Act3~涙するにもほどがある!1~
イムザはカップを優しく机の上において、どこに隠し持っていたのか見るからにチョコレートと思われるものを差し出してくれたので、結人はそれを受け取る。一口食べてみたが、見た目だけではなく味も苦めのチョコレートそのもので驚いた。イムザは優しく微笑みながら椅子に座りなおした。
「チョコレート、この世界になくて作るのに苦労したよ。そんな事より、戻ってくるのが思っていたよりもかなり早くて驚いているよ。それで、お前の中の魔王の力をどうにかすることはできたのかい? お前さんから感じる魔王の気配は、前と変わらず・・・・・・いや、もっとお前さんと溶け込んだような気配になっているが・・・・・・」
チョコレートを作った?チョコレートを知っているということはどういうことなのか聞いてみたい衝動をこらえながら、結人は精神世界で出会ったイラという存在、イラから聞いた過去の出来事、イラが自分の中に入ってきたことなど全て洗いざらい話した。話を聞いている間、イムザはただただ黙って結人の話に耳を傾けているだけだったが、結人が話し終えるとおっとりとした口調で口を開いた。
「そいつは、大変なことを託されたね。だが、勇者であるお前さんに魔王の一部であったイラがそのような願いをするとは、これはやはり運命なのかもしれないね。結人、お前さんはどう考えているんだい?」
どう考えているか。その答えが自分の中でもはっきり出せずにいるのだが、一つだけ確かなことがある。
「正直、わかりません。ただ、魔王リガーレが望んだような世界が訪れるのなら、俺はこの目で見てみたい」
「それがお前さんが望んだ選択だというのなら、誰もお前さんを止めることはできまいて」
イムザはどこか満足したような感じで何度もうなずいていた。
「お前さんは今後、多くの困難に出くわすこととなるだろう。それは、お前さんに定められた運命なのかもしれん。じゃが、お前さんなら一つ一つ確実に乗り越えていけると信じておる。そうじゃな、今回せっかく出会えたのも何かの縁じゃろうから、魔力とオルクス、どちらもコントロールしやすいようにまじないを施してやろう」
そう言いながら例の杖を結人の頭の上にかざし、精霊の歌を唱え始める。相変わらず何を言っているのかはわからなかったが、それは、春の太陽のような温かい歌で全身を包みこむような優しい旋律だった。
「ありがとう、イムザ。素敵な旋律だった」
「そんな事言われたのはいつぶりだろうね。本当はもっといろいろと教えてあげたかったんだけど、どうやらお前さんのお仲間がピンチのようだから、助けに行っておやり。今の精霊術のおかげで、ある程度は動けるはずだよ。だけど、命はひとつしかない。そのことはゆめゆめ忘れんでくれ」
そう言ってイムザは席を立ち扉を開けてくれる。
「ここから出れば、お仲間のところに出られるよ。さあお行き。守れるものを守ってこその勇者様だ!」
この世界で結人の仲間といえば今のところリアとティスしかいない。彼女たちを死なせたくはない。結人はイムザに再度礼をいい、扉から駆け出したのだった。閉まる扉を背にイムザが「お前さんが作る未来を楽しみにしているよ! リアによろしくと伝えておくれ」という声が聞こえたような気がした。
暗い森の中、ゴブリンの眷属だといわれている「レッドキャップ」と呼ばれる魔物に、リアとティスは囲まれていた。数にして十数匹はいることだろう。子供ほどの背丈に、似つかわしくない程長い柄のついた斧を手に各々持っていて、つぎはぎだらけの赤い帽子が特徴的な魔物だ。
ティスは魔法剣カレンデュラを構えなおし、リアは魔法を発動させた状態で、背を預け合うような格好で身構えていた。こいつらはいったいどこから現れた? 接近にまるで気が付かなかった上に、取り囲まれるまで存在すらわからなかったなどありえない。まるで、いきなり湧いて出たような。
それにこの魔物がこれほどの群れで行動しているなど聞いたことがない。リアをかばいながらどこまで戦えるか・・・・・・。リアも似たようなことを考えていたのか同じようなことを口走る。
「いったいいつの間にこれほどの数の魔物に。ティス、私のことは構わずに動いてください。自分の身くらいは守ってみせます。どうか気を付けて」
姉妹同然で育ってきたティスにとって、リアは妹のような存在で、いつも守ってあげなくてはという思いが強かったのだが、今の一言を聞いてリアも成長したのだなと感慨にふけるもすぐに気を引き締めなおす。もっとも、ここまで変わったのは結人殿と出会ってからかもしれないが。ノエルは呼べば上空までは来られるだろうが、森が深すぎるため降りて来られないだろう。
「わかった。できるだけ近くで戦うようにするから、危なくなったら叫んで」
そう言い残し、ティスは先頭にいたレッドキャップめがけて切り込む。薄く光る細身の刀剣を振り下ろすのをみこして、斬りかかられたレッドキャップが斧の柄で受け止めようとするのを柄ごと頭から真っ二つに切り裂く。斬り裂かれた魔物はその部分から炎上し骨も残らない。それでもなお、怯むことなく斧を手に横からとびかかってきたレッドキャップに慌てることなくくるりと入れ替わるような形で体を回転させざまにそいつを斬り伏せる。
一体ずつならこの程度の相手問題なく対処はできるだろう。リアのほうも攻撃魔法こそ教会の縛りで使用できないが、防御系魔法なら彼女の右に出るものはいない。案の定、魔物たちはリアを中心に張った半円状の魔法障壁に阻まれ近づくことすらできないでいた。
もう一匹飛び掛かってきたレッドキャップを斬り伏せ、これなら何とかしのぐことが出来るか? と考えたとき、囲んでいるレッドキャップの後ろの大木が揺れ、三メートルはあろうかというオーガが顔をのぞかせる。オーガは鋭い角と牙を持っていて、手には大きな棍棒を携えている。
「おいおい。このあたりでオーガがいるなんて聞いたこともないぞ! あのこん棒は食らえばさすがにまずいな。私一人で倒せるのか?」
オーガと睨み合うティスの背中を嫌な汗が伝い落ちたのだった。
~おもちろトーク~
リア 「ティス、気が付きましたか・・・・・」
ティス「ああ。やはりリアも思ったか・・・・・・」
結人 「え、二人とも真剣な顔で何を話してるんだ?」
リア・ティス「斧を手に各々って、駄洒落ですか!?」
ここまでお読みいただきありがとうございます。
今年も残すところあとわずかです。皆さんはお正月どのようにお過ごしになられますか?
私はのんびりと過ごしたいところですが、そうもいかないかな~?
日頃、評価やブックマーク、誤字報告などありがとうございます。
今後とも結人達の冒険を一緒に見守っていただけると幸いです。
これからも「異世界召喚されたはいいが、魔物に食べられました!」をよろしくお願いいたします。
皆さん良いお年を‼





