~涙するにもほどがある!15~
宙に舞い上がった結人の瞳は元の黒色へと戻っていたが、腕や爪といった部分は魔物化したままだ。すると、先ほどまで荒れ狂っていたオルクスが螺旋を描きながら結人の身体を上っていくように取り巻いていく。ティスは自分の眼が一瞬おかしくなったのかと思った。背中まで届きそうな真っすぐな黒髪に整った美貌、人間でいうところの黒眼は真紅の月よりも赤く染まる。細身だが無駄のない引き締まった体に沿うような鎧をつけ黒いマントをなびかせた残像がスッと現れたかと思うと結人に重なっていったからだ。
「結人!?」
訳が分からず困惑するティスとは裏腹に、ラプソディアやストラティゴスをはじめとする古参の魔族たちはその姿に驚きを隠せないでいた。
「まさかっ……リガーレ様!?」
結人に覆い重なった影は見間違うはずもない。誰よりも平和を愛し、千年前に殺された前魔王であるリガーレであった。
「聞け、わが同胞たちよ」
魔族は人間ほど涙もろくはない。だが、その姿や声、仕草はとても懐かしく、ラプソディアは自身の内にあふれ出る感情を抑えられずにいた。いや、リガーレを知るものならば誰もがそうだったに違いない。皆リガーレを前に片膝をつき恭しく頭を垂れた。
「我は魔王リガーレ。我を知っていない者も中にはいるようだが……ラプソディアよ、久しいな」
リガーレは眼下にラプソディアをみつけ声を掛ける。ラプソディアは戸惑いを隠せないでいたが、そっと胸の内に押し殺し顔だけ上げた状態で答えた。
「はっ、リガーレ様。こうしてまた相まみえることが出来たことにとても感動いたしております」
「ははは。相変わらずだな、お前は。そっちにいるのはストラティゴスか。お前も変わらんな」
ストラティゴスは動揺しまくっている様子で必死に答える。ラプソディアほど取り繕うのが上手ではないようだ。
「り、リガーレ様。またこうしてお会いできるとは……ですが、どうして?」
「くくくっ。ストラティゴス、お前も相変わらずだな。我は別に蘇ったわけではない。時間がないので手短に話そう。ここにいる皆に告げる! 私は多種族同士での平和は実現すると今なお思っている。千年前に裏切られてもなお、だ。そしてここにいる結人は私の代わりにそれを成し遂げてくれると確信している。我の言葉に具申するものはいるか?」
辺りは静まり返っていた。ここにいる魔族たちはもちろんのこと、魔界大陸におけるありとあらゆる存在が、魔王リガーレの言葉に耳を傾け、具申するものなど一人もいない。
「であるならば、今日この時より結人の言葉は我の言葉としれ! 結人に逆らおうとするものは我に逆らうも同罪だということを努々忘れるな! ラプソディア、結人を頼む」
その言葉を最後にリガーレの気配も、結人を取り巻いていたオルクスも一瞬にして掻き消えて、結人の身体が重力に逆らえず落下する。会場にいた誰もが息をのむ中、ラプソディアは危うげなく結人の身体をお姫様抱っこで抱きかかえていた。距離はそこそこあったというのに、相変わらずにして速い。
「皆様、魔王リガーレ様のお言葉を拝聴されたかと思います。これにより今日から結人様を魔王陛下と認め、最大の忠義を尽くすことをお忘れなきように。これにて解散といたします」
ティスはラプソディアのもとへ駆け寄り、結人の安否を確認する。心配のあまり呼び捨てにしていることにも気が付いていない様子だ。
「結人! 結人、大丈夫か?」
「ティス様、それほどまで慌てなくても魔王陛下はご無事ですよ。今は少し疲れて眠っておられるのかと。すぐにお部屋を用意いたしますので、安静な場所で休ませてあげましょう」
「かたじけない。それと、さっきまで暴走していたオルクスはまた暴走したりはしないのだろうか? 最初のオルクスの結晶の時はリアが作った封印のペンダントの力で何とか抑え込んでいたのだが」
ラプソディアは今の言葉に内心かなり驚いていた。一つ目とはいえリガーレ様のオルクスを抑え込むほど力のこもった封印石を人間の、しかもまだ年端もいかぬ娘が作ったということに。すぐに返事をしないラプソディアをいぶかしんだのかティスが眉根を少し寄せた。
「ああ、すみません。少し考え事を。二つ目の結晶は勝手に暴走することはないでしょう。というのも及ばずながら私の力ではリガーレ様のお力に到底歯が立たなかった。ですがオルクスは急速に収まった。ということは一つ目のリガーレ様の結晶が手を貸し、結人様の身体になじむように調整してくれたのではないかと考えるのが自然かと。ここが魔王城だということと、力が少し戻ったことでリガーレ様の残影が顕現なされたのでしょう」
そこで骨剥き出しの腕を組んだストラティゴスがガハガハ笑いながら近づいてきた。
「まあ何はともあれよかったな。流石は魔王様! あっという間に問題解決させちまったぜ」
ストラティゴスは呑気に笑っている。ラプソディアはまた何か考え事をしているようだ。とりあえず結人の命は無事であったわけで、今後も魔族が結人を殺しに来るという最悪な事態にはならないだろうことに安堵し、ティスは腰が抜けたかのようにその場に座り込んでしまったのだった。
お読みいただき誠にありがとうございます。
今回は、千年前の魔王であるリガーレの姿が浮き彫りとなりましたね!
そしてあっという間に問題解決。くーっ!しびれるぜリガーレ(笑)
そしてリアの行方は分かるのでしょうか?これからに期待ですね!
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