~涙するにもほどがある!6~
リアが魔法を唱えると、ケルベロスの周りに魔法陣がいくつも現れる。ケルベロスも野生の勘か飛びのこうと地面を蹴ったが、それよりも速いスピードで魔法陣から鎖が飛び出しケルベロスを拘束、徐々に魔力を吸い上げる。
ケルベロスはそれでもなお縛られた鎖を解こうと暴れ回ろうとしていた。そんなケルベロスに止めを刺すため三人が同時に動いた。
結人は向かって右側の首を真っ黒い刀で斬り落とし、ティスはカレンデュラで逆側の首を斯き斬った。それ自体は息の根を止めるまでは達しなかったが、ティスの魔力をまとったカレンデュラに切り裂かれた傷口から炎が燃え広がり、あっという間に頭部がまる焦げになり絶命する。最後に残った三つ目の首は、ラプソディアが止めをさす形となった。細い腕のどこにそれほどの力があるのかケルベロスの頬を思いっきり横殴りをした際に、骨が折れる鈍い音がしケルベロスは場に頽れたのだった。
その直後だった。リアが織りなした鎖が霧散し、魔法陣が消失する。全員急いで振り返ると、リアと同じくらいの背丈の老人がリアの首にナイフを突きつけ、もう片方の手で口をふさいでいた。その手には小さな魔法陣が浮かび上がっているところを見ると、リアが呪文を詠唱できないようにしているようだった。老人といっても、瞳は人間のそれではなく、ネコ科の動物を思わせるような眼をしていて、それがまた異様に大きく気持ちが悪い。
「リアっ‼」
慌てる結人達をあざ笑うかのように。イヒヒッイヒヒッとアルブスが笑いをこぼす。その声がやたら耳障りに感じる。
「イヒヒッ。遅いよベリル」
ベリルと呼ばれた老人は面白くなさそうに鼻で笑った。
「ふん、小生意気なガキが。より高位の召喚を行うとなったらそれ相応の準備と詠唱が必要となるんじゃ」
「そんなことより、目的は済んだのだから早く撤退しましょ」
アルブスの横に並んだルベルが二人のやり取りなどどうでもいいとでも言いたげに冷たい声音で言い放つ。
「はあ。お主ら双子とは到底思えんの。まあ、ここは言われた通りに引くとしようかの。ゲート」
ベリルがゲートと口にすると、空間が歪んでいき深淵たる闇が渦巻いているかのような裂け目が現れ、アルブスは闇に吸い込まれるようにして消えていく。口を封じられている為声が出せない中、リアは助けを求めて必死に腕を伸ばす。
結人は、助けなければと思う前に体が勝手に動いていた。どんどんと小さくなっていく裂け目に飛び込む勢いで、オルクスを脚に集中させて一瞬にしてリアとの距離を縮める。結人も届けという思いで必死に腕を伸ばす。だが、必死に伸ばしたリアの手と、結人が伸ばした手が一瞬触れただけで届かない。
「リアッ!」
結人の伸ばした手は空しく宙をかき、完全に裂け目は閉じてリアはどこかへと連れ去られてしまった。最後に見た「助けて」と訴えかけてくるリアの瞳が脳裏に焼き付いたまま離れない。突然のことに、リアが連れ去られてしまったという事実を前に誰も動けなかった。いつの間にかアルブスもルベルも姿を消していた。
結人はずっとうろうろして落ち着かないでいた。ティスも横倒しになっている丸太へ腰を掛けて、両手を祈るように握りしめ、それを額に当てたまま何もしゃべらない。
今この状況で一番冷静なのは少し離れたところでこちらの様子を伺っているラプソディアだろう。戦いの最中結人はラプソディアに確かに助けてもらった。それにこいつがケルベロスの首をへし折ったことも事実だ。
だが、リアが連れ去られる時、こいつは一歩も動かなかった。こいつはもともと結人に用があってやってきているのだから仕方がないのかもしれないが、こいつほどの実力があったのならばリアを助けることだってできたのではないのか? 力がない自分が悪く半分八つ当たりだということは分かっていたが、どうにも今は話す気分になれない。
結人は頭の中でずっと考えていた。いきなり襲ってきたあいつらはいったい何者なのか。リアを連れ去った目的はいったい何なのか。そして一番重要な謎は、どこへ連れ去ったのか。
居場所さえわかれば、今すぐにでも助けに向かうことが出来る。だがたぶん移動系の魔法である、ゲートが閉じた瞬間に奴らの気配も、リアの魔力も何もかも一切分からなくなってしまった。手がかりがない状態で、どこに行ったか分からない者を探すなど干し草の中から針を探し出すよりも難しいかもしれない。
いや、ほんとに手がかりはゼロなのか? よく思い出せ……奴らは何と言っていた? 目的は済んだのだから早く撤退しようといったのではないか? 目的……リアをさらうことが目的だったのだとしたら、リアは殺されずに済む可能性は高い。だがいったい何のために? それと奴らが唱えていた呪文は、普段リアたちが使っているものとは違うようだった。その辺りに何か答えがあるのではないのか?
「ティス、俺、自分の考えに自信が持てないから確認も込めて聞くけど、奴らの目的がリアの誘拐だったのだとしたら、リアは殺されずに生かされている可能性が高いと考えていいよね?」
ティスは組んでいた指を解き真剣な面持ちで顔を上げ答えたのだった。
~おもちろトーク~
結人 「うん。ありがとう。リア、必ず探し出すから」
リア 「結人様、私がいなくてもちゃんと食事をして歯を磨いて、風邪などひかないようにしてくださね」
ティス「母親かっ」
今作もお読みいただきありがとうございます。
第二章に入り新キャラが続々と登場してまいったわけですが、まさかのリア誘拐! さらわれたリアの行方は? 今後の展開も楽しみしていただけると幸いです。
また、評価やブックマークなどありがとうございます。
今後とも異世界召喚されたはいいが魔物に食べられました!をよろしくお願いいたします。





