84話 これから
「うっ、我輩は……」
暫くするとドラムが目を覚ました。
「おう、起きたか。ドラムよく言ったな!」
「ん? よく言った……であるか?」
半目のドラムは俺の言葉に首を傾げるが、徐々に意識が戻るに連れて顔が赤くなっていく。
「わ、我輩、とんでもない事を言う夢を見たのである……」
「ドラム、残念だけどそれは夢じゃないわよ」
だが、メルダが非情な一言をドラムへ放つ。
するとドラムは動揺し目が泳ぎ始めた。
「あわっ、わわっ……我輩は……まさか、ラビに……」
「おう! ラビに大声で告白してたっす!」
ドラムは白目を剥き、再び椅子から転げ落ちる……寸前で背後からラビに支えられた。
「しっしっし。ドラム、本当にアンタはアタイを好いてくれてるのかい?」
「う、うむ……」
ドラムは静かに頷く。
「そうかい、嬉しいね。じゃあアタイも返事しなきゃね」
ラビはドラムを背後からゆっくりと包み込むと……
「っ!?」
「「「なっ!?」」」
熱く口付けを交わした。
俺達はラビの流麗な動きに思わず息を飲む。
ドラムは目を大きく見開き、ゆっくりとラビを受け入れるように肩を掴み引き寄せた。
「これがアタイの答えだよ。ドラム、最初はアンタの事を頼りないと思ってたんだ。街でニャイを尾けてた時も冷やかしてやるつもりだったさ。でもアンタの真っ直ぐな態度に、いつの間にか惹かれちまったんだ。シェリー様に迫られた時に庇ってくれたのは嬉しかったさ。ドラム、アタイもアンタが好きだよ。これからは良き友人よりも、もっと仲良くしておくれよ!」
「うっ……うむ……」
ドラムはラビから目を逸らすと、顔を真っ赤にして呟く。
「……こんな大胆に迫られるとは思わなかったのである」
「しっしっし。カッコイイ男には大胆な女が似合うのさ!」
「そ、そういうものなのであるか?……」
「そういうもんさ!」
ドラムは俯きながら小さく頷く。
オルガはそんな二人の様子を、目を細め頬杖をしながら眺めていた。
「ふぁ〜。寝ちゃったんだわさー! ……んん!?」
フォンも漸く起きたようだ。
眼を擦りながら横を向くと、ラビとドラムが抱き合う様子を目撃し顔を赤く染める。
「……キャー!! やっぱり二人はそういう仲だったんだわさー!!」
両手をバタつかせてはしゃぐフォンの様子に場の空気が一気に冷め、俺達は一斉にフォンへジト目を向ける。
「お前のせいで雰囲気ぶち壊しっす……」
「えっ? あっ、えっと……ごめんだわさ」
フォンは借りてきた猫のようにシュンと肩を落とした。
その後は他愛のない会話を楽しみ、時刻は真夜中に差し掛かっていた。
俺はそろそろ帰り支度をしようと思い声を上げる。
「もう良い時間だな。ぼちぼち帰るとするか!」
だが、酒が入った仲間達が大人しくしているわけもなく……
「トール様ぁ! オレは! オレは! 死ぬまでニャイを幸せにするんだぁー!」
「おっ、おう、そうだな。頑張れよ!……」
俺はオルガにずっと絡まれていた。
同じようなセリフを30回は聞いたと思う。
「りょ、了解っす……」
「くかー!!」
ダルスは爆睡中のフォンに肩を組まれてゲッソリとしていた。
恐らく何度か首を絞め落とされそうになったんだろうな……
「……って事なんだよ。ドラム、わかったかい?」
「わ、わかったのである……」
ドラムは早速ラビの尻に敷かれていた。
この先ドラムは苦労しそうだな……
「すー、すー……」
メルダはテーブルに伏して小さく寝息を立てていた。
思い返せばこいつも地球では振り回される側だったな。
きっと疲れが溜まっていたのだろう。
「メルダ、帰るぞ! おーい……」
「んんっ……もうちょっとだけ……この景色をあんたと観ていたいの……」
何やら寝言を言い出した。
夢で誰かと風景を見ているのだろうか?
