いせたべGW~番外編 出会い~(後編)
昨日投稿させていただいた、いせたべGW~番外編 出会い~(前編)の続きとなります。
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
「あれは、ドラゴン? 遥か北の山脈にいるはずのドラゴンがどうして」
ティスたちが乗っている騎竜も、ワイバーンという種類のドラゴンだが、今飛んで行ったのは太古の昔から生息する古龍種と呼ばれる種類に違いなかった。その気性は荒く、見たものは生きて帰れないという言い伝えまであるほどだ。
ティスはふと古龍種が飛んできた方角を振り返ると、とてもではないが信じられない光景が広がっていた。一匹でも人の力では倒すことなど到底不可能とされているドラゴンが、空を覆いつくさんとするほどの群れを成して飛んでくるではないか。しかも多種多様な種族が入り交じっているようだ。王都ゲネシスは、リアの張った結界に守られているためある程度の攻撃までは防ぐことが出来るだろうが、さすがにこの数のドラゴンが攻撃を仕掛けてくると一瞬にして砕け散るだろう。
とにかく撤退の指示を出さなければ手遅れになる。いや、すでにあれだけのドラゴンが押し寄せてきているのだ。もう手遅れなのかもしれないが、諦めるわけにはいかなかった。ここに集いし者たちは皆王国の騎士たちであり、王国のため命すら投げ出す覚悟をしている者たちが大半だ。だが、一方的な殺戮とあっては話が違う。まだ魔物は残っていたがティスは急ぎワイバーンに跨っている伝令役に撤退の指示を出し、師匠の下へと駆け寄った。
「騎士長、あちらをご覧ください! ドラゴンの群れです。あんな群れは見たことがない」
師匠のカエルムは飛翔してきた蝙蝠型の魔物、といっても大きさは人間より大きいのだが、を切り伏せたところで顔をあげ言われた方に目をやった。
「こいつは……。おい、ティスの嬢ちゃんよ。俺も後から行くから先にいけ。まだ魔物の群れはわんさかいるからこいつらを素通りさせるわけにはいかねえ」
カエルムがそういうであろうことは分かっていた。ティスは覚悟を決め、凛とした瞳でカエルムを真っすぐ見つめ返した。
「師匠、私も師匠と共に戦います!」
カエルムはひとつため息をつきながら頷いてやる。師匠と呼ぶということは、副騎士長ではなく一個人の意思ということだ。こういう時のティスは絶対に曲げないことを知っていたからだ。
「わかった。だが、命を無駄にするんじゃねえぞ。あいつらが接近してくる前にこの雑魚供を片付ける。あれだけの数のドラゴンが来た事自体信じたくはないが、なんとかリアの嬢ちゃんが張っている結界が持つと信じて王都まで撤退する」
ティスとカエルムはそれぞれの愛竜に指示を出し、撤退する騎士たちとは逆に二人だけで敵の掃討を開始したのだった。
どのくらい経ったのか分からない。数秒? 数分? 数十分? 目の前に迫る鳥型の魔物をカレンデュラで切り伏せドラゴンの位置を確認する。迫りくるドラゴンたちはものすごい勢いで飛んできているのだろう。先ほどよりも明らかに姿が大きくなり、その咆哮まではっきりと耳にすることが出来る。師匠のカエルムはあえて低空飛行をし魔物に近づいたところからネア・セリニへ魔力を注ぎ込み思いっきり振り抜く。振り抜くと同時に刃の先から魔力で形を成した水の刃が放たれ、襲い来るオーガの胴を真っ二つにし、勢いが衰えることなくそのあとに続く四足歩行の魔物の足を切り裂いた。そしてまた急旋回し飛翔してを繰り返している。やはり師匠はお強い。しかし魔物の数が一向に減らない。もちろん空からも水刃を飛ばし攻撃しているが、二人だけでどうにかなる数ではないのは明白だった。
