異世界召喚されたはいいが、魔物に食べられました!~番外編 温泉~
ここは宿屋の一室。結人は手元の手札を見ながら必死に思案していた。ここは、確率の高いスリーカードを狙うべきか、フラッシュが揃いそうなのでそちらを狙うべきか。スリーカードやフラッシュなどは、ポーカーにおける役のことで、こちらの世界にもトランプにそっくりなカードがあったのでルールを教えてみんなでポーカーを楽しんでいる真っ最中だった。
ポーカーを知らない人もいるので簡単に説明をすると、
・ロイヤルストレートフラッシュ……A.K.Q.J.10+マークがすべて同じ
・ストレートフラッシュ ……もち札が連番で揃い+マークがすべて同じ
・フォーカード ……同じ数字が4枚揃う
・フルハウス ……もち札の3枚は同じ数字、残り2枚も違う数字で揃っていること
・フラッシュ ……マークが5枚とも同じ
・ストレート ……数字が5枚連番で揃う
・スリーカード ……同じ数字が3枚揃う
・ツーペア ……同じ数字の組がそれぞれ2組ある状態
・ワンペア ……同じ数字の組が1組ある状態
・ノーハンド ……何も揃わなかった状態
という役で、上に行くほど揃えにくい代わりに役が強くなっていくという遊びで、役が一番強い人が勝ちというゲームなのだ。
机を囲むように座るリアに視線を向けてみると、彼女はカードを交換し終えてすでに伏せている状態だ。ポーカーフェイスを保とうと頑張ってはいるのだが、正直なリアは口元に笑みが浮かんでしまっている。いい感じの役が揃ったのだろう。
ティスはというと、二枚捨ててデッキからカードを引くところだった。彼女はさすがというべきだろうか、顔には一切出すことはなかった為、どの程度の役が揃ったのかは皆目見当もつかない。いや、ひとつだけはっきりとしていることがあった。今やっているので九回目なのだが、結人は一回も勝てていないということだ。というのも結人が弱いと言うよりも、リアは強運の持ち主なのかかなりいい役が揃う確率が高く、ティスもそこそこに高い役ばかりそろえてくるのだった。
ここは、勝負に出るべきかもしれない。結人は、そう心に決めフラッシュ狙いでカードを交換し、引いたカードを覗き見た。
皆カードを交換したことを確認してティスがカードを見せる。そこには数字の「5,5,5,5,Q」という数字が揃っていてかなり高い役のフォーカードだ。
次に結人が手札を見せる。そこにはハートのマークが五枚揃っていてフラッシュという役なのだが、この時点でティスに負けている。
最後はリアが手札を見せる番だ。そこには10からAまでの五枚のカードが連続してあるだけではあきたらず、マークもすべて同じロイヤルストレートフラッシュが実現していた。確率にして0.00015%である。リアはすごく嬉しそうだ。この世界にカジノがあるならぜひとも連れていきたいと思う。
区切りも良くなったところでティスが口を開く。
「さて、リアと二人そろそろ温泉にでも行こうかと思うが、結人殿はどうする?」
ティスが机に手をかけ立ち上がりながら問いかけてきた。そうなのだ。ポーカーがメインというわけではなく、温泉があると聞いて温泉街であるフォンスの街に結人達はやってきたのだった。
「俺も温泉に行こうかな。ここの温泉は疲れにもよく効くし、美肌の効能もあるみたいだよ」
それを聞いたリアは目を爛々と輝かせた。
「そうです! お肌すべすべになった私を見てもらわないと」
「私は美肌よりも疲れをとりたいな」
それぞれの思いを胸に皆、温泉へと向かったのだった。
ここの宿屋は二階以上が宿泊部屋となっていて、一階部分に温泉がある作りとなっていた。結人は混浴だったらどうしようかと内心ひやひやしていたが、温泉は男湯と女湯で分かれているようでそっと胸をなでおろした。
入口は異世界にもかかわらず、昔の日本の銭湯を思わせる古き良き作りだった。さすがに暖簾はかかっていなかったが。番台では、はげかけの白髪交じりのおじいさんが座っていて、口をぽかんと開けて今にも寝てしまいそうだ。いや、よく見ると完全に口を開け半眼状態で寝てしまっている。
「おじいさん、温泉に入りに来たんですけど……おじいさん!」
結人が何度起こそうとしても起きる気配がまるでなかった。息をしている音は聞こえてくるので死んではいないようだが。それにしても人が誰一人としていないのが気がかりだ。
「結人殿、そこに張り紙が」
ティスが番台に張られた手紙を見つけ読み上げる。
「えー、おひとり様五ゼニーを横に置いてある箱へ入れてお入りください。尚、支払いをせずに入った場合は追加でお支払いいただきます」
おじいさんが座っている椅子の横に、木でできた箱がおいてあり子供の落書きかと思うような字で「おかね」と書かれている。この世界でのお金の単位は、百カッパーで一シルバーとなり、一般の人が一日に使うお金はだいたい一シルバーいくかいかないかで暮らすことが出来るため、温泉の値段としてはさして高くはない。しかし、ここにいる三人は心の中でこう思った。やり方がずさんだと!