寝顔なのに生き生きしてるな……
起こすのは可哀想に思い、このまま寝かせてやることにした。
結局、俺はメルダを抱き抱え、ダルスはフォンを背負ったまま俺の足にぶら下がり、オルガは泣きながらドラムの両足に掴まる事でどうにか体勢は整った。
「じゃ。ラビ、今日はありがとな!」
「なーに、アンタ達ならいつでも歓迎さ。気を付けて帰るんだよ!」
「おう! またな!」
俺達はラビの店を飛び発つと、宿屋へ向けて下降していく。
※※※
宿屋へ着き、フォンとメルダを寝かせると、俺とダルスはドラムの肩を叩く。
「おめでとうドラム!」
「へへっ! ドラム、漸く素直になったな!」
「うっ、うーむ……」
改めて俺達はドラムとラビの仲を祝った。
するとオルガがドラムへ肩を組む。
「ドラムぅ! オレは! 死ぬまでニャイを幸せにするんだぁー! お前も! ラビを幸せにするんだぞぉー!」
「うむ。我輩も、ラビを幸せに……幸せに?……」
ドラムは思い出したように首を傾げると、苦笑し俯いた。
「うーむ……我輩、本当にラビを幸せに出来るのか心配なのである……」
おそらくドラムはラビの尻に敷かれていたのを思い出したのだろう。
ラビを幸せにする事は出来ても、ドラムは幸せになれるのだろうか?
そんな疑問が浮かんだが、言わぬが華だ。
俺は頭の中で健闘を祈り、静かに手を合わせておいた。
「まあ先の事を考えても仕方ないだろ。俺達も寝るぞ!」
この場は何とか誤魔化し、俺達は床に就いた。
※※※
「ふぅ。こうして集まるのは4日振りだな!」
翌朝、俺達は身支度を済ませ、宿屋のテーブルに着くと、地球での出来事をオルガとドラムへ聞かせる事になった。
「やっぱり異世界は凄かったんだわさ!」
「うんうん! トール様の部屋が凄く汚かったっす!」
開口一番に話すのがそれかよ!
こいつら地球で何を見てきたんだ……
俺は思わず肩の力が抜けてしまった。
「真っ先に出てきたのがトール様の部屋の汚さとは、一体どれだけ汚かったのであるか?……」
「うーん? 奴隷時代のオイラの部屋よりは汚かったっす!」
「むむっ。奴隷の部屋より酷いとは、救いようの無い汚さなのである……」
「……おいおいお前ら、そんなことはどうでも良いだろ!」
「あら、大事な話よ。あんたのだらしなさの一端を知れたんだから!」
「うぐっ、もうこの話はやめろよな……もっとこう、あるだろ? 街の様子とか、美味い料理とかさ……」
「美味い料理……だと?」
「料理なら食べきれない量が並んでたっす!」
「残さず食べなきゃいけないのに、食べきれなかったのが悔しいんだわさ……」
「食べきれない程の美味い料理……だと?」
バイキングに行った時の話だな。
まさかショーケースの中身全てを食い尽くす勢いで食べるとは思わなかったぞ……
オルガは肩を震わせながら真剣にフォンとダルスの話に聞き入っている。
「いや、残さず食えってそういう意味じゃないんだけどな……」
俺は小声で呟くが、誰も気に留めなかった……
「そう言えばケーキって言う白い食べ物が美味しかったわ!」
「ケーキか。それくらいなら俺が作ってやるが……ぐっ!?」
オルガが目を血走らせながら俺を凝視している。
怖い、その顔は怖いぞ!……
「わかったわかった! そのうち作ってやるから落ち着け!」
「トール様っ! オレも……オレも異世界へ連れていってくれないか!?」
4日前まで乗り気じゃなかったオルガが、地球へ行きたいなんて言い出すのは意外だな。
いや、ニャイとの関係が上手くいった事で気持ちに余裕が出来たのだろう。
だが、オルガを地球へ連れて行く……か。
俺はオルガの容姿を舐めるように見回す。
お世辞にも人間に近いとは言えない体格。
顔から突き出た立派な牙。
