「私の名前はイリーナ。あなたたちが言うところの神様よ」
その世界は、レベルというシステムが組み込まれた世界であった。
しかしレベルの成長率には個人差があり、よく伸びる者もいれば、そうでない者もいた。
この世界で強さだけを見るのなら、魔法の才能に秀でた『魔族』はレベルがよく上がり、魔法の力も、レベルアップによるステータスの高さも多種族の中でも上位になる。そんな魔族に人間族は脅威を感じ、いつの時代からか、人間族は魔族を差別するようになった。
魔族は多種族と共存を望んでいたが、人からの風当たりは日に日に増していき、少しの問題でも処罰を受けるようになっていく。
そしてついに魔族は我慢の限界を迎え、人間族と戦うために立ち上がった!
これからの世界に人間はいらない。強い者が頂点に立ち、世界を動かしていくのだ!
そんな思想を持つ魔族の王、『魔王』に多くの仲間が集っていき、魔王軍が出来上がった。
魔族はもちろん、獣人族、巨人族、あらゆるモンスターを配下につけ、今まさに、夜が明けた時には歴史に刻まれるような大きな戦いが始まろうとしていた。
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【聖王都シャイーンから北の洞窟】
「ついに明日は聖王都に乗り込むのか。緊張してきたぜ」
「なぁに、オイラたちには魔王様がついているんだ。勝利なんて確実なんだな」
獣人族のライカンスロープと、巨人族のオーガが食事をしながらそんな会話をしているのが聞こえてくる。
そう、俺たちは明日、聖王都に乗り込んでそこでいる人間たちを根絶やしにする!
今まで俺たちに理不尽な扱いをしてきた連中に裁きを下すのだ!
「おや? 難しい顔をしてどうしたのですかな。魔王様側近のギル殿」
俺にそう話しかけてきたのは、翼の生えたガーゴイルだった。
ここにいる者はみな、人間に迫害されて恨みを持っている者たちばかりだ。魔族だけではなく、いろんな種族が集まり魔王軍となった。
「いやなに、ついに明日は決戦だと思ってな。腕がなるというものだ」
「はっはっは! こんなにも顔立ちが良く、実力もトップレベルのギル殿を敵に回すとは、人間は本当に愚かな種族ですな」
そう、俺も少なからず人間に恨みを持っているうちの一人だ。
子供の頃は人間と一緒の村で暮らしていた俺だが、日々の鍛錬でレベルが上がり、守備力で体がカッチカチになっていく度に周りからはひがまれるようになっていった。
俺は次第に嫉妬の目で見られるようになり、いつしか村のみんなからいじめられるようになった。
そんな俺に手を差し伸べてくれたのが、魔王デスライク様だ。
魔王様の元で俺は修行して、ついには側近になるまで成長した。今の俺は、魔王様の作る新世界を実現するために戦う魔王様の右腕なのだ!
「ふっ、お世辞はよせ。それに顔立ちが良いと言うのなら、勇者が圧倒的に人気だろう」
「確かに、今現在聖王都に待機しているという情報の勇者はとてつもなくカッコいい容姿をしているらしいですな。けど俺には、ギル殿も負けていないと思いますがね」
実際に勇者と会った事がないために、どんな格好をしてどれだけ強いのかは分からない。しかし、明日の決戦でぶつかる事は間違いないだろう。
そんな会話をガーゴイルと交わしている時だった。食事で賑わっている広間の中心が突如として光だした!