ティスは急降下しながら一つ目の巨人、ギガンテスの横腹をすれ違いざま切り裂く。すれ違う時に大きな手で掴みかかろうとしていたようだったが、そんな遅い攻撃ではあたるはずがない。カレンデュラで切り裂いた傷口から炎が生み出され、ギガンテスの身体をあっという間に包み込んでしまう。だが、生命力が高いギガンテスは熱く苦しいのか、燃えながら大暴れし始めたのでこれ以上の追撃は不可能となった。他の魔物にも数撃浴びせた後、再び空に戻った時にカエルムと合流することが出来たので声を張り上げる。
「師匠、そろそろ私たちも撤退を! 王国の兵士たちはおおむね撤退することが出来ました。これ以上ここにいたらドラゴンと直接ぶつかってしまいます」
カエルムは下の魔物とドラゴンを見比べ逡巡したのち分かったと頷いて愛竜であるイデアの手綱を引いた。ここまでくれば、ドラゴンと魔物の同士討ちしてくれることを祈るほかない。撤退しようとしたカエルムだったが、イデアの様子がどこかおかしく、イデアが急に苦しみ暴れだしたかと思うと口から泡を吹き真っ逆さまにカエルムを乗せたまま落ちていく。それを慌てて追おうとしたティスも自分が乗っているエルピスが苦しみだしたことに気が付き、必死に手綱を操ろうと試みたが振り落とされないようにするのが精いっぱいで背中にのったままエルピスもイデアに続き落下していった。
地面にぶつかる瞬間にエルピスから飛び降り地面に転がるようにして落下の衝撃を吸収させたティスは、いまだ起き上がれないカエルムのもとへ駆け寄る。どうやらカエルムも生きているようではあったが、頭を強く打ったのか押さえた後頭部からは血が流れ顔色もあまりよくなかった。
「師匠、大丈夫ですか?」
こういう場合あまり動かない方がいいのだろうが悠長にそんなことを言っている場合でもない。ティスはカエルムに肩を貸しながらゆっくりと座らせるところまでもっていく。
「いててて。ティスはよく無事だったな。やっぱり歳には勝てないということかね。それより魔物たちは?」
そうなのだ。地面に足が付いているということはさっきまで魔物たちが横行していた場所に相違ないのだ。周りの状況を確認するべく見渡してみたティスは驚愕することとなった。さっきまで暴れていた魔物たちもまた口から泡を吹き、皆死に絶えていたからだ。すぐそこまで迫ってきていたはずのドラゴンの群れすらも姿が見えない所を見ると、ここにいる魔物たち同様口から泡を吹き苦しみながら息絶えたのだろう。いったい何が……
その時だった。ドラゴンたちが飛んできた遥か向こう、天より一筋の光が降りて行ったかと思うと、雲を、風を、木々を、台地すら抉りながら一直線にこちらに迫りくる。音はない。すべてが一瞬だった。迫りくる光に飲み込まれたかと思う間もなく目の前の何もかもが、死んでいた魔物も愛竜のエルピスもイデアも、師匠であるカエルムも一瞬にして目の前で蒸発し消えてしまった。それは一瞬の出来事のはずだったにもかかわらず、自分は死ぬのかと認識する時間は不思議とあった。そして強い衝撃を全身に受けティスの意識はそこで途絶えた。
ここは、どこだろうか。瞼が重たく開けることすら億劫で、体中高熱が出た時のようなだるさが全身を襲っていた。ティスは懸命に記憶を呼び覚まして天から伸びた光の筋が一瞬にして何もかもを飲み込んだことを、目の前で師匠が蒸発したことを思い出した。そうか。私も同じように死んだから身体が重く瞼も開かないのか。
再び意識をなくしていたのか、耳に何かが鳴く音が聞こえた気がした。そして、倒れているティスの無事を確かめるかのようにざらついた犬ほどの大きさの舌がティスの頬を舐めている感覚にはっと目が覚める。ティスはうつぶせの状態のまま、目をゆっくりと開けて起き上がろうと腕に力を入れてみるが、やはり体は重たく動けない。そんな彼女を心配するかのようにざらついた舌で再度舐める者がいた。
ティスは重たい首をゆっくり動かし、その正体を確認する。辺りはすでに暗く夜になっていて、大きな満月の明かりだけが辺りを優しく包み込んでいた。そして、ティスを心配そうに見つめる二つの優しい眼がそこにあった。
