~身勝手にもほどがある!5~
結人は寝転んだままだった上半身を起こしながら、今この少女が言ったことに耳を疑う。結人のことを「勇者様」といった? いやいや、そんなバカな。おとぎ話じゃあるまいし、きっと結人の聞き間違いだろうと、とりあえずその場は聞き流しておくことにした。
そういえば明らかに外国の方だと思う少女相手に、なぜだか言葉が通じている。なぜだろうと思わず口元へ手を持っていった仕草でピンと察したのか、少女が説明になっているかわからない説明を朗らかな笑みと共にしてくれた。
「言葉が通じているのは、あなた様が勇者様だからですよ」
せっかく聞き流そうとしていたのにその願いは一瞬にして砕け散った。今度は、はっきりと勇者様と聞こえてしまったからだ。流石にここまで言い切られては聞き流すことは出来るはずもなかった。どうやら、少女に敵対する意思はないようだし、ここがどこなのか、なぜ結人が勇者なのか、色々と教えてもらいたいところだ。
「えっと、あの時、竜の上から俺を止めてくれた人だよね?ここがどこか聞いてもいいかな」
少女は、はっとした顔をして、頭を下げる。
「これは失礼いたしました。自己紹介がまだでしたね。私はシネラーリア、多分呼びにくいでしょうから、どうぞ気楽にリアとお呼びください。」
勇者様という言葉に歯が浮きそうになりながら、話を聞く結人を尻目に、目の前の美少女リアが真剣な面持ちで説明してくれたことを鵜呑みにするならば、こういうことらしい。
何でもここは結人が生まれ育った日本、もとい地球とは異なる異世界で、いくつかある大陸のひとつ、イビロスという大陸だそうだ。その大陸の中心に位置するのがここ、王都ゲネシス。この部屋は、その王城の一室ということらしい。
何でも、この世界のありとあらゆるところで魔物の数が急激に増え始めているらしく、それは魔王が復活した証だと伝承では伝わっており、千年に一度、この大災厄を繰り返しているのだと言う。結人を食らった怪物も「オルゴイ」という名の魔物ということだった。
魔物とは体内にオルクスを秘めた生き物の総称であり、獣の形をしたものから人型のものまで、多種多様な容姿をしていて、その魔物の頂点に君臨するのが魔王という事のようだ。オルクスとは人間が持つ魔力に近いものなのだが、その根源たるや、異質で人が扱えるような代物ではないらしい。その魔王に対抗し、魔物を殲滅すべく、結人が勇者として目の前の少女、リアに召喚されたという話だった。
本来であればここ、王都ゲネシスに召喚される予定だったのだが、召喚は失敗、結人は辺鄙な山奥の洞窟へと飛ばされてしまったらしい。何でも運が悪ければ、岩や地面の中に埋まるような形で召喚され、即死ということもありえただろうとのことだった。
だがしかし、運がよかったかと問われると微妙な気さえする。何といっても真っ暗闇の中、結人は明らかに魔物に食べられたのだから。
黒光りする鉱石のように、人間のものとは明らかに違う様に変わってしまっていた腕は、リアの聖魔法で何とか元に戻してくれたようだった。よくわからなかったが、どうやらあの腕は呪詛の類に近いものということだ。結人が寝ている間に首にかけてくれた赤色に透き通った宝石がはめ込まれたペンダントが呪詛を押さえ込み、再度魔物化するのを防いでくれているとのことだった。
ここまでの話を聞いて、結人は顔をしかめた。なぜなら、説明してくれた大陸や王国の名前、それに目の前の少女リア。これらすべて結人がシナリオを考えた例のゲームに登場する名前と一緒なのだ。これは単なる偶然なのか? ただ、いきなり魔物に襲われたり、序盤からいきなりリアと知り合うというイベントはなかったはずで、ゲームと違う点も確かに存在する。
「本当に、私のせいで勇者様に多大なご迷惑をおかけしましたことをここにお詫びさせてください」
そう言いながら、リアは再度、深々と頭を下げた。
「とりあえず、頭を上げてもらえないかな?俺としてはリア・・・さんのせいだとは全然、思ってないし、右も左も分からないからもっと気楽に色々教えてもらえると嬉しいんだけど」
「寛大なお心に感謝致します。どうか私のことはリアと呼び捨ててください」
出会ったばかりで、リアと呼び捨てにするのが気恥ずかしく感じたから、さんと付けたのだが、そんな男心が伝わるはずもなかった。それより、今以上に場の雰囲気が堅苦しくなるのだけは避けたいという思いが強く、どうにでもなれという思いで呼び捨てにする。
「あのさリア、俺が勇者だって言ってくれたところ、期待をぶち壊すようで悪いんだけど、今までの人生、誰かと戦うとか、そういうスポーツとか格闘技なんか全くしてこなかったんだけど」
スポーツという聞きなれない単語に首を傾げるリアに、「運動って意味に近いかな」と教えてやる。言葉は通じるのに分からない単語があることに少しだけ違和感を覚える。
リアが結人の質問に答えようと口を開きかけた、その時、ノックもなしに扉が大きな音を立てながら勢いよく開かれ、無駄に派手な衣装に身を固めたちょび髭の男がこの国の兵士であると思われる男を二人連れて入ってきた。そして、結人とリアの間に割って入るような形で仁王立ちする。
「クシロス卿、これはいったい何事ですか。勇者様の御前ですよ! 無礼にも程があるのでは?」
クシロス卿という男が間に入ったので顔は見えなかったのだが、リアの声は努めて冷静を保とうとしていたが憤っているのが分かった。当のクシロス卿は細い顔立ちに漫画やアニメでしか見たことがないようなちょび髭を生やし、無駄に豪華な衣装に身を包んでいた。背はそこまで高くはない。クシロス卿はそんなリアを横目に、髭を撫でながら、さらりと嫌味を返す。
「これはこれは聖女様。あなた様ほどのお人になると、このような場所で談笑している時間があって、うらやましい限りでございますな」
「なっっ!?」
リアが言い返そうと、口を開く前にクシロス卿は自分の髭を撫でながら兵士に指示を出した。
「この男を連行しろ」