「ま、まあ、お金を払えば入っていいとのことなので、お金を入れて向かいましょう」
リアの意見に皆賛同してお金を入れ、結人はリアたちとは逆の扉へ向かった。
扉を開けると、もわんとした熱気が押し寄せてきたが、どうやらいくつかの棚が置かれた脱衣所のようだった。そこで服を脱ぎ、棚の中へ衣類を置いた。
奥へ進むとまた扉がありそこをくぐると露天風呂の作りとなっていた。大浴場は表の入り口からは想像することが出来ないくらい広く、天井は吹き抜けとなっていて星空がとても綺麗だ。
「おお、これはなかなか」
一歩踏み出しながらそんなことを考えていると、左手の壁のほうからリアたちのしゃべり声が聞こえてきた。
「ティス、見てください! 星があんなにきれいで。結人様も一緒に入れればよかったのに」
「リア、その発言はどうなんだ? いや、まあいい……確かに星がきれいだな」
などとのんきな会話が、ってなんかさっき一緒に入れればよかったとか何とか聞こえたような。ま、まあ結果としてちゃんと別かれているわけだし、聞かなかったことにしよう。
結人も健全なる男性であるから見たくないと言えばウソになってしまうが、仲間内でそういうのは後々気まずくなるのではないかとも思う。だが、ずっと声は聞こえてきていて意識がそちらに引っ張られないようにするのに必死だった。リアさっきから、俺の話ばかりしてるような。
「恥ずかしいから、せめてもう少しボリュームを抑えてくれ」
などとぼやきつつ、綺麗なピラミッド型に積み上げられている風呂桶で身体を流し、岩で囲まれた温泉につかる。湯加減は少し熱いくらいだが、じわんとする心地よい感じは最高で、アルカリ性独特の少しヌルっとする感じが、ほんとに美肌効果などありそうだなと思わせてくれる。
「はぁ~、極楽極楽。まさかこっちの世界で露天風呂に入れるなんて思いもしなかったな」
リアたちはずっと何か話しているようだったが二人ともとても楽しそうだった。結人も何も考えずに満天の星空を見上げながらゆったりと浸かっていた。
眼を閉じ、少しうとうとしかけていた。どれくらい浸かっていただろうか、ふと水面が波打った気がして瞼をゆっくりと上げる。結人以外に誰かが入ってきたのだろうか? 確かに水面は揺れているのだが、辺りを見渡しても誰かがいる様子などなかった。
すると視界の端に何か動くものをとらえた気がしてそちらへ目を向ける。そこには細長い棒、もっと言えば忍者が水中で息をするときによく見かけるあれとそっくりなものが、壁伝いにゆっくり移動していた。
「まさか温泉の中に魔物? だがここは異世界、どこにどんな生き物がいても不思議ではない」
結人はオルクスを操り腕を魔物化させる。この腕は見た目通り黒曜石のように硬いため、いざというときに盾代わりとして使えるのがかなりの利点だ。そしてもう一度体内のオルクスを操り真っ黒い刀を具現化させる。これで準備は万端。いざ出陣!
結人は相手になるべく気が付かれないようにゆっくりゆっくりと近づいて行った。そんな矢先、筒の動きがピタッと止まったため、気が付かれたか? と、臨戦態勢をとろうと身構えかけたのだが、襲ってこないところを見ると、どうやらそうではないらしい。
結人はさらに近づいていく。残り五メートルを切ったかというところで、筒の下、水面下に何かいるのがはっきりと分かった為、結人自身水中に潜り確認してみる。
結人が水中で目を開けると、その生き物はうつぶせに寝そべるような体勢で必死に壁を覗き込んでいるようだった。それには目、鼻、口、がしっかりとあり、手や足には指が五本。関節も自分たちのそれと全く同じだ。というより、間違いなく自分たちと同じ人だった。筒は口へとつながっていて、どうやらほんとに息をするために用意したもののようだ。しかもこの人物の禿げかけに白髪交じりの頭、どこかで見たことある顔だと思ったら番台に座っていたおじいさんだ!
