~涙するにもほどがある!55~
数メートル上を行く結人をちらりとっ見送ったラプソディアは、すでに民衆に包囲されつつあるティスと背中を並べていつ襲われてもいいように身構える。ティスはカレンデュラを鞘に納めたまま身構えた。
「ラプソディア殿、すまないが民たちを出来るだけ傷つけたくはない。可能な限り無傷で無力化してほしい」
「これは、ティスもまた面倒なことを言ってくれますね。善処はしますが、この人数相手にどこまでいけるか」
ティスは苦笑いを浮かべながら「恩に着る」とだけ言い、襲い掛かってきた最初の一人のみぞおちに鞘の先端を突き立て、さらに九十度捻りを入れる。ぐったりと動かなくり鞘にもたれかかってきた敵を、思い切り押し返して地面になげうつ。
それを見たラプソディアが今度は苦笑いを浮かべる番だった。
「おや、無傷でという割には、扱いが雑ではないですか?」
「このくらいはご愛敬だろ」
「全く、あなたと言う人は。いざとなれば、空中へ離脱するのでそのつもりでいてください。出来る限り結人様達に敵の眼が向かないようにこちらに注意を引きましょう」
ティスとラプソディアは次から次へと襲い来る民衆を出来る限り傷つけないよう対処しながら退けていったのであった。
ティスとラプソディアのことが気になりつつも、彼らを振り返らないようにしながら結人とスズネは連なる屋根の上を慎重に、しかし出来る限り早足で進んでいく。
闇の中、遠くにぼんやりと聳え立つ城は、なんともいえない不気味さを醸し出し、まるで近づくなとでも言っているかのように明かりなど灯っている雰囲気がまるでない。
階下に見える通路には、おびただしい数の民衆が集まり、ラプソディアやティスがいる方向へとぞろぞろと歩いている。ラプソディア達のおかげで、結人とスズネの存在は気づかれていないようで、誰一人として屋根の上に注目するものはいないはずだった。
だが、スズネの狐人族としての嗅覚が本能的に視線を感知する。
「結人様、城の方角の上空に何かいます」
スズネの一言に上空を振り仰いだ結人の眼には何も映らなかった。何も見えないという旨をスズネに伝えると、まだいるとのことだったので、今度はオルクスを目に集中させて上空を仰ぎ見る。
オルクスを集中させたことで、周りの動きが自分を残してスローモーションにでもなったのかと錯覚するような世界の中、意識を瞳に集中させると昼間と変わらないのではないかと思われるほどに明るく見通しが効くようになった。
「スズネが言っているのは、あれか」
上空の遥か彼方、城に近い所を鳥とはまた違う何かが数羽飛んでいるようだった。オルクスを瞳に集めて周りの光景がスローモーションに見えたことはこれまでも何回かあったが、これほど深く集中してオルクスを流し続けたことはなかっただろう。
結人は、オルクスの反動で、眼が重たくズーンと痛くなるのを必死に手で押さえて何とかやり過ごしながら言葉を口にする。
「もう少し屋根伝いから先へ行ってから下へ降りるようにしよう。あいつらは」
そこまで喋ったが、眼の痛みがひどくなり気持ちが悪くなってきた為一度言葉を切る。その様子を察して、スズネが一歩近寄り、心配そうな顔で結人の顔を覗き見る。
「結人様、眼をどうかなされたのですか?」
「大丈夫。オルクスの扱いにまだ慣れていない部分が多くて……。すぐに収まるから大丈夫」
結人は今なお重たい鈍痛がしているのを必死にこらえながら、心配をかけないように顔を上げ笑顔を作ろうとしたがぎこちのないものになってしまっていたらしく、スズネの心配そうな顔は晴れなかった。
しかし、今はそれよりもリアのもとへ急ぐことの方が最優先だ。「行こう」とだけ力強く言い、結人はまた屋根の上を歩き始める。スズネもそのあとに続く。城まではまだ今来た道乗りの倍近くあるように思えた。
もう少しでリアに会える! という想いを胸に、結人は前へ前へと進んでいったのであった。
リアが閉じ込められている王城の一室から伝わってくる廊下の雰囲気は、不気味なほどに静まり返っているのだが、今日はどこか違うように感じていて、横になって目を瞑っていたがそれが気になって気になって寝られそうな気がしない。
決して普段から騒がしいわけではないのだが、空気が張り詰めたようにシーンとしている。
「ルシウス? いますか?」
リアは透き通るほど白い小柄な顔を扉に近づけて囁く。ルシウスとは、藍色の髪と瞳をしていて、女性であれば振り向かずにはいられない美貌を持った好青年で、体には重々しい鎧を身に着け、その鎧の胸のあたりには十字架をドラゴンが守るようにして絡みついている聖光教会の証であるエムブレムが輝いている。今現在リアが最も信頼している者の一人だ。
いつもであれば、扉の前でリアの監視という名目のもと、傍にいてくれてすぐに答えてくれるのだが、なぜか今は返事がない。留守にするときには必ずリアに伝えてくれているのだが、何も聞いていない。
彼が黙っていなくなる理由が思いつかなかったリアは、ドアノブへ手をかけて回してみた。いつもだったら鍵がかかっていて少し回ったところでカギのロックに引っ掛かりそれ以上回らなくなるのだが、今日は止まることなくドアノブが回り切り、かちゃりと音を立てて扉を開けることが出来たのだった!
~おもちろトーク~
ラプソディア「私たちのことは構わず行ってください」
結人 「一度やってみたかったシチュエーションだ!ファイト―」
ラプソディア「イッパ―――ツっ」
いつもお読みいただきありがとうございます。
リア救出に向けて動き始めた結人達一行。今後どうなっていくのか楽しみですね♪
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