泣く子も黙るような威圧感。
どう考えても地球へ連れていったら人間じゃないことが直ぐにバレるぞ……
「あっ、ああ、機会があればな。まずはケーキで我慢してくれ……」
「ああ! 是非頼む!」
俺の返答にオルガが無垢な子供のようにキラキラと目を輝かせた。
ハッキリと無理だと言ってやった方が良かったのかもしれないな。
今更断るのも申し訳なく思い、この話はお茶を濁す事にした……
「街も賑わってたわね。狭いのに沢山の人間が歩いていたわ! 話の通り本当に人間しか居なかったわよ!」
「ふむ。まるで人間国のようである!」
「人間国か。オレは苦手だ……」
オルガは以前、思考誘導をされかけて死刑になる寸前まで追い込まれていたな。
人間しか居ない世界というのはオルガにとってトラウマなのかも知れない。
「あっ、大事なことを忘れてたんだわさ! トール様の妹に会ったんだわさ!!」
「「トール様の妹!?」」
「ああ。ななみちゃんって言うんだけど、素直な良い子だったっす!」
「そうね。トールとは比べ物にならない程に良い子だったわよ!」
「おいメルダ! お前それどういう意味だ?……」
「あら? ごめんなさいトール。また拗ねちゃったかしら?」
「すっ、拗ねてねぇよ。まったく……」
「あっ。トール様が拗ねちゃったんだわさ!」
こ、こいつら、俺を揶揄いやがって……
頭に来た俺は左手に炎を沸き上がらせた。
「おいメルダ、フォン、お前らいい加減にしないと燃やすぞ!?」
「じょ、冗談よ。そんな物騒なもの仕舞いなさい……」
「トール様が怒っちゃったんだわさ……」
二人は申し訳なさそうに俯くと肩を竦める。
俺は渋々溜飲を下げると、左手の炎を体内へ吸収した。
「ふぅ。ちょっと揶揄っただけじゃないの」
「メルダ、なんか言ったか?」
「い、いいえ、なんでも無いわよ。……あっ、そうそう。これがあったわ!」
メルダが話を逸らすように3Dプリンターとスマホを取り出しテーブルの上に置いた。
「これは……何であるか?」
「スリーディープリンターって言うの。あたしもまだ使い方を理解していないけど、この板で動かすのよ!」
メルダがドラムやオルガへ説明しながら、スマホをぎこちない手つきで操作すると3Dプリンターがテストモードで稼働を始めた。
「「「「おおおおっ!!」」」」
四人は目を輝かせると、3Dプリンターに釘付けになっている。
暫くすると、手のひらサイズな謎の物体が組み上がった。
「これは……何だわさ?」
「うーん、試しに作ってみたけど、何かに使える物ではないみたい」
謎の物体は仲間達の手に渡り、各々が興味津々に眺めている。
だが、結局生み出されたモノは使い道のないガラクタだったようで、四人は揃って首を傾げた。
「凄いのか凄くないのか、よくわかんないんだわさ……」
「オレにはコレの価値が全くわからんが、この動きはいつまでも見ていられるぞ!」
「うんうん! 動き方はカッコイイっす!」
「不思議な魅力があるのである……」
フォンは早くも退屈そうにしていたが、他の三人の評判は上々のようだ。
尤も本来の使い方とはかけ離れているのだが……
暫く3Dプリンターを動かしていると、ピピピと警告音が鳴り停止した。
「ひゃっ!? な、鳴いたんだわさ!」
「こいつ、腹減ったっす?」
赤いランプに書かれた文字を見ると、どうやらバッテリーが無いようだ。
「こりゃあダルスが正解だな。充電切れだ!」
「じゅうでんぎれって何だわさ?」
「つまり、中の“電気”が無くなったってことね?」
「おっ、メルダは理解が早いな! そういう事だ。充電すればまた動くようになるぞ!」
俺はメルダに3Dプリンターやスマホと充電器の繋げ方を教えてやった。
「なるほどね、このヒモを繋いで置いておけば良いのね!」
