~身勝手にもほどがある!10~
結人のところからはまだ確認出来ないが、見張りと思しき足音は確実に近づいて来ている。
あと、どのくらいまで迫っているのかが分からないため、心臓が早鐘のように鳴り響いているなか、突然リアが「あっ」と声を漏らした。何か想定外のことが起こったのかと一瞬不安になったが、その後のリアの嬉しそうな声から察するに、どうやらそうではないらしい。
「ティス、どうしてここへ?」
ティスは人差し指を唇に当て、静かにという仕草をする。
手に持っている鍵で牢を開錠しようと近づいたところへ、リアが少し意地の悪い笑みを浮かべながら牢の扉を開け、外へ出る。それを見たティスは文字通り目をまん丸にして驚いた。
様子を窺っていた結人も牢屋から出て行きリア達と合流する。ティスと呼ばれたその人は、長く伸ばした白銀色の髪を後ろでひとつにまとめ、その髪を引き立たせてくれるような切れ長のライトブルーの瞳に整った顔立ちをしていた。腰には細身の魔法剣を携えている。ティスは牢屋から出てきた結人を見て、今度も驚いた顔を一瞬だけしていたが、結人とリアがアイコンタクトでなにやら嬉しそうな様子をしていることに気がつき「どちらかが何かしたな」と察して半分呆れているような雰囲気さえ漂っていた。
「何はともあれ、二人とも無事で良かった。ここから脱獄します。ノエルが待っているのでこちらへ」
ノエルとは、ティスと心を通わせている黒いワイバーンである。ティスはそれだけ言うと先頭に立ち、牢屋が並ぶ通路を出口とは反対方向へどんどん進んでいく。
「ティス、この先は行き止まりじゃなかったですか?」
確かに湾曲した通路を進んでいくと、壁に行き当たり、他の道などないように見える。
「えっと、ティスさん?」
結人は出会ったばかりの人に失礼かとも思ったが状況が状況なだけに彼女が何をしようとしているのかが知りたかった。それを聞いたティスは、少しだけ可笑しそうに微笑みながら答える。
「勇者殿はなかなか謙虚なのだな。私のことはティスと呼んでくれて構わない。それよりそこの壁から少し下がっていてくれ。それとリア、魔法障壁を展開してほしい」
二人は言われるままに通路奥の壁から距離を開け、リアが三人を覆うような形で半円状の魔法障壁を張る。ティスは、腰に付けた小さなポーチから、これまた小さな笛のような形の物を取り出し口に咥えた。
結人が、これが何か問いかけようか、と一瞬迷っていたのが伝わったのか、ティスは目で「いいから見てな」という風に目配せをし、咥えていた笛に息を吹き込む。綺麗な音が鳴るのかと思ったが、予想に反して笛から音色は聞こえなかった。のだが、音色の代わりに目の前の壁が粉々に砕け、爆音が轟く。リアが張った魔法障壁が飛んできた破片をいくつも跳ね返した。
唯一跳ね返ると知らなかった結人だけが体を逸らして避けるような仕草をする。俺だけかよ! などと少し恥ずかしさが込み上げるが、そんなこと気にしている場合ではないだろう。早くしないと今の爆音を聞きつけた衛兵たちがやってくるのは目に見えている。
開いた穴からは空と森が見下ろせる光景に、どうやって逃げるのかと不安になりかけたところへ、黒竜種であるノエルが羽ばたきながらゆっくりと姿を現し、壊れた壁から中を覗うようにホバリングして空中に留まる。どうやらこの黒竜が火球で壁を吹き飛ばしたようだ。
ティスはスタスタと穴に近づき、ノエルの鼻先を撫でてやる。と、嬉しそうに喉を鳴らして甘える。第一印象は巨大なトカゲという感じだが、そうやって甘えている姿はどことなく犬などを連想させるものがあった。
ティスはノエルに飛び乗りながら、リアを引き上げ、後ろに座らせた。次は俺の番か、と穴に近づき下に目をやると、そこはかなりの高さがある崖だった。確かに現在地は城の地下に違いないのだが、どうやら崖に沿って、その上に建てられた城のようだ。
これ、高さ的に落ちたら死亡コースなんじゃないだろうか。などという恐怖に駆られながら二人が跨っているノエルに目をやると、明らかに結人が乗れそうなスペースなどない。
「勇者殿。すまないがこれ以上乗せられないので、そこから飛んでくれ! 案ずるな、しっかりとキャッチするから」
そう言いながらノエルは旋廻を始める。おいおいキャッチって。ティスにお姫様抱っこされている自分を想像してみた。嬉しくないというわけではないのだが、男としては実に情けない。
「ほんとにここから飛ぶのか? これ、落ちたら確実に死ぬよね?」
しかし、結人がもたもたしている間に、さっきの爆発音を聞きつけた衛兵のどたどたという重い足音が聞こえ始める。この国の連中ときたら、何かと理不尽だと思わなくもないが、捕まって死を待つくらいなら、ヤケクソだ。
「ちゃんとキャッチしてくれよ」
結人は数歩後ろへ下がり、助走を付けて思いっきり穴の開いた石壁から身を投げ出したのだった。
~おたのちみトーク~
結人 「俺ティスにお姫様抱っこされるの!?」
ティス「結人くらいの背格好なら出来なくはないだろう」
リア 「そ、そんなの、だめです。私が変わりにキャッチします!」
結人 「お、落とさないくれでよ」
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