光はドンドンと大きくなり、俺たちは目を開けていられなくなる。
「な、なんだ!? 何が起こった!?」
誰かがそう叫ぶ。もちろん俺だって何が起きているのか皆目見当がつかなかった。
警戒を怠らずに様子を伺うと、次第に光が治まっていく。するとそこには一人の女性が立っていた。
神々しいローブを身にまとったロングヘア―の女性。成人してるのか微妙なところといった年齢に見えるが、どこか神秘的な雰囲気があった。
「皆さん、こ~んば~んは~」
女性が元気に挨拶をした。その瞬間に俺の中の神秘的な雰囲気はぶっ飛ばされる。
「こ、こんばんは……ってそうじゃねぇ! てめぇは一体何者だ!! どうやって入ってきた!?」
一人の魔族が困惑した様子でそう叫んだ。
「落ち着きなさいって。ちゃんと自己紹介するから。私の名前はイリーナ。あなたたちが言うところの神様よ。ま、正確には女神だけどね~」
ニコニコした表情のまま、その女性は確かにそう言った。
神? 女神? はっきり言って俺はこの世界の歴史なんかには全然詳しくないのだが、これまで神が現れたという話は一切聞いた事がない。
「あなたたち魔王軍は、明日大きな戦争を起こそうとしているわね? それで、非っ常~~~に申し訳ないんだけど、その戦いにわざと負けてほしいのよ」
両手を合わせてお願いするようなポーズだが、ウィンクを決めるあたりふざけているようにも見える。
「は……? はぁ~~~~? ふっざけんじゃねぇぞ!!」
「そんな事できるわけねぇだろ! 舐めてんのか!!」
当然、みんなは怒りをあらわに抗議を始める。
流石の女神様とやらも、慌てて何かを言っているが周りがうるさすぎてもう声さえ聞こえない。
そんな時だった。
「皆の者、鎮まれ~い!」
その一声に騒ぎがピタリと止んだ。この威厳ある声は、魔王デスライク様だ。
「女神を語る不届き者よ、貴様の戯言には付き合えんな。早々にお帰り願おうか。それとも、ここで八つ裂きにされる方が好みかな?」
魔王デスライク様。その体は俺たちの二倍ほども大きく、漆黒のローブで全身を包んでいる。
文句なしこの世界最強の実力者だ。
「はぁ~……やっぱり素直に聞いてはもらえないわよね。それじゃあ仕方ないから、今から魔王さんを攻撃しちゃいま~す。え~い、神の裁き~」
【イリーナの攻撃】
ポワッという気の抜ける音と共に、女神の手のひらから小さな光が放出された。それは魔王様に向かって飛んでいき、目の前で光り輝いた!
「ぬ?」
【魔王デスライクは光の彼方へ消し飛んだ】
そして光が消えると、魔王様の姿も完全に消えていた。
【なんと魔王デスライクは死んでしまった】
……え? ……ええぇ?
ええええええええええええええええええええええ!?
ま、ま、ま、魔王様!? え? 本当にやられてしまったのか!? あの魔王様が!?
魔王様のレベルは99。その恩恵でもはや不老不死だとか、完全無敵だと言われていた魔王様が一瞬で消し飛ばされてしまった!? そんな馬鹿なぁ~!!
「は~い、魔王さんは死んじゃいました~。これで少しは信じてくれたかな~?」
開いた口が塞がらない。多分、今の俺はハニワみたいな顔をしていると思う……
当然、俺だけじゃなく周りのみんなも大混乱だ。
「はいはい注目~。これが今死んだ魔王さんの魂で~す」
そう言った女神の手のひらには、淡く燃えるような揺らめく炎が乗っていた。
「あ、ああぁ……魔王様、本当に死んでしまわれたのですか……?」
俺は炎に向かって話しかける。
「残念、魔王さんはもう魂なのでお話はできま~ん!」
ガーン……。我々の希望が……。我々の王が……
なんておいたわしや……
「嘆く必要はないわよ。あなたたちがちゃんと勇者に負けてくれたら、この魔王さんの魂は輪廻転生させて、来世は幸せな生涯を送れるようにするから」
「り、輪廻転生? そんな事ができるのか?」
俺は力なくそう聞いてみる。
「もちろん出来るわ。私は転生を司る女神だもの。もちろん、勇者にわざと負けてくれたここの皆さんも、来世は幸せになれるように調整しちゃいま~す!」
ザワッと、その言葉にみんなが反応する。
「さらにさらに、特別サービスで来世はどんな生涯が送りたいか、その願いも一つだけ叶えちゃいま~す!」
ザワザワとさらに周りが騒がしくなる。
来世は好きな生涯を送れる。そんな女神の言葉に、一同は顔を見合わせるのだった。