「おまえ、私のことを心配してくれているのか……」
まだ子供であることは一目瞭然の、しかも珍しい黒竜種であるワイバーンがティスの頬を心配そうに再度舐める。私はなぜ助かった? ふと、その疑問が頭に過ぎり、もしかすると師匠も生きているのではないかという考えに思い至り希望にすがるかのように重い身体を起き上がらせて辺りを確認した。
だがそこに残っていたものは、光が通り過ぎた後にできた深い溝でティスはその中に倒れていたようだった。それは遥か彼方から森を破壊し、大地を抉りながら崖の上に建てられた城のすぐ真横を通り、一直線に反対側へと延びていた。いったい何が起こったのか皆目見当もつかなかったがそんなことはどうでもよかった。目の前で消えた師匠やイデア、それにエルピスの姿が脳裏に蘇り自然と涙があふれだしティスは幼い少女のようにそこに座り込み泣き崩れたのだった。
ここは怪我人などが運ばれる一室で、包帯を巻いたおでこを押さえながらティスは起き上がった。あの後のことはあまり良く覚えていなかったが、必死に皆に説明し黒竜種のワイバーンを大事に持ち帰ったことだけは記憶にはっきりと残っている。傷は治癒魔法でほとんど治っていた。なぜティスだけが生き残ったのかというと、リアからもらっていたお守りの効果だという。なんでもそれを所持している者の命が尽きたときに一度だけ身代わりになってくれるのだと。このお守りは簡単に作れるようなものではなく、いつか戦いに赴く日が来るであろうティスのためにリアが何年もかけて毎日祈り、やっと出来たものだったそうだ。
それを聞かされたティスは複雑な感情に襲われたものだ。なにせその場で死んでいれば師匠や仲間の死を忘れられていたのだから。だが、生きてリアや仲間たちとまた話ができる喜びも感じていた。そんなとき師匠であったカエルムの言葉が蘇る。
「生きていればいつか必ず死というものは訪れる。だが、死というものが存在するからこそ生者もまたそこに存在し強くなれる。強く生きろ」と……
今ならカエルムの言っていた言葉の意味がよくわかる気がする。ティスは頬を伝う涙をそのままに、声を押し殺して泣いた。横に置いてあるカレンデュラと師匠が愛用していたネア・セリニを抱え込みいつまでも泣いた。
「私は師匠の死を……皆の死を乗り超えて必ず強くなります。だからどうか今だけは」
その時、光が差し込む窓の方でコンッと何かが当たる音がして涙を拭いながらそちらへ目を向けると、遊んでほしいのか木の枝を咥えた、まだ子供のノエルが爛々とした瞳でこちらを見ている。どうやらまた竜舎を抜け出してきたようだ。ティスはこのワイバーンにノエル《誕生》と名付けた。なぜノエルという名前にしたかというと、心配しずっと寄り添ってくれていたこの子との間になぜかは分からないが絆が存在していることがはっきりと分かったからだ。もしかするとこの子の親も先の戦いの折に死んでいたのかもしれない。死は悲しい。だがそのおかげで新たな出会いがあった。絆が生まれた。だからティスはノエルと名付けたのだった。
これがティスとノエルの始まりの物語である。
お読みいただきありがとうございます。
いかがでしたでしょうか?
今作ではノエルとの出会いを描いている反面、別れもあるという少し悲しいお話となってしまいました。
今作で登場した師匠カエルムは個人的に好きなキャラとなっています(笑)
話が変わるのですが、この回でなんと文字数が十万文字到達しました! これも皆様の声援があったからこそここまで書き続けて来れたのだと思います。ほんとにありがとうございます。
月曜日には定期更新である本編も投稿予定ですので、そちらもよろしくお願いいたします。
日頃、ブックマーク、評価、いいね、ご感想などしていただき誠にありがとうございます! 感想では、作品以外のことなども受け付けていますので、どしどしお寄せください。
今後とも「いせたべ」をよろしくお願いいたします。





