~身勝手にもほどがある!7~
結人は壁にもたれながら、どうしたものかと思案しているところに、複数人の足音が狭い通路に鳴り響いた。近づいてきた足音は隣の牢に用があるらしく、重い鉄で出来た牢屋を開ける金属音が石造りの廊下に鳴り響いた。
「さあ、今日からここがあなたのお部屋です。聖女様」
嫌味たらしいこの声は、さっき上の部屋で聞いたちょび髭の声だ。聖女様と言うことは、連れてこられたのは多分、リアだろう。
「残りの人生悔いのないように生きることですな。おっと、失礼。このような場所なら悔いしか残りませんか」
嫌味とともに、牢の扉を閉める音が響き鍵を掛ける音が聞こえる。クシロス卿は結人の方は見向きもせず、高らかな笑い声を上げながら歩き去っていった。結人は少し様子を窺い、誰もいないことを確認してから牢屋の鉄格子越しに声をかける。
「そこにいるのはリアかい?」
少し間があり、透き通るような美しい声が返ってきた。
「はい、そうです。勇者様は隣の牢屋だったのですね」
どこかほっとしているような雰囲気が伝わってくる。
「あの、もしよかったら俺のことは結人って呼んでほしいんだけど。その勇者様っていうの、どうも気恥ずかしくて。それより、何でリアも牢屋に連れてこられたの?」
リアが少しだけ笑ったような気がした。
「では、これからは結人様とお呼びさせていただきますね。ここに連れてこられた理由は私にも理解が及んでいなくて。本当に陛下はいったい何をお考えなのかしら」
最後の呟きは、どうやら独り言のようだった。できればその様も無くしてほしいんだけど、と口をついて出そうになったが、勇者様じゃなくなっただけ良しとするか、と思い直し、口にはしないことにした。
現状にそぐわない呑気な事を考えていると、どこか緊張したリアの声が響く。
「どうか心を落ち着かせて聞いてほしいのですが、結人様の身体の中には勇者である力を強く感じるため、結人様が勇者であることは間違いのない事実です。上の部屋でもお話したように、それは間違いなく私が保障いたします。ですがそれと同時に、魔物だけが持つはずのオルクスをとても強く感じるのです。ご自身ではお気づきないかもしれませんが、腕がオルクスにより魔物のように変化していたのもそれが原因です。このままでは結人様は勇者である以前に、魔に染まりし者、ということで処刑されてしまうのです。いつ、というのがはっきり分かっていないため、申し訳ないのですが」
オルゴイという魔物の体内で見つけた鋭利な石のようなもの、あれがきっと、そのオルクスと密接に関係しているのだと思う。それが体内に入ったことをどう伝えようか、と思案しているとリアが言葉を続ける。
「そのうちに、看守が食料など運んでくると思われます。その際に、私が光魔法で看守の目を眩ましますので、その隙に結人様だけでも何とかお逃げください。私も一緒に行ければいいのですが、運動は、その、あまり得意ではなく、結人様の足を引っ張ることは目に見えてますので」
そういいながらリアは、自分の首からいつも下げている一見ロザリオにしか見えない物を結人がいる牢屋の前へ放り投げる。自分が本当に運動音痴だと自覚しているので、狙ったところに放り投げられたことに少し嬉しくなる。
結人は牢屋から手を伸ばし、それを素早く拾い上げる。石床とロザリオがぶつかる音が辺りに鳴り響き、看守に聴こえたのではないかと結人はひやっとしたが、看守が様子を見に来る気配はなく、どうやらその心配はないようだった。
それは、十字架の中心に竜が描かれたロザリオだった。リアが納める聖光教会のレリーフだろうか。
「その鍵は我が家に古くから代々受け継がれる物。この鍵をもってすれば大抵の扉は開けることが可能です。陛下もその鍵の存在はご存じないはず。結人様が少しでも逃げ出せる可能性があがるように魔力操作のこつを掴んでください」
結人はリアの話を聞きながら必死に思案していた。仮にここを抜け出せたとしても、上の階の様子など、分からないうえに城というくらいだから相当に広いだろうと予想出来る。出口に辿り着く前に捕まってしまえばリアの行いが無駄になるのは明白だ。それに、今の話だとリアはここに残るつもりなのだろう。仮に結人がリアの扉をこの鍵で開けられたとしてその後、二人で逃げ出すことは可能なのか? しばらくああでもない、こうでもないと、訳が分からないなりに考えを巡らせていたが、とりあえず分からないものはいくら考えても分からないという結論に達した。
一人で逃げても二人で逃げても捕まる可能性があるのなら、出たとこ勝負でリアも連れて逃げ出す。どの道ここにいれば処刑されることが決まっているのなら、できる限りのことをした方が悔いが残らないだろう。
結人は反対されるかも知れないと言う思いの元、リアも連れて一緒に逃げ出す旨を伝えたのだった。