結人は立ち上がり、腕はそのままにして刀を形成していたオルクスを霧散させ声をかける。
「ちょっとお爺さん。そこで何を」
近寄りながらそこまで言っておじいさんが何をしているのか解かりたくなかったが解かってしまった。おじいさんが必死に目をやっているのは壁ではなく、湯船の中の壁に四角く切り抜かれた穴から女湯を見ていたのだ。いわゆる「のぞき」というやつである。
リアたちの裸を見られたかと思うと、思いっきり殴りたい衝動にかられながらもなんとか自制する。
「おい、何いい歳こいて向こう側のぞいてるんだよ」
そう言いつつおじいさんの肩に手をかけた瞬間、おじいさんが勢いよく立ち上がった姿を見て結人は半眼になる。こいつ、紛れもなくのぞきに来てやがる。
なぜなら、筒で息が出来るようにしているだけではあきたらず、目の部分にはどこで手に入れたのかモンスターの皮をパッキン代わりにしたゴーグルもどきまで装着していたからだ。
しかも、立ち上がりざまになぜか逆切れしてくる始末。
「なんじゃ、いきなり人の肩を掴みおって! お年寄りにはもっと優しくせんか。これだから最近の若い者は」
「って、そういいながら、何普通にまたのぞこうとしてるの‼ 衛兵に突き出すよ」
結人はまたおじいさんの肩を掴む。ある一定規模の大きさの街になると衛兵が治安維持のため配備されていて、この温泉街もその内の一つだった。
それでも「わーわー」言いながら、振りほどこうとするものだから、結人はおじいさんを後ろから羽交い絞めにしたのだが、おじいさんが暴れた拍子に繰り出した猛烈パワーな蹴りが壁にぶち当たり、壁だったものが思いっきり派手な音を立てて倒れてど派手な水しぶきならぬお湯しぶきをあげた。
これも壁ではなく壁に見えるようにリアルな絵が描かれた作り物で半分お湯に浮かんでいる。女湯だった場所からはリアの小さな悲鳴が聞こえてくるしまつ。壁とは反対方向にいたので怪我などはしなかったみたいだ。それに、ここからだと湯気のおかげでリア達を視認することは難しそうだ。
「これは……。結人殿、大丈夫か? 何があった?」
そう言いながらティスが湯をかき分けこちらにやってくる。そのあとにリアも続いているようだ。いやいやいやいや、ティスもリアも隠すとか恥じらうとかしようよ! 一応俺も男なんですけど!
「大丈夫だから。こっち来ちゃダメ」
「だがしかし、壁が倒れるなど何事が起きたのだ?」
その間もこちらにどんどん近づいてくる。爺はうひょーとか、ぬうほーとか変な声を発しているし。まずい、このままではリアたちの姿がこの爺に映ってしまう。この爺にだけは見せたくない! という思いから羽交い絞めにした状態で片手で抱えあげるようにして、もう片方の手で爺の眼を隠す。
「こ、こりゃ、何するんじゃ! せっかくこれからというときに。手を離さんか!」
結人が隠した手を剝がそうと必死になって抵抗しているが、そんなことは知ったことではない。結人はオルクスの力を借りて絶対に剥がれないようにさらに力を加える。
「結人様、その方は誰ですか?」
リアは、そこでやっと自分が何も身に着けていないということに思い至ったのか前を手で隠して慌てて肩まで湯船につかる。
「結人殿、そのご老人は……腕を魔物化させてまで抑え込む必要があるということは、もしや魔物?」
ティスはティスで猛烈に勘違いをして、いつも帯刀している魔剣カレンデュラを抜き放つ。いやいやいやいや、ティスはティスでお風呂に何物騒なものもちこんでるんですか! という心の声は置いといて、さっきから目のやり場に困っていた。下半身は、まあ、湯船につかっているからセーフとしよう。だが上半身は……。
とりあえず服を着てほしい結人としては、事情を簡単に説明してリアと共に服を着てから戻ってきてもらうこととなったのだった。
夜道、さすがにさっきの宿に泊まるのは嫌だったので、次の宿に向かいながら無意識下にティスが腰に下げたカレンデュラの柄を握りながら悪態をつく。
「それにしても、冗談抜きで切り裂いてやればよかった。いや、そんなことをすればこのカレンデュラが汚れるか」
「ティス、まあ落ち着いてください。衛兵に連れて行ってもらったわけですし、結果、角度的に見えなかった訳ですし」
「うん。あの穴位置でリアたちが向かいのあの場所にいたのなら見えてなかったはずだよ。それに、お湯もそこまで透明度があったわけじゃないから」
それでもティスはまだ納得がいかないようだったが、リアが気を取り直して更なる提案をする。
「せっかく次の宿を探すのですから、今度は皆で入れるところにしましょう」
「私は別に構わないが、リアは見られて恥ずかしかったんじゃないのか?」
「私は結人様以外に見られるのが嫌なだけです。結人様になら全然問題ありません」
完全に結人は蚊帳の外で話が進んでいってしまっている。
「お、俺は、一人でゆっくり入りたいかな」
そう言ってみたものの、前を歩く女子二人はガールズトークとやらに夢中で一切気が付かない。これは、疲れをとるどころか余計に疲れる羽目になりそうだと思う結人であった。
皆様、あけましておめでとうございます!
新年早々、下ネタ系で申し訳ございません(笑)
お正月と言えば私の中で、トランプやボードゲーム、温泉やおせち料理などといった印象が強く今回の作品を投稿いたしました。
今年も本編メインでイベント時には何かしらの番外編を投稿できればいいなと考えておりますので、どうか暖かな目で見守っていただけると幸いです。
また、日頃評価やブックマーク、誤字報告やレビューなどしていただきありがとうございます。本作品の最終目標として「書ききること」を目指して頑張っていきたいと思いますので、皆様今年もよろしくお願いいたします。
皆さんにとって今年一年、良い年でありますように✨





