティノヴァを発動させた】
溜めた魔力を一気に解き放つ!
すると音が割れるような轟音と共に、俺の手のひらから膨大な魔力が放出された。
【魔王の魔法攻撃】
それは圧倒的な光の波。巨体であるスライムメタルキングを包み込むほどの光は、空に向かって一直線に伸びていく。
無限に止まらないその波動砲は、逆に隕石が空へと昇っていくように雲さえも散らしていった。
「スラァ~……」
俺の魔法に包み込まれたスライムメタルは、その轟音に飲まれて消滅していく。
【スライムメタルに827のダメージ】
【スライムメタルをやっつけた】
ふむ。攻撃魔法が効きにくいが、なんとか倒す事ができたな。
と、俺が一安心した時だった。
【魔王のレベルが85まで上がった】
え?
えぇ!?
し、しまったーー!? 勇者を強くするはずなのに、俺が強くなってどうするー!?
【魔王の攻撃力が55上がった】
【魔王の守備力が61上がった】
【魔王の最大HPが130上がった】
【魔王の――】
伸びるステータスに唖然となっていると、伏せていた勇者が起き上がって周りをキョロキョロし始めた。
「な、なんだ今の攻撃は!? 誰かいるのか!? 俺を助けてくれたのか!?」
さてどうしよう。魔王である俺が助けたなんて言えるわけないしなぁ。
すると隣にいる王女が、『私に任せて下さい』と言わんばかりのドヤ顔でガッツポーズを見せる。そしてその場の茂みからスッと立ち上がった。
「私です勇者様」
「王女!? なぜキミがここに! 囚われていたはずじゃ!?」
「魔王の隙を見て逃げてきたんです。そしてそのついでに保管されていたアイテムも持ってきたんですが、ここで勇者様を助ける役に立って良かったです!」
「なるほど。今の攻撃は王女が使ったアイテムだったのか! 助かったよ。ありがとう!」
平然とそんな作り話で勇者を納得させていた。
うむ、やっぱりこの娘、頭の回転が速いし演技力も凄いな。
「よぅし王女。魔王が追い付く前に一緒に逃げよう! さぁこっちへ!」
勇者が王女に手を伸ばす。
ここで王女が、隣で隠れている俺の服をクイクイと引っ張り出した。恐らく、ここで登場しろという合図なのだろう。
俺は、よっこらせと立ち上がった。
「追いついたぞ王女よー。もう逃げられんからなー」
とりあえずそう言っとく。
「くっ!? 魔王め、もう追い付いてきたのか!?」
正直言って、王女の隣の茂みから立ち上がっただけで追いついたように見えるのかは分からない。が、この勇者は特に疑問にも思っていないようなので深く考えない事にする。
「仕方ない。魔王よ、ここで決着を付けてやる!」
「いけません勇者様! ここはお逃げください!」
勇者と王女のやり取りが始まったので、俺は会話の流れを見守る事にした。
空気を読むのは大事だしな。
「何を言う王女! 俺にはこの伝説の鎧がある。今なら魔王とも戦える!」
「いいえ。守りを固めても戦いに勝利する事はできません。勇者様にはまだ魔王にダメージを与えるだけの装備が足りていないのです。実はここから西に行った渓谷に、伝説の盾が眠っていると聞いたことがあります。勇者様はそれを手に入れてください!」
「伝説の盾だって!? しかし、盾では結局ダメージを与える事なんてできないぞ……」
「いいえ勇者様。その盾はどんな魔法も跳ね返すという能力を持っているらしいのです。それがあれば魔王の使う魔法でさえ跳ね返して攻撃する事ができるはずです!」
それを本人である俺の前で言ったら意味がない気がする……
けどここは空気を読んで静観しておこう。
「どんな魔法も跳ね返す!? それは凄い!!」
「さぁ勇者様、今はお逃げください。魔王は私が押さえておきます。こうして抱き着けば、魔王は嬉しくて動けなくなってしまうのです♪」
そう言って王女はいきなり俺に抱き着いてきた。
また唐突にアホくさい設定を俺に押し付けるな! 抱き着いて嬉しいのは王女の方ではないか!
こら! どさくさに紛れて頬ずりするな!
「ロリコン魔王め、よほど王女に気があるようだな。デレデレして情けないぞ!!」
おいふざけんな。お前の目には何が映っているんだ? 俺がデレデレしているように見えるのならお前の視力は相当低いのだろうな!
「王女すまない。その盾を手に入れた時は必ず救い出してみせる。だから今はその行為に甘えさせてもらうぞ!」
そう言って勇者は西に向かって走り出す。そうして残された王女は未だに俺に抱き着いたままで満面の笑みを浮かべていた。
「ほら、もういいだろ。離れなさい!」
「あ~ん。せっかく魔王様と密着できるチャンスなのにぃ~……」
王女を引き剥がすと、ブーブーとその口から文句が零れた。
それにしても今回の作戦も失敗してしまったわけだが、俺にはどうしても気になる事があった。
「なぁ王女よ。少し確認してもいいだろうか?」
「はい。なんですか?」
「確かスライムメタルに今回の作戦を説明したのは王女だったよな?」
「はい。そうですね。失敗してしまって残念です」
「洞窟の中ではなく、外で戦わせようと提案したのも王女だったよな?」
「はい。もし何かがあって岩が崩れたら大変だと思いましたので」
「それで、スライムメタルを進化させたのも王女だったよな?」
「足元に転がっていた石がそうだなんて、すごい偶然ですよね~」
「……」
「……」
「……なぁ、もしかしたら今回のこれって、全部王女の計算通りだったんじゃないか?」
俺がそう言って王女の顔を見ると、すでに王女の目には大粒の涙が浮かんでいた。
「ひどい! 魔王様は、私が勇者様を殺そうとしていると言いたいのですか!?」
「え? い、いや、そういう意味ではないが……」
「確かにスライムメタルさんに説明し忘れていた事があったのは事実です。でも私、勇者様を殺そうだなんてこれっぽっちも考えていません!!」
そう言って、自分の両手で顔を隠してスンスンと泣き出してしまった。
これって演技じゃないよな!? 本気で泣いてるんだよな!? 人って演技じゃ涙なんて出ないよな!?
これはマズい! いくらなんでもこんな子供を泣かせてしまっては俺の流儀に反する。
「すまなかった王女よ。もう泣かないでくれ」
俺は自分のマントを脱いで、スパッと切り裂いた。
「泣かせるつもりではなかったのだ。手持ちの布なんてこんなものしかないが、どうか涙を拭わせてほしい」
そっと王女の涙を拭っていく。すると王女はまた顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「うぅ~……やっぱり魔王様は素敵です。私、一生ついていきますからね!」
そう言うと王女は、俺の腕にしがみ付いて離れなくなってしまった。
やれやれ、勇者にやられなくてならない俺に、一生ついていくだなんておかしな話だ。
それにさっきまで泣いていたのが嘘みたいだな。
……嘘、ではないんだよな? 本当に泣いていたんだよな……?
そういえば王女は、自分は勇者を殺そうとしてなどいないと必死に訴えていた。しかし本当の目的が、俺のレベルを上げて勇者にやられ難くするためだとしたらどうだろうか?
そっちを追求していたら、王女はなんて答えたのだろうか……?
いや、もうこの話は終わったのだ。もういいだろう。
なんにせよ、俺はまた次の作戦を考えるだけなのだから。