「ああ。充電器の電池が切れたら、陽の当たる場所に置いておけば電気が生み出される。あと、絶対に水に濡らすなよ。壊れちまうからな!」
「わかったわ。せっかく異世界から持ってきたお土産だもの。もっとあたしもスマホや3Dプリンターについて勉強しなきゃいけないわね!」
メルダは俺の説明を聞き終えると、鼻を鳴らしながら意気込んでいた。
これは意外と早く使い熟せるようになるかもしれないな……
「お土産? ……あーっ! 二人へのお土産を忘れてたっす……」
「「お土産……」」
メルダの言葉にダルスが跳ねるように立ち上がる。
するとオルガは真顔で一点を見つめ、ドラムは寂しそうに肩を落とした。
※※※
こんな他愛のない遣り取りが続き、話題が尽きてくると今度は次の目的地についての話になった。
「さて、これで一先ず俺達の目的は果たしたわけだが、お前らはこれからどうするんだ?」
「どうって、オイラはずっとトール様に付いて行くっす!」
「オレもそうだ。トール様に救われた時からずっと共にすると決めている!」
「我輩もトール様と一緒に付いていくのである!」
「お前ら……そうか。これからもよろしくな!」
三人は大きく頷いた。
だが、メルダとフォンの表情は曇っている。
「あたしは家の手配が済んだら、あんた達と別れる事になるわ……」
「そうだった。メルダは研究があるんだもんな……」
「ええ。あたしが魔女である以上、研究を放棄する事は許されないの。だからごめんね……」
メルダはこれまでも俺達とは別行動をとってきた。
寂しくなるが会えない訳じゃない。
俺達はゆっくりとメルダへ頷いた。
「えーと、アタシは……」
今度はフォンが申し訳なさそうに手を挙げる。
「アタシは、報告の為に村へ帰りたいんだわさ……」
フォンの言葉にダルス、オルガ、ドラムが目を丸くする。
だが、そもそもフォンは故郷を強化スライムに襲われ、その対策を討つために村を出たんだったな。
村へ報告するのは当然の流れだろう。
しかしどうも様子がおかしい……
フォンはダルスへ視線を向けると、ダルスの表情が強張った。
「ねぇトール、フォンって狐の獣人の村の出身よね?」
メルダが俺に耳打ちをしてきた。
俺は辺りを気にしながら小声で返す。
「ああそうだ。何かあるのか?」
「ええ。狐の獣人と犬の獣人は仲がとても悪いの」
「つまりフォンが村へ帰るという事は、ダルスを良く思わない人達の中へ連れて行くって事か!」
「そう。この事はダルスも解っているはずよ」
「そっか……なら俺達が口出しする事も無いだろう。何か起きれば俺が仲介する。だからフォンの村へ行くかどうかはダルスに委ねることにするよ」
メルダは小さく頷き、俺も合わせて頷いた。
「ダルス、お前はどうしたいんだ? フォンに付いていきたいか?」
「お、オイラ……」
ダルスはゴクリと喉を鳴らすと、意を決したように拳を握る。
「オイラ、フォンと一緒に行きたいっす!」
「……決まりだな。次の目的地はフォンの村だ!」
「ダルス、本当に良いんだわさ?」
「ああ。お前がいるんだ。大丈夫だろ?」
「うん。ありがとうだわさ……」
フォンは申し訳無さそうに肩を落とすが、ダルスはフォンの肩を優しく叩く。
こうして俺達の次なる目的地が決まった。
今回で4章が完結となります。
ここまでお読みくださり誠にありがとうございました。
次章も引き続きお付き合い頂けますと幸いです。
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次回の更新は7日の予定です。